神様のピンチお助け隊(仮)
綾子
1
多分襲撃に気が付いたのは、四人ほぼ同時だったのだ。
なんということもない昼下がり。
低めの雲がふわりと流れている空は晴れ渡り、心地よい風が草木を緩やかに揺らす。
海に続く緩やかな草原は、森にも近く、街からもさほど離れていない人々の憩いの場だった。
風に乗って明るい笑い声が響く。
姉妹である二人の女性と、屈強な男性二人の仲睦まじい姿は、すでに一族の中でも珍しいものでなく、その光景は微笑ましく周りから見守られていた。
まだ年若い四人がここで過ごすのもいつものことで、この二組の男女が、ほどなく思いあう二組の番になろうことは、周知の事実だった。
一族は完全な平和の中にいたわけではないけれど、周囲に知れ渡るこの一族の強さは、その噂だけでも一族を守っていた。
土地を愛し、自然を愛し、一族を愛する長寿の一族は、決して周囲の人間たちを脅かす存在ではなかった。
それどころか、穏やかで慈悲深いこの一族は、周囲の人間たちの尊敬の対象で、互いは協力しながら平穏な毎日を過ごしていた。
そのはずだった。
一切の音も気配も感じさせず、それは始まった。
マトラエの胸を貫いた炎の矢は、地に落ちてなお炎を残して揺らめいた。
だがマトラエは振り向きざまに両手を突き出すと、自分の背にいる仲間たちが隠れるように、水の盾で頭上を傘のように覆った。
猛は彼女の名を咎めるように叫びながら、その体を後ろから抱きしめたが、マトラエはやめようとはしなかった。
即座に次の炎の矢は、雨のように、矢尻の鋭さで降り注いできた。
マトラエが作った水の傘は、そのほとんどを防いではじいた。
猛はその隙間から、槍をつがえて大きな弓を引いた。
続けて弓を携えていた者たちが、炎の雨で見えない襲撃者に向かって弓を引く。
ダグザとマトロナエは互いの武器を振り上げながら高く跳躍した。
猛の放った槍を追いかけてオークの木を蹴り上がり、薄笑いを浮かべる黒いフードの人物に切りかかる。
蹴り上げるには細すぎる木の枝を、強くけって、その人物は体を宙に投げ出して二人の刃をよけた。落下の先にはさらに猛が投げた短刀が数本迫っていたが、体をひねってそれも交わす。
追い詰めるダグザの凶刃がフードの中心をとらえた。
と、忽然と消えた。
目標を失った、すぐ後ろにいたマトロナエは、右頬にべったりと濡れた感触に振り仰いだ。すぐ間近に舌を出した男の笑みがある。
文字通り、舐められた。
怖気よりも怒りのほうが強く、男の胴を蹴り上げる。
やはりそれもふわりとかわされ、またしても視界から消えた。
すぐにダグザが背中を合わせてきた。
とたんに炎の矢が二人に降り注ぐ。
さっきより細くて速い。
木々の茂る中に逃げ込みながら、森のほうへと走った。
炎の矢は執拗に二人を追い続ける。
まるで蛇のようにその軌跡をくねらせながら、異様な速さで木々を舐めながら。
二人はそれぞれ枝を飛び、木の根をくぐってそれらをよけながら走った。
互いにいくつも炎はかすめていたけれど、走る勢いを落とすことはなかった。
この茂みの向こうは少し開ける。
相手からも見えるが、こちらからも相手を目視できる場所だ。ダグザはちらりとマトロナエを見ると、同じ思いを確かめた。
ダグザは右にそれるようにして直進するマトロナエと別れた。
マトロナエが切れた茂みから見上げながら、高く跳躍したダグザを援護するため、水の矢を構えた。
「ざーんねん」
吊り上がった口角。
だらしなく延ばされた舌。
ダグザの眼前には頭ほどの大きさの炎の塊。
そしてマトロナエの前にはおびただしい数の武装した人影。
さらに、遠く引き離したはずのマトラエたちの方向に放たれた、炎の矢の群れが。
マトロナエはぎり、と奥歯を鳴らした。
覚えているかと聞かれたこともあるが。
忘れることこそありえない。
大和達彦の一番古い記憶は、痛みと炎。
その時のことを考えるとき、気が付いた痛みよりも、目の前に広がった炎の光景よりも、先に思い出すのはみんなで笑いながらはしゃいでいた、車内での会話。
達彦は母の兄夫婦に問われるまま、幼稚園でのことを自慢したし、そんな達彦を父は笑いながらしゃべりすぎだといさめた。
