第31話 二つの現場

 竜司が折り返しの電話を掛ける1時間前。暗知は警察署にいた。

 三輪の立ち会いの元、凛子殺害の件で事情聴取を受けていたのだ。


 その最中、暗知の携帯電話が立て続けに鳴った。古着屋を経営する元同僚『岩間真子』からの電話だった。


 犯人はマコから暗知に電話をさせ、マサトを誘拐した事を告げた。

『指定の時間・場所で、時計をマコに渡す事』

 それがマサト解放の条件だった。


 暗知は密かに三輪に相談した。時計の実態を警察に伏せている為、公安調査庁管轄で誘拐事件解決のバッグアップを要望した。


「凛子さんの交友関係がペイストリーに明かされてるとしたら、母さんは無事なんでしょうか‥‥」

 凛子経由で、ソフィアの素性が米国ペイストリーに身バレしていないかが心配だった。


「それも心配だが、今は目の前の小さい命から救わないとな。三輪と合流しよう」

 三輪とは平屋の新事務所で落ち合う事になっていた。竜司はヘルメットをテリーに渡すと、バイクにまたがり、勢いよくエンジンを掛けた。


 バイクは冷たい風を切りながら加速していった。テリーは竜司の背中にしがみ付くと、目をつぶった。

 はためく風の音と、頬を刺す冷気、まぶたの裏側にはソフィアとマサトの顔が映し出された。


‥‥‥

‥‥‥‥


 竜司が住宅街へバイクを走らせる中、スーミア日本支社では想定外の事が起きていた。


「まずい、まずい、どうしようか‥‥」

 カーリーヘアでスーツを来た女が地下駐車場でブツブツ独り言を言いながら、右往左往していた。長久手亜矢こと日本支社ペイストリーのマカロンだ。


 マカロンは思い出したように、携帯電話を手に取った。テリーからの不在通知が2件入っていた。すぐに折り返しの電話を掛けたが、テリーはバイクに乗っているので出られなかった。


