二つの世界

Meeka

序文

序文

 そう、あれは5年前のことだった。突然世界中で巨大な地震が発生し、気が付くと、人々は暗闇の中にいた。火炎魔法を使える者が暗い空を照らすと、そこには巨大な岩石の塊があった。それは月光を、さらには日光をも遮り、人々は不安と絶望の渦へと陥った。


 しかし、すべての人々がその絶望に屈していたわけではない。魔法を使える者はそれを駆使し、使えない者に希望を与えた。魔法を使えない者は、使える者に物や食事を与えた。こうして5年間、人々はなんとか暗闇で生き抜いてきた。


 この暗闇生活を始めてからすぐに、ある噂が口伝えで伝わってきた。それは、この暗闇の空間がこの星の内部だということであった。ちょうど、この球体の星の内部に、もう1つの球体ができたようなもので、その内部の地に人々は立っているのだ。


 人々は、この内側の世界を「前世」、外側の世界を「後世」と呼んだ。いつか元の土地に戻りたい、という気持ちが顕著に現れている。


 前述したとおり、この5年間、人々は支え合って生きてきた。火炎魔法を使える者は、その光で暗闇に光をもたらし、光は人々の生活において欠かせないものとなった。医療魔法を使える者は、怪我をした者の治療をし、暗闇の世界で病気になった人々の心の不安を取り除いてきた。


 しかし、現実はそれほど甘くはない。日光がなければ育つものも育たない。医療魔法があっても、死んだ者は蘇らない。


 次第に前世の人々は数を減らしていった。そんな人々の心に現れた感情は容易に推測できる。後世に戻りたい、だ。


 私は前世に落ちたが、落ちなかった者もいる。つまり、いくらかの人々は後世で元気に過ごしていたのだ。ざっと見積もって、半分ほどは後世にいたようだ。残りの半分は前世に落ち、さらにそのうちの多くはこの5年間で世に別れを告げざるを得なかった。


 人々はこの状況の元凶となった地震を「グレート・トレンブル」と呼んだ。




    ◇◆◇




 当時、ある噂が広まりつつあった。ある場所に行けば、前世と後世を行き来できる、というものだ。それがどこなのかはわからないが、実際そこから行き来する者がいるらしい。隠されたその場所を探すため、私たちは旅を始めた。


 私たちの旅を紹介する前に、この世界の簡単な構造を説明しておく。


 世界には、大きく分けると2つの人種が存在している。1つは魔法を使えるマージ、もう1つは魔法を使えないオームだ。マージの使える魔法の種類(魔法属性)は、今は全部で5種類ある。医療魔法、コントロール系魔術、空間系魔術、火炎魔法、特殊魔法だ。これは現行の現代魔法における話で、昔使われていた古典魔法では、特殊魔法ではなく自然系魔術があった。


 マージの使う魔法は強力であるが、その代償も大きい。使う魔法の規模に比例して自らの血液を消費するのだ。血液は手の平から滴り落ちていく。強力な魔法を使えば、その分大量の血液を必要とする。よって、魔法をただ使ってばかりいては、血液を消費しすぎて命を落としてしまうのである。魔法を習い始めた子どもは、特にこのケースによる死亡事故が多い。どの程度魔法を使ったら、言い換えれば、どれほどの血液を消費したら命を落としてしまうのかがわからないからだ。




 さて、魔法に関する基礎知識が備わった上で、次は時代について説明しよう。


 今、私たちがいるのは新魔法暦224年、ロマンス時代24年である。つまり、グレート・トレンブルが発生したのは、新魔法暦219年、ロマンス時代19年のことだ。ロマンス時代とは、第5代世界皇帝にシャルル・ルードビッヒが即位してからの時代である。


 世界皇帝とは、大雑把にいうと、その時代の魔法のあり方の決定権を持っている人のことで、政治や経済を大きく揺るがすような権力は持っていない。では、それらには何が大きく関与しているかというと、魔法学校である。


 セリウス家の一族が世界皇帝に即位している間は、魔法学校はあくまで学校であった。しかし、34年間続いた前ロマンス時代にエンベル・ルードビッヒが第4代世界皇帝として即位してからは、魔法学校は単なる学校ではなくなった。財力を求め自校の魔法教育を発展させ、他方で財力のない学校を吸収しながら、魔法のあり方を決めるのに優位に立とうとする。こうして、魔法学校は、単なる「学校」から、その後の世界の動きに重要な役割を果たす「機関」へと発達したのだ。


 これにしたがって、子どもたちにとって、どの魔法学校に入学するのかが非常に重要となる。より上位の学校ほど入学するのは難しく、しかし下位の学校だと途中で廃校になりかねない。将来の社会的地位にも大きく影響する。つまり、子どもたちは生まれて間も無く人生の大半を決定づけられるようなものなのだ。なお、魔法を使えない子どもたちは魔法学校ではなく一般学校に行くこととなっており、議論とはならない。


 現在最も有力な魔法学校は、ダラン総合魔法学校とカクリス魔法学校の2校である。この2校が世界の魔法についてさまざまなことを決定づけていると言っても過言ではない。というのも、世界皇帝は決定権を持ってはいるが、事前に魔法運用協議会で魔法学校の意見を聞く時間があるからだ。ここで、主に前述した2校が意見を言い合い、最終的に後日、世界皇帝が発表する。




 そろそろ私の短い生涯を語ろう。そして、それを参考にして、次の世代の世界のあり方、魔法のあり方を考えてほしい。もっとも、魔法を使うのであれば、であるが。




 ——来世の発展を願って。




ダラン総合魔法学校高等部

ルーカス・ダラン

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