妊娠が分かったばかりの叔父夫婦は元気で人懐こい達彦をとてもかわいがっていて、自分たちの子供が生まれたらお兄ちゃんになってほしいと笑った。
一人っ子の達彦には、それがとてもうれしくて誇らしく、なんだか重大な任務をもらったかのように緊張したが、それよりもやはりうれしさで顔がにやけた。
達彦は母の兄夫婦を名前で呼んでいたはずだったが、なぜかいつも思い出の中で呼んだ記憶が抜けている。
おじさんと呼ばれるのを嫌がった母の兄を、母と一緒にお兄ちゃんと呼んでいたことは思い出せるのに。
運転は父がしていた。
母は助手席でみんなにおやつを配っていた。
母の兄夫婦が好きだった達彦は、喜んで後ろの座席に陣取った。
久しぶりに休みを合わせられて、みんなでドライブに行った帰り道だった。
夏休みに入ったばかりだから、まだ道もそれほど込まないだろうと、父がみんなを誘ったのだ。
父の予想は当たっていて、高速道路はほとんど渋滞もなく、快適なドライブだった。
今年は暑くなるらしいと、父はうんざりして言っていた。
暑いならばプールに行こうと達彦が言うと、父より先にお兄ちゃんが一緒に行こうといった。
俺の息子をナンパするなと父が笑うのを、母もまた笑った。
忙しい父はいつも家にいるわけではなかったから、こんな休日は久しぶりだった。
優しく頼もしい父は達彦の自慢だった。
お兄ちゃんも好きだったが、やはり達彦の一番は父だった。
早く父のような大人になりたかった。
父と一緒に父の仕事を手伝うんだと。
「――」
誰かが叫んだのだったか、それとも息をのんだ気配だったのか。
顔を上げた達彦は、フロントガラスいっぱいに、横転したトラックを見た。
痛みで気が付くと、達彦は路上に一人で倒れていた。
全身がとにかく痛くて、やたらと熱い。
顔を上げるとひしゃげた車があちこちで炎を上げ、泣き声や叫び声、怒鳴る声が聞こえた。
晴れて青く広がっていたはずの空は、黒煙で淀み、火の粉を纏って渦を巻いていた。
肌がひりつく。
煙が目に染みる。
女の人がすぐ目の前を駆け抜け、遠くで子供が泣いている。
誰かが怒鳴る声。
ひっきりなしに上がる悲鳴。
爆発音。
怖い。
ぐるりと見まわしても父の車はない。
いや、わからなかった。
どれもこれもがひどく壊れ、曲がり、炎を上げ、達彦は幼稚園で見た地獄の本のようだと思った。
聞いたこともない辛い音の嵐の中、唐突にひどい耳鳴りがした。
ふと、きんとした耳鳴りの音以外が、無音になった。
あれほど不安にさせられた音が奪われて、達彦は一層の恐怖に襲われた。
母を呼んでみた。
もう一度。
次は父を。
叔父夫婦も。
炎も痛みも壊れた車も、どれもが恐ろしい。
たくさんの人の声は聞こえるのに、そのどれも達彦を探してはいなかった。
何より、達彦には、それが一番恐ろしかった。
「それでだ。」
父の友人だと言っていたし、確実に父と同じぐらいの年齢だろうに、どうにもこの人は年齢不詳なのだ。
そんな、いつも抱く感想を今日も抱きながら、達彦は声の主を振り返った。
「もう少しさっぱりしたほうがいいと思うんだよな。その前髪。」
事故で両親と血縁者をいっぺんに亡くした達彦は、この協会の主の世話になっていた。
いまだに達彦は、ここがカトリックなのかプロテスタントなのかもよくわかっていないのだが、当の本人も、神父さんと呼ばれても牧師さんと呼ばれても返事をしているのだから、本当にわからない。
何ならこの人は、神主さんと呼ばれようが、住職と呼ばれようが返事をする。
なぜかと聞いたこともあるが、「ま、なんだっていいんだよ」と言って笑うだけだった。
祭壇にあるのはガラスの女神像で、だけどよく見るマリア像とは少し違う気がするのだが、それを聞いても「美人だろ」と言って嬉しそうにするだけなのだ。
実際、入り口には「教会」と書いた看板がひっそりあるだけで、その隣に下がっている「木戸猛」と書いた表札のほうが目立っているぐらいだ。
正確にはこの表札には「木戸猛」「と、あと大勢」と殴り書きされていて、その周りは子供たちの張ったシールやなんかでにぎやかだ。