 マカロンはチュロスに電話かけた。

「もしもし?なるべく遅~く、ゆっく~り、遠回りして来れる?時間を稼いでちょうだい!」

 地下から24階までの直通エレベーターのボタンを押すと携帯電話を胸ポケットにしまった。


 24階の支社長室では近藤が姿鏡で身だしなみをチェックしていた。テカテカのオールバックヘアーは室内の照明の光を反射していた。


「いくらなんでも、急過ぎませんか!?」

 マカロンが支社長室に飛び込んで来た。


「それは私のセリフだ!」

 近藤は姿鏡に向かって吠えた。


 4日後にアジア方針会議を控えていたが、スーミア本社、米国支社の担当者は既に日本入りしていた。

 近藤は会議前夜の日で、接待計画を見直しているとスーミア社の社長よりホットラインで連絡が入った。


《東アジア会議では決定事項だけを共有する形を取る。事前に3社で協議を進めておいて欲しい》

 理由はホールディングス化に向けて、社内外での予定が手一杯になり、時間調整がつかない為だった。


 つまり‥‥急遽、近藤は2時間後に2社担当者を迎えての三社会議を開く事になってしまったのだ。

 チュロスは2社の担当者を迎えに、『ホテル・ビューオブザ・シー』へ向かっていた。


「こうなったら‥‥」

 マカロンは目についたバスケットボールサイズの壺を手に持つと、姿鏡を凝視する近藤の頭に振り下ろした。


 近藤は鏡に映ったマカロンに気付き、間一髪でそれをかわした。壺は安っぽい音とともに床の上で割れてしまった。

「な、何をするんだーーー!」


「ボスが入院でもすれば、三社会議は延期になるかと思いまして‥‥」


「殺す気か!!ったくお前はちったぁ落ち着けよ!だいたいだな~‥‥」


「これ、なんですかね?」

 マカロンは近藤の怒りを遮ると、壺の破片の中から銀色の物体を拾い上げた。


「鍵ですかね‥‥」


「ひょっとして、ちょっと貸してくれるか?」

 近藤は鍵を受け取ると、デスクの中から古びたティッシュケース程の大きさの鉄箱を取り出した。


 鍵は鉄箱の鍵穴と一致した。中には『様々な色の石』と『書類』が入っている。


「これはカルロス前支社長からのメッセージかもしれんな」

 近藤は中身を確認すると、顎に手を添えた。


 マカロンは思い出したように、ジャケットから手紙を取り出した。


『石は石にあらず、日本支社、技術の結晶』

 手紙にはそう書かれていた。


 もう1人のペイストリーである、サバランからのメッセージだ。

「メタルスコープ持ってますか?」


「あぁ、これか?使い方わからんけど」

 近藤はデスクカレンダーに装飾されていた筒状の機材をマカロンに渡した。


「これを物質に当てれば、対象のレアメタル含有量を確認できます」

 マカロンは右目にスコープをかざすと、石に向けてスコープ内蔵のボタンを押してレーザーを照射した。

「すごい‥‥どれも高純度のレアメタルです」


 近藤は鉄箱から書類を取り出した。

「産出地は日本、生成元も日本支社だ。これは良いPRになるな!」

 書類には数多くの協力会社の名が記載されていた。


「これらを本社に評価してもらいましょう!米国支社にだってこんな精巧な生成技術はないでしょうし、本社に認めてもらえば、支援をしてくれるかも!」


「でも、米国支社の傘下に入れば、日本支社へ資金援助するって言われたら、本社は反対しないよな‥‥」


「オラル元首の演説観ましたよね?来年4月から我々は支社ではなく、別会社になるんです。本社と強固な同盟を結びましょう!ずっと王様でいたいのはスーミア本社でしょうし、出る杭(米国支社)は打たれるはずです!」


「そうか、民営化によって我々はあと数ヶ月で独立することになる。そしたら、この生成技術をもってして、生き延びるぞー!」


「ジパング!!」

 近藤とマカロンは力強くハイタッチをした。


‥‥‥

‥‥‥‥


 一方、テリーと竜司は平屋事務所に到着した。正面玄関の鍵を開け、一階事務所に入った。


 テリーが休憩のコーヒーを入れていると、インターホンが鳴った。ようやく三輪が来たようだ。


「再会を喜んでる状況じゃないな」

 竜司は玄関で三輪と固い握手を交わした。


「伊地知さんに話して調査部の人手を借りる事になった。既に4名、暗知に付いている」

 三輪は暗知から預かっていたブリーフケースからパソコンを取り出すと、丸テーブルにセッティングをした。


「聴こえるか?暗知」

 三輪がパソコンに向かって話しかけた。


《通信環境問題なし。指定時間まで1時間、指定場所 汐見中央公園到着済み、end》

 パソコンのスピーカーを介して暗知の声が聴こえた。


 暗知は公園を見渡せる側道の自販機裏に待機していた。公園を囲むように4名の調査官も配備された。


「こちら三輪、公園内に誰かいるか?」

《こちら暗知、親子連れから、ランナー、サッカー少年、沢山いるよ end》


 三輪と暗知が現場の情報共有している中、テリーは思い出したようにアヤへ折り返しの電話を入れた。

「もしもし、電話出れなくてごめん、どうしたの?」


《いやー、想定外の事が起きてるんだわ》

 テリーはマカロン(アヤ)から、急遽三社会議が開催される話を聞いた。電話のスピーカー機能をONにすると、竜司にも会話に加わってもらった。


《そっちは大変な事になってるみたいね‥‥ごめん、心配かけるような報告しちゃって》


「‥‥今から日本支社に行きます」


《えっ!?》

「お前、何を言って‥‥」


「アヤちゃんの為に、何か力になりたいんです!‥‥それに、近藤先生にはボディーガードも必要でしょうし!」

 テリーは浅く息を吐くのと合わせて、キレの良い正拳突きを繰り出した。


《理恵‥‥》

「うーん‥‥」

 竜司は何やら考え事を始めた。


 その間、テリーの茶色い瞳は真っ直ぐ竜司を見つめていた。

「本気なんだな、はぁ‥‥」

 竜司は小さく溜息をつくと、テリーにこっそりと何かを手渡した。


「いざとなった時の為に、持っていくといい」


「‥‥はい!支度してきます!」

 テリーは地下へ駆け降りた。アヤの部屋に入ると、アヤのスーツに着替えた。サイズはピッタリだった。


 一階に戻ると、三輪がサングラスをテリーに手渡してきた。

「あまり、目立つような事はするなよ?」

 竜司から話を聞いたようだ。


「これは、凛子さんのですよね?親族に渡さないといけない物では?」


「墓前に供えてやろうと思っていたが‥‥力を貸してもらうといい」


「‥‥はい!!」

 テリーはサングラスを掛けると、外からバイクのエンジンがかかる音が聴こえた。


 暗知のブリーフケースに簡単に荷物を詰め込むと、脇に抱えて平屋を出た。


 テリーが竜司の後ろに飛び乗ると、バイクはエンジンの轟音と、タイヤの擦れる高音をまとい発進した。


‥‥‥

‥‥‥‥


 スーミア日本支社の地下駐車場に到着すると、マカロンが待っていた。テリーはバイクから降りるとマカロンに駆け寄った。

「間に合った?」


「理恵?‥‥スーツ似合ってるじゃない!」

 マカロンはテリーを抱きしめた。


「#奥の手#は理恵に託した。おれは別の現場へ行かにゃならん」


「#奥の手#?まぁ、あたし達も対策を見出したから、きっと大丈夫!‥‥そろそろ来る頃ね」

 マカロンは腕時計を確認した。


「上手くやれよ!」

 竜司は親指を立てると、バイクを発進させた。


 テリーはマカロンの隣に立ち、地下エレベーターへ繋がる扉の前に待機した。

 地下駐車場内を漂う冷たい外気が、黄金色の髪を揺らしていた。

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