第30話 描いた原題
テリーは玄関のドアを開け、外を確認した。
平屋の外壁には、大型バイクが横付けで駐車されている。
バイクにまたがる男がテリーに気がつくと、手を振ってきた。
「よー、昼飯食べたか?」
「あの~、どちら様でしょうか?」
テリーは半開きのドアに半身を隠しながら、男に尋ねた。
「これじゃあ、わからないか」
男はゴーグルとヘルメットを外すと、ウェーブのかかった長髪を耳に掛けた。
「‥‥父さん?」
テリーは足の力が抜けながらも、寄りかかるようにドアを全開した。
後についてきたアヤがテリーの体を支えた。
「どこのナイスミドルかと思ったら、竜司叔父さんじゃん!来るの遅すぎだよね~!」
竜司はバイクから降りると、悠々と歩いてきた。
「一昨日の晩に日本に着いた!なかなか良いバイクが見当たらなくてな、来るのが遅れてしまった」
「遅いって、ここ2、3日の事を言ってる訳じゃないんだけどなー‥‥‥」
アヤはカーリーヘアを掻きむしった。
「長い間すまなかった。これ差し入れな!」
竜司はアヤにビニール袋に入ったサンドイッチを渡すと、玄関で靴を脱いだ。
「ドッキリは上手くいったかい?」
広間で待っていた暗知は、竜司と力強く握手していると、テリーとアヤが広間に戻ってきた。
「ここも変わらないな」
竜司は丸テーブルを前に、腰掛けると部屋を見渡した。
「丁度今、『MMn』や『時計の歴史』を2人に話していたところさ」
暗知はコーヒーを入れると、丸テーブルに置いた。
「そうか。『MMn』の現存を信じる者は少ないが、米国には今も捜索をしている連中がいる」
竜司はコーヒーに口をつけると語り出した。
30年前、スーミア米国支社設立の記念式典が開かれた。
パーティーの最中、バルトの妻モーリーはソフィアの父:クグロフに、時計を隠すよう指示を出した。
モーリーは身の危険を感じ、側近のクグロフに身に付けていた時計を託したのだった。
その後、時計はクグロフから娘のソフィアへ、ソフィアから夫の竜司、竜司から友人の東堂へと渡り、隠され続けてきた。
「凛子の一件は残念だった。彼女は米国で捕まった夫の為に、時計を探していたのかもしれない」
竜司は米国で探偵事務所を経営するかたわら、米国諜報機関と協力して、スーミア米国支社とペイストリーの動向を探っていた。
米国諜報機関の報告によると3ヶ月前、米国にいた荒川衛士は、危険ドラッグ生成の疑いで逮捕されていた。
捜査官は荒川衛士がペイストリーと繋がりがあると見て、現在も捜査中のようだが、衛士は無実無根を主張し、今も法廷で争っている。
凛子は優秀な弁護士や協力者の捜索と、衛士との面会の為、頻繁に訪米していた。
「確たる証拠は無いけど、ペイストリーが荒川衛士の『救済』を条件に、時計の捜索を凛子さんに依頼していたとしたら?」
暗知の発言が周囲の視線を集めた。
「凛子を殺害したのは、米国ペイストリーの可能性が高いだろうな」
竜司はコーヒーを飲み干した。
「時計を奪う為に、凛子さんを使ったと?」
テリーは暗知を見つめた。
「その通りさ。凛子さんは黒須病院の北村さんへSNSを通じてメッセージを送っていた。彼女は私が#壊れた#時計を持っている事を知っているはずなんだ」
暗知は眼鏡を外すと、丸テーブルの上に置いた。
北村医師は4年前、時計の写真をSNSに投稿していた。東堂館と勝道館、親善試合の日に撮られた写真だった。
今から2ヶ月前、凛子から時計の買取を希望するメッセージが北村に届いた。
北村は《時計は壊れてしまった。暗知探偵事務所が保管している》とマニュアル通りの返信をすると、凛子からメッセージがあった旨を暗知に報告した。
凛子は時計の話を暗知にした事は無かった。
そこで、オラル元首の演説の後、暗知はわざと凛子に伝わるように‥‥
《時計は引越し荷物の中にある》と宣言した。
「凛子さんの背後に米国ペイストリーが付いているのか、確証を取りたかった。しかし、私はペイストリートの冷酷さを計算に入れていなかった」
「暗知、自分を責めるなよ?」
竜司は真っ直ぐな瞳で、暗知を見つめた。どことなくテリーと似ていた。
「凛子さんは計画の失敗によって、殺害されたんだと思う」
暗知は目頭を指で押さえ、肩を落とした。
「悪いのは米国ペイストリーでしょ。そんな無法者を、この国で野放しには出来ないよ!」
アヤは丸テーブルを力強く叩いた。
「アヤの言う通りだ。暗知、もう少しの間、壊れた時計を保管しててくれるか?東堂に会いに行ってくる」
竜司は腕時計を見ると、席を立った。
「もう一つの時計ですね?ボクも行きます」