それでも近所の人たちが好き勝手に呼ぶ理由は、隣の棟に仏像の安置されたお堂があり、その隣には、こじんまりとしたお社に、真っ赤な鳥居があるせいだ。
そしてそれぞれを勝手にお参りする人たちも出入りしているから、文字通りのカオスだ。
さらにこの教会は孤児院も兼ねていて、多分そのことも、達彦がここに来た理由なのだろうと思う。
すでに三十路をしっかり超えた達彦は、十年以上前から一人暮らしをしていて、それでもいつも忙しそうにしている猛を手伝いに、ほぼ毎日のようにこの教会に足を運んでいた。
「顔は悪くないんだからよ、もうちょっと見せておけば、今頃彼女の一人や二人…。」
三十年の付き合いだから、この後の言葉もわかる。
「まあ、俺みたいにいい男は、顔を隠しても、モテまくるんだけどな。」
正確な年齢はわからないが、五十代には達してるはずだ。
それなのに猛は達彦と兄弟に間違われることさえある。
背の高さも屈強な体つきも明るすぎる笑顔すら、まるで引退したてのアスリートのようにさわやか全開だ。
こざっぱりとした髪型も昔から変わらず、そこもやはり若く見られる所以なのか。
「ちゃんとみりゃあ、俺とそう体型も変わらんわけだし。本当はいただろ、彼女。」
まあ、いた。
瞬く間に別れたが。
猛がいくら達彦の見てくれを惜しんでも、今の達彦に大事な人を作るつもりはない。
彼女を作らない、というより、人と関わりたくない理由が、達彦にはある。
「あの事、気にしてんのか。」
気にしないわけがないだろう。
「気にするなとは言えねえ。気をつけろとしか言えねえがな。」
そう。だから気を付けているのだ。達彦は、自分がそうだとわかってからずっと。
「だがな、達彦。」
猛は自分とそう変わらない背丈になってからも、達彦の頭をなでるのをやめない。
「俺はお前に、人の中で幸せになってほしいよ。」
それは無理な話だ。
達彦はそれが初めて起きた時のことを正確に覚えていない。それが自分のせいだと気づけなかったからだ。
自分の「感情」が、人を傷つけるのだという事実を。
精神的な話ではない。
達彦が嫌った人間には、必ず主に物理的な不運が訪れる。
親がいないと馬鹿にしてきた子は階段から落ちたし、前髪がお化けみたいだと言った子は交通事故にあった。
小さな事故はしょっちゅうだし、そのすべてが達彦に悪意を向けた人々だったと気づいたのは猛だった。
そのいずれも達彦が直接手を下せない状況で起こっていた。
どれも大事には至らなかったが、達彦の周りで起きる「不運」に、子供たちは敏感に気付きだした。
最初はいじめの種だったが、間もなくそのいじめすらなくなった。半信半疑だったからこそ成立していたいじめだから、「本物」だとわかればただの恐怖だ。
次第に教師や親たちまで噂し始め、猛は何度か達彦を転校させてくれたが、最後には自分で勉強を教えた。
高校も通信を使い、資格も取って、達彦は今、法律関係の事務所で働いていた。
今の職場の所長がおおらかな人のおかげで、もう勤続五年が過ぎたが、それまでは二年もしたら別の事務所に移っていた。
「不運」を呼ぶ体質は、大人になってもなくなるどころか、より複雑に作用し始めていた。
できるだけ人と関わらないこと。
達彦が長年で学んだ唯一の対処法だった。
このまま目立たず人生が終わればいい。なぜかこの「不運」が及ばない猛のもとで、このまま静かに暮らしていたい。何なら――
「何なら俺が死んだらここを継いでもいい、とか思ってんだろ。バーカ。そう簡単にくたばるかよ。」
にやりと男らしい太い笑みを浮かべて、猛は達彦の頭を小突いた。
地味に痛い。
「さてそろそろ行くかね。」
そう言って猛は、敷地の片隅にある物置の扉を無造作に開いた。
掃除道具なんかを置いているはずのその場所は、一瞬鈍く光った後、夜の湖面のようにゆらゆらと頼りなく波打つ、黒い壁になった。
「夕飯までに終わるかね。」
猛は散歩でも行くようにためらいなくその壁に足を踏み出す。
達彦もそれに続いて壁に向かう。
「飯食ってくか?」
それは、今日の晩飯を作っていけと言う、いつもの合図だった。水に沈むように抜けた壁のあちら側では、確信犯の顔で笑う猛の顔があるのだろう。
すぐに達彦も猛に続いて黒い水のような壁を抜ける。
