第33話 VS. ヒットマン

「日本支社は資金にお困りなんでしょう?我々と組めば、それは解消できます」

 ビンスは足を組み、両手を広げて訴えた。


 マカロンはビンスを横目に鉄箱を円卓の上に置いた。中身はカルロス前支社長の置き土産、加工されたレアメタルだった。


「我々には蓄積された資源と技術がある。今は新たな発掘拠点を作る資金は無いが、高純度のレアメタルの生成は可能だ」


「それが、何か?」

 ビンスは上目遣いで近藤を見た。


「日本支社を生成拠点にするのはどうだろうか?資金が貯まれば自力で発掘、生成できる」

 近藤はソフィアの顔色を伺った。


「良いアイデアです。ただ、それは何年後ですか?事業計画は?」

 ビンスが割って入った。


「5年、いや10年、何年かかろうと成し遂げるべきだ‥‥」


「わかりました。Mr.近藤は我々と事業展開をしたくない。そう仰りたいのですね‥‥ただ、あなた方が誇る生成技術力は風前の灯です」

 ビンスは机を叩くと、脚を組み直した。近藤は下を向いて黙っている。


「現に日本の技術チームや学者、その高い生成を請け負っていた協力会社のキーマンとは交渉済みです。皆、我が支社の資本を使い、日本のレアメタルを発掘しようと息巻いてますよ?」

 ビンスは近藤を嘲笑った。


「競争してみてはどうでしょう?話を聞く限り、日本支社はあくまでも独自開発を志望しています」

 ソフィアは仲介役を買って出た。


「‥‥本日時点では保留としましょう。ちょっと失礼させて頂きます」 

 ビンスは腕時計を見ると、再び会議室から出ていった。


 テラスルームに入ったビンスは携帯電話を手に取った。

「そろそろ時間だ」


《任務は開始しています。受け子は対象と接触中》


「予定より早いな、大丈夫か?」


《今時計を受け取ったのを確認》


「ふっ、良くやった」

 

 ライフルの照準器から現場状況を見張る男は『クラッカー』という。ビンスの狙いは日本への進出と『MMn』入手に他無かった。


 日本支社から、ここまで反発されるとは思っても見なかった。ビンスは急進出の考えを改め、じっくりと外堀から埋めることにした。


「後は任せるぞ、クラッカー。帰国して私にソレを渡すまでが任務だ。気を抜くなよ?」


 よって、今回の訪日の狙いは『MMn』時計の入手に絞られた。


《ラジャー》


‥‥‥

‥‥‥‥


 ビルの屋上で強い風が吹いた。

 ビンスとの電話を切ると、クラッカーは再びライフルの照準を暗知に合わせた。


 マコはポリ袋に入った壊れた時計を握りしめていた。

「暗知さん‥‥すみません」


「マサトは無事かい?どこに囚われてるかわかる?」


 マコは首を横に振った。

「わかりません。犯人とは会っていないんです、おそらく凛子から私の事を聞き出して、コンタクトを取ってきたんだと思います」


 昨晩、マコの古着店に荷物が届いた。差出人は故人のはずの『荒川凛子』からだった。急いで中身を確認すると、手紙とメタルスコープが入っていた。

 犯人は凛子と偽って、マコにコンタクトを取っできたのだ。


「これから、何処へ向かうように言われてるの?」

 暗知は辺りを見回しながら、一歩マコに近づいた。


《変な気は起こすんじゃないぞ?》

 マコは左耳に付けたイヤホンから、クラッカーの声を耳にした。

クラッカーはマコの電話をスピーカーで通話状態のままにし、言動を監視していた。

 マコは手話で(監視されてる状況です)と暗知に伝えると暗知も手話で(時間を稼ぐように)とマコに伝えた。


《スコープで時計を確認しろ》

 マコの左耳に指令が入ると、ポケットからメタルスコープを取り出した。


 暗知はさりげなくマコの右手側に立った。ある方向からは、すっかりマコの半身が隠れるくらいまでに接近した。


《男と離れろ、距離を保て》

 クラッカーから指示を受けると、マコは3歩ほど後退りした。

「マコさん、どうしたんだい?もっと近づいて話さないと周りに怪しまれるよ?」

 暗知は再びマコとの距離を詰めた。


《男と離れろ!右側に立たせるな》

 クラッカーの指示を受けると、マコは暗知を自分の左手側に立たせた。


 暗知は耳に当てていたワイヤレスマイクを手で隠しながら口に当てた。

「犯人は‥‥」


 マコはメタルスコープをひっくり返したり、レンズをハンカチで拭いた。

《おい、何をしている‥‥》

 クラッカーは溜息混じりに唸った。


「使い方が、わからないのよ」


《説明書を読んだんだろ!?まず赤いレバーを下ろせ》


「赤いレバー?どれ?」


《き さ まー‥‥‥!》


 マコがあたふたしている内に10分程経過していた。

《もういい!一旦持ち帰れ!また連絡する》

 冷たい風が吹き荒む屋上で、クラッカーは痺れを切らした。


「照射できたわ!この時計真っ黒、スコープが、壊れてるとか?」

 メタルスコープからレーザーは照射されたが、スコープ越しの時計は真っ黒なままだった。

 スコープは正常だ。マコに渡された時計はレプリカなのだから。


(くそっ!騙されたか!)