「わかった、気をつけて。私は事情聴取があるから、警察署へ行くよ」
「あたしはボスの所へ行くわ」
各々、ジャンパーやコートを手に取った。
「忘れるところだった。アヤ、お前に手紙だ」
竜司はアヤに手紙を渡した。
「誰から?」
「お前さんの先輩からだよ。前日本支社長は失踪してしまったが、日本のペイストリーは米国にもいる。近藤さんとコンタクトが取れたのも、彼女のお陰だった」
「‥‥サバランか」
アヤは手紙をコートのポケットにしまい込んだ。
‥‥‥
‥‥‥‥
「ブーーン、ブォーーン」
竜司はテリーをバイクの後ろに乗せると、エンジン音を吹かし、低い唸り音とともに発進した。途中で東堂館跡地を通り過ぎた。
跡地には、北村診療所の躯体が立ち上がってきていた。
バイクは信号待ちの車を追い越し、走行中の車の右脇もすり抜け、突き進んで行った。
神社へ着くと、境内の一画に位置する住居へ向かった。竜司は受付で座る巫女に尋ねた。
「長久手竜司と申します。宮司様はいらっしゃいますでしょうか」
「こんにちは、どのような御用件でしょうか」
巫女は雑味の無い笑顔で尋ね返した。
「東堂の友人、長久手竜司と申します。預けていた物を引き取りに上がりましたので、宮司様へお取次をお願いしたいです」
「少々、お待ち下さいませ」
巫女はゆっくりと立ち上がると、住居の奥へ入っていった。
「竜司~~お帰り〜!時間通りだったなー!」
東堂が手を振りながら歩いてくるのが見えた。2人は神社を待ち合わせ場所に決めていたようだ。
「お疲れ様です、東堂さん」
テリーは竜司の影から顔を出した。
「お、理恵も一緒か!‥‥良かったな‥‥」
東堂は眉を八の字に歪ませながら、テリーの頭を撫でた。
「長い間、面倒をかけてすまなかった」
竜司は深々と東堂に頭を下げた。耳に掛けていた長髪が自然とほころび落ちたが、下げた頭をなかなか上げようとしなかった。
「よせよ、泣けてくるわ!」
東堂は竜司の肩に腕を回し、優しく叩いた。
「お待たせしました。こちらの品、お返しします」
先程は巫女だと思っていた受付の女性が、袴を羽織り、烏帽子を頭に乗せて現れた。手には重厚な造りの箱を持っている。
「お守り頂き、ありがとうございました」
東堂が箱を受け取り深々と頭を下げると、箱を竜司に手渡した。
竜司が深々と頭を下げると、テリーも真似るように頭を下げた。
境内を出ると、三人は近くのベンチに腰掛け箱を開けた。予想通り、中には時計が入っていた。テリーが見たレプリカの時計と姿形は同じだったが、光沢は無く、地味に見えた。
竜司は時計を空にかざしたり、見たことがないペンシル型の器具を使って、時計にレーザーを当てた。
「間違いない、反応が見られる。本物だ」
テリーと東堂は控え目にガッツポーズをすると、胸をなで下ろした。
「壊れた時計が本物だったら、どうしようかと思っていました!」
「無事、時計は確保した。後は立ち回り方次第だな」
竜司は時計の空箱を手に取ると、耳元で軽く振ってみせた。
‥‥‥
‥‥‥‥
「一段落したら、飯でも食いに来てくれ。カヨも喜ぶだろう!」
東堂と神社で別れると、テリーと竜司は近くに駐車していたバイクの側まで戻ってきた。
「次はどこに行くんですか?」
「なぁ理恵、そろそろ敬語はやめないか?」
竜司は頬を掻いた。
「まだ慣れないんです。察して下さい!」
テリーはそっぽを向くと、コートのポケットから携帯電話を取り出すと、『アヤ』からの不在通知が2件入っていた。
「もしもし、何かあったのか?」
竜司は誰かと通話していた。テリーと同じく、着信が入っていたようだ。
「アヤちゃんですか?」
テリーは通話中の竜司に声をかけると、竜司は首を横に振った。テリーは折り返しの電話を掛けたが、2度掛け直してもアヤは出なかった。
竜司は通話を終えると、神社周辺に広がる田畑を眺めた。
「‥‥何かあったんですか?」
テリーはしびれを切らし、竜司に尋ねた。
「三輪と話してた。凛子の息子、マサト君が誘拐されたようだ」
テリーに衝撃が走った。
「確か、マサトは親戚の家にいるはずじゃ‥‥一体誰に」
「犯人は通夜の準備で忙しい祖父母の隙をつき、誘拐したんだろう。全く、抜け目のない連中だ」
「ペイストリー‥‥ですか、でも一体何が目的なんでしょうか‥‥まさか」
「暗知が持つ時計。それがレプリカだということを、奴らは知らないようだ」
竜司は携帯電話を力強く握った。
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