触れると水音すらするのに、何の感触も返ってこないのだ。
この通路は猛の能力。好きな扉から、自分の生きたい扉を直接つなぐ。それがどれだけ遠くであっても。
そう、これから達彦と猛は。
いわゆる裏のオシゴトに行くのだ。
神様のピンチお助け隊(仮)
事実この集団が本気でこの名前を名乗っているのかは疑問だが、猛はいつも仁王立ちにどや顔までつけてこの名を名乗る。
行く先々で加わる人もまちまちだが、大体数人で事件にはあたる。
日本のみならず、世界各国の『神様』にまつわるトラブルを、『柔軟な方法』で解決するのが、この集団の仕事であるらしい。
ちなみに仏も精霊も妖怪もカウントされるようなので、正確には神様に限らないのかもしれない。
人数はそう多くはないようだが、人種は様々。
各地でそれぞれが活動しているため、達彦はその活動内容の詳細も、どこから依頼されるのかも、メンバーがどれだけいるのかすら知らなかった。
報酬が高いことから見ても、なんとなく後ろ暗い気配を感じるのだが、そこも目をつむる。
聞くこともなかったのだが。
少人数で各国を回るためには、猛のこの能力は不可欠で、教会に訪れるバリエーション豊かな来客たちは、もしかしなくてもこのオシゴトの関係者らしい。
扉の向こうは薄暗い林の中の、古びた神社だった。
晴れた昼過ぎの時間なのに、高くそびえる木々に隠れて、社の周りはジメジメと暗かった。何年も手入れされてなかっただろう参道も、降り積もった落ち葉で隠れていた。
辛うじて崩れてはいないものの、参拝者がいないことはたやすく見て取れた。
何よりも。
「やっと来ましたね、隊長。」
「おう。わるい。」
最初に気が付いたのは、筋骨隆々の背の高い、三十がらみの男だった。
胸元のシルバーのクロスが、きらりと光る。
達彦にも手を挙げてあいさつするのに、達彦はわずかな会釈で答えた。
ちっとも悪びれずに猛が笑い、どんな感じだとアレンに状況を聞いた。
「静かなもんですよ。まあ、機嫌悪そうですけど。」
社のほうに目をやったアレンに倣ってそちらを見ると、それに反応したように木々がざわざわとうなった。
ね?とアレンが猛に振り向くと、猛は軽く目を細めて社を覗き込むようにした。
この団体?のリーダーは猛らしく、名義上、隊長らしい。
新人の研修にはほぼ必ず同行するし、そのほとんどに達彦を連れていく。
「達くん、久しぶりい。」
その隣にいた黒服の男が笑う。達彦は小さく会釈して目をそらした。
「いやあもう、達くん、安定のツンツンだねえ。」
黒服男、玉城が達彦に絡みついた。
会うたびにうっとおしく達彦に絡みつくのもいつものことだ。
黒服サングラスな上に首に大きな傷があるとくれば、どこを歩いても道が割れるのだが、本人は大体フレンドリーだ。
達彦が首の曲げられる限界まで顔を遠ざけるのを見て、猛がその辺にしとけと止めるのもいつものこと。
そんなやり取りを、少し離れて見ている高校生の男女がいる。
男のほうが草野紅、女のほうは草野真依。二人は兄妹で、高校生ながらこのオシゴトのメンバーだ。
「達にい、やっと来た。待ってたんだよ。」
紅が駆け寄るのに軽くうなずいて、達彦はいつものように少し離れたところの切り株に腰かけた。
「じゃあ予定通り、紅と真依は見学、玉城がメインで、アレンはサポートな。」
筋肉がアレン、黒いほうが玉城だ。
ちなみにこの通称は、主に紅が使っていた。
「俺は暖かく見守っている!」
非常にいい笑顔で猛は言い放った。
「で、達彦はいつものように全員を守れ。」
達彦の能力は、「不運」だけではなかった。
それは、自分が守りたいと思う人を、どんな危険からも守れるということ。
基本的に目の届くところにいれば守れる。ただ達彦が傷ついてほしくないと思うだけで、対象者たちは傷一つつかないのだ。
猛は達彦を最強の守護だと言った。
道具も設備も異能もいらない。
ただ、達彦の守りたい気持ちが叶い、災いのほうが避けるのだ。
ただ一人、達彦を除いて。
なぜか守りの対象に達彦自身が含まれることがないので、達彦のことは誰かが守ってやらなくてはいけなくなる。
不本意だが、できないものは仕方ないのだ。