 クラッカーが舌打ちをしたその時、ライフルの照準器に黒い鉄板のような物体が全面に写し出された。


(な、なんだこれは‥‥‥)

 クラッカーはライフルの照準をズームアウトすると、暗知とマコの姿は防弾シールドにすっかり隠れている。

 公園周辺で待機していた調査官が、マコの周囲を取り囲んでいたのだ。


「シールド‥‥?方角を読まれたか!?」


「すみませ~ん、ここ立ち入り禁止なんですが〜」

 背後から声をかけられたクラッカーは、慌ててライフルを向けたが、0.5秒遅かった。

 振り向きざまにライフルは蹴り飛ばされ、冷たいコンクリートの上を滑っていった。


クラッカーは拳銃を向けられている。対峙していたのは竜司だった。

「マサトは何処だ」


「‥‥‥降参だ‥‥‥ガキの居場所を教える」

 クラッカーは両手を上げながら立ち上がると一歩、二歩‥‥後退りを始めた。


「随分と往生際がいいな。どこにいる」


「商業街区のレンタルBOX店『オールインワン』という店にガキはいる」


 屋上柵が背中にくっつくほど、クラッカーは追い詰められていた。


「そのまま、待て」

 竜司は携帯電話でレンタルBOX店を調べると電話を掛けた。

 外国人、堀の深い容貌、クラッカーの特徴を覚えていた店主はマスターキーで貸していたBOXを開けた。

《いました!荒川マサトという男の子が閉じ込められていました!》


「警察をそちらに向かわせるので、その子を保護していて下さい」

 竜司は携帯電話をポケットにしまおうと目線を逸らした瞬間、クラッカーは地べたに置いていた荷物を竜司目掛けて蹴飛ばした。


 竜司は飛んできた荷物を肘でガードしたが、その隙にクラッカーは落ちているライフルの方向へ走っていた。

 竜司はクラッカーがライフルを手に取ると見越して照準を絞ったが、クラッカーはライフルには目もくれず、屋上柵を乗り越えた。


 放たれた銃弾2発は、鋼鉄の柵に阻まれた。


「次はこう行かんぞ」

 クラッカーは屋上柵にフック金具を噛ませると屋上から飛び降りた。


 竜司が屋上柵を乗り越えた頃には、クラッカーはフック金具とベルトで繋いだロープを辿り、滑る様に地上へ降りていた。


「もしもし、マサトは無事だ。レンタルBOX店で保護されている‥‥犯人と接触したが、取り逃がした。西へ向かって逃走中だ」

 竜司は三輪との通話を終えると、犯人のライフルを手に取った。


(凛子、マサト君は救ったぞ)

そう心で唱えると、空を見上げた。


 黒い飛行体:ドローンが3機。上空から竜司の姿を捉えていた。


‥‥‥

‥‥‥‥


 旧暗知事務所から凛子の胸を貫いた銃弾が見つかっていた。

 三輪はその銃弾を鑑識に回し、刻まれたライフルマークから、犯人が使った銃のスペックと型式を予測していた。


 指定された公園は木々に囲まれており、背の低い建物では公園一帯を覗き込めないが背の高い建物の上層階であれば園内を一望できた。


 三輪は予測した銃の型式から射程圏内を割り出した。


 三輪の指示を受け、調査官は射程圏内の各方面にドローンを飛ばし、背の高いビルから調べた。


 捜査は難航したが、暗知は指示を受けたマコの動きから、犯人がいる方角を予測した。


 竜司はその方角へバイクで移動、やがてドローンが屋上にいる犯人の姿を捉えた。

 調査官から報告を受けた三輪は、ビル名を竜司に伝えた。


 犯人は取り逃したが、3人の連携プレーで、マサトの救出に成功したのだった。


《マサト救出成功。レプリカ時計は犯人にバレました。犯人は現在も逃走中》

 暗知はテリーにショートメールを送った。


‥‥‥

‥‥‥‥



 日本支社の24階テラスルームで、ビンスはクラッカーの報告を受けていた。

「時計は偽物か‥‥‥Damn it !!」

 ビンスはテラスルームに生けられていた草木の葉を握りしめた。


《輸送船が来るまで、身を隠します。顔を、見られてますので》

 商業街区の裏路地で、クラッカーは息を切らしてビンスに報告を終えた。


「わかった。ボスには私から伝えておこう。飛ばしの携帯は早急に処理しておけ」

 ビンスは電話を切ると、草木から葉を一枚ちぎり捨て、力強く踏み潰した。


 日本への進出交渉の為にやって来たビンスだったが、ソフィアに出鼻を挫かれ、近藤も一筋縄にはいかず、おまけにクラッカーによる『MMn』時計の入手にも失敗した。


「この手は使いたく無かったが、手ぶらで帰る訳には‥‥いかないよな」

 内心、やけくそだったビンスは目が血走っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る