もちろん、いい年をしたおっさんが守られっぱなしでは格好がつかないので、ある程度の護身術は身に着けているが、それだけだ。
殴りかかられるならよけたり受けたりできようが、目に見えない攻撃や人知を超えた攻撃はよけるすべがない。
そして。
このオシゴトにおいてそんな攻撃のほうが――。
「あ、きた。」
玉城がひょいひょいと二歩ほど社に近寄った時だった。
突如発生したつむじ風がまっすぐに向かってくる。
達彦に向かって。
「ふんっ。」
一足で社と達彦の間に立ちはだかったアレンが、正拳突きで風をいなす。
風はアレンを避けて急上昇したと思いきや、勢いをつけて達彦の頭上から落ちて来た。
「ハイだめー。」
玉城が手のひらをかざすと、一枚の落ち葉がつむじ風をはじいてその勢いを相殺した。
「達くん、安定のモテモテ―。」
こんな、不思議攻撃が、デフォルトなのだ。
「玉城、さっさと始めろ。紅と真依の勉強にならん。」
猛が顎で社を指すのに、玉城は軽くため息をついた。
「はいはいそうでしたっと。今日の俺はセンセーだもんね。じゃあアレン、やっちゃって。」
「今日は玉城さんがメインじゃないんすか?」
「俺ー、今さあ、深爪してるから、扉とか開けらんないんだよねえ。」
「仕方ありませんね……っと。」
言っても無駄だと思ったのか、早々に玉城から離れたアレンは崩れかけの社の扉を、両手で引きちぎるようにして暴いた。
紙でも破いているようにいとも簡単にだ。
「あ、お邪魔しますー。」
今更にもほどがある。
玉城はひょいと社に足を踏み入れると、紅と真依を手招いた。
顔を見合わせて躊躇する二人に、大丈夫だからと笑った。
「達くんがいてて、大事な君たちが突き指一つもするわけないでしょ。いいからおいで。次は一人で行けとか言われるかもしれないよー。」
「は?嘘だろ?」
頬をひくつかせた紅に、玉城はははっと笑った。
「隊長、嘘言わない。」
「基本スパルタ。」
「現場で学べだし。」
「だからこそ怖い。」
玉城とアレンが笑いながら交互に言うのを聞いて、真依は猛をそろりと振り返った。
まぶしいほどの笑顔がそこにある。
二人はちらりと達彦を見てから、玉城の後を追いかけた。
二人にとっていざという時のよりどころのありかが分かる。
「達彦安定の信頼。」
猛はにやにや笑いながら達彦の肩を小突いた。
地味に、痛い。
今日の目的は、忘れ去られた神社のご神体から、神様の本体を抜くことにある。
これは今後、紅と真依の仕事になるだろうから、今までこういう仕事を主に行っていた玉城からレクチャーを受けるために集まったのだ。
遠目に紅と真依がご神体の鏡を持たされているのが見えた。
何やら身振り手振りで鏡を指さしたのち、鏡がほのかに光って、紅が取り落としそうになっている。
指を鳴らしたのは玉城だった。
光が静かに収まり、そのまま沈黙する。
さらに玉城は紅に何事かささやいて、紅はあからさまに顔をこわばらせた。
終わったのか、玉城は達彦たちのほうに手を振って見せていた。
神社の主はあれきり何も動きを見せず、いたって平和なミッションだった。
「とりあえずこの神様にはうちに来てもらおうかね。」
猛はそういうと、紅に「持ってて」と言って鏡を持たせたまま、あたりを見回した。
そして鳥居のあちら側を眺めて、あれしかないかとつぶやいた。
「あー。『扉』、ないっすね。」
アレンは頭を掻きながらさっきの猛のようにきょろきょろとあたりを見回した。
「あれにするか。ちょっと狭いけどな。アレンと玉城はどうする?」
「え?達くんの晩御飯が食べれるって?行く行くー。」
玉城が嬉々として駆けてくる後ろで、紅が冷静に突っ込んだ。
「達にい、なんも言ってねえよ?」
「俺には達くんの心の声が分かる。俺にご飯を食べさせたくて仕方がないって。」
達彦は静かに首を横に振った。
「違うってさ。」
「照れ隠しだな!」
「でもさあ、達にい。」
真依が達彦が立ち上がるのに手を貸しながら、あきれたように首をかしげた。
「ほんっとーにしゃべらないよね。」
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