第24話 事実調達
テリーを乗せたタクシーが旧事務所に着いた。合鍵で事務所のドアを開けると、まずは照明をつける。
暗知のデスクとソファ、小型の什器はいつも通りだったが、四つの大きな書類棚には何も置かれておらず、多くの段ボールが床に山積みになっていた。
(急ごう!)
テリーは段ボールに貼られたラベルを確認した。
「仕事1、仕事2、仕事3‥‥って仕事関係ばっかりじゃないか!‥‥って当たり前か」
段ボールは『仕事』でラベリングされていたが、一つだけ異なる物があった。
(これ、怪しいな)
テリーは『仕事◆』とラベリングされた段ボールのガムテープを慎重に外すと、中にはキングファイルが5冊、写真、USBメモリ等の記録媒体が詰められていた。
テリーは傷ついたフローリングに座り込み、速読でキングファイルに目を通した。大まかな情報を頭に入れる時に、よく使う手だ。
キングファイルを一通り読み終えると事務所のドアが開いた。
「‥‥見つかってしまったか」
テリーが振り返ると、息を切らして暗知が立ち尽くしていた。
テリーはインプットした資料の内容を脳内書庫に仕分けしていた。
大方の内容はこうだ‥‥‥
‥‥‥
‥‥‥‥‥
東欧に位置する国、『シベイリア共和国』
国家元首:バルトが率いる労働党が統治する、一党独裁国家である。
同国は様々なレアメタルを多く産出する国だ。レアメタルは電池や発光ダイオードなどの電子・磁石材料として、さらには光触媒やニューガラスなどの機能性材料としても使われており、現代社会に欠かせない元素である。
『スーミア社』
菱形◆のマークは同社のロゴマーク。
その資源力を武器に、世界を股にかけ商売をし、大きくなったシベイリア共和国の国有企業だ。
世界各国に支社を設け、各国で採掘場を開発し、レアメタルの輸出においては世界でトップシェアを誇る巨大企業である。日本にも支社が存在している。
『ペイストリー』
薬物や銃器の密輸業をしている国際犯罪組織である。
スーミア社のネットワークをバックに、シベイリア共和国を支える黒い資金を得ているようだ。
シベイリア共和国はペイストリーとの関与を否定しているが、スーミア社と人的な繋がりがあるとして、国内外問わず注目をされている。
スーミア社とレアメタル売買の交渉権を得るため、世界各国ではペイストリーの犯罪に協力してしまう人間がいるという。
‥‥‥
‥‥‥‥
今から20年前。
世界的にシベイリア共和国の影響力が増してきた頃、米国諜報機関から日本政府に支援要請が入った。
それは『スーミア日本支社の監視』スパイ活動の支援要請だった。
狙いはスーミア社の動向監視と犯罪組織:ペイストリーとの因果関係を突き止める為だ。
米国でも既にスーミア社が進出していたが、程なくして麻薬売買、密輸などの犯罪摘発が増えていた。
米国は自国以外でも、スーミア社の監視が必要と考えたようだ。
この支援要請は、日本にとっても不利益な事は無く、同盟国である米国の要請を受諾。
公安調査庁は調査部:伊地知を筆頭に支援業務を受け持つ事になった。
調査部メンバーの名前には伊地知の他に、テリーの知る5名『暗知、東堂、三輪、凛子、真子』と父:竜司の名が記されていた。
日本に送り込まれたスパイの名はソフィア=バートナーという。
後にテリーの母となる女性だ。
当時、米国に留学していたシベイリア人の彼女を、米国調査機関は懐柔していた。
ソフィアはシベイリア共和国:バルト元首の姪にあたる。スーミア日本支社に取り入るのは容易だった。
ソフィアが残したレポートによると、スーミアの各支社では支社長が権力を持ち、独自の社風を築いているという。
日本支社はコンプライアンス遵守に重きを置く、堅実な社風だったが、他国の支社と比べると業績は芳しくないようだ。
スーミア社への潜入期間中、ソフィアはペイストリーと接触した人物に会う事ができた。
彼の名は『近藤二郎』
スーミア日本支社の人事部門に所属する人物だ。14年前、ペイストリーの密輸計画に巻き込まれたと思われる。
彼は前職で、日本の財閥系企業『鈴木香料』の海外調達部門に在籍していた。ある事情で重役の地位を降ろされ、流れ着いた部署だ。当時、彼は『鈴木姓』を名乗っていた。
以降、近藤を鈴木と記す。
鈴木がペアストリーとどうやって知り合ったのか、事の顛末はこうだ。
ある日、鈴木宛にスーミア社を名乗る人物から協力要請のメールが届く。海外サーバー経由と思われるドメインアドレスからメールが送信されてきたようだ。
後日、鈴木はスーミア社のエージェントと面会をした。現れたのは外国人女性で、名は『ガレット』という。ガレットから依頼の詳細を聞いた。
日本の港を経由して、銃器を東南アジアに輸出したいという内容だ。
密輸協力の報酬は、鈴木香料が必要とする材料を安価かつ大量に輸入できる権利だった。
鈴木は仕事で成果を挙げれば、名誉挽回できると考えたのだろう。ガレットの要請を受ける事にした。
トントン拍子で鈴木香料は英国で有力な商社と手を組む事ができ、莫大な利益を生む化粧品の生産計画が打ち出された。
一方、英国商社はスーミア本社とレアメタル交渉権を得たようだ。
英国商社との取引が開始する間際、鈴木は社内発信で内部告発にあい、彼が敷いた銃器密輸ルートが明るみになった。
密輸が決行される前に告発された為、鈴木は懲戒処分となったが、密輸計画が世間に認知される事は無かった。
その後、鈴木の元へスーミア日本支社からオファーがあり、同社へ入社した。
後々、同社の人事部長の令嬢と再婚し、鈴木二郎は『近藤二郎』へと姓を変えた。
日本支社の人事部門に配属になった近藤は『ガレット』の名を調べ、社内を探したが、彼女に辿り着くことは出来なかった。
以上の話を持って、近藤二郎はペイストリーと接触していたと思われる。
『ペイストリー』という組織名は米国調査機関がつけた『仮称』である。
エージェントがスーミア社の名を語り、心に闇を抱える者と接触。犯罪に加担させる。
エージェントは本名を名乗らず、#お菓子#のようなコードネームを名乗る事から、仮称がつけられた。
‥‥‥‥
‥‥‥
ソフィアが潜入捜査を進める中、10年前にシベイリア共和国でレジスタンス運動が起こる。
労働党を批判し、民主化を推進する反政府運動だった。米国の諜報機関は裏で、この運動を支援・扇動した。
やがて、共和国の独裁政党である労働党の中でも保守派と民主派で分裂が起こり始める。
保守派は次期国家元首にバルトの一人息子:オラルを推していた。レジスタンス運動を制圧し、労働党政権を継続させようとしている。
一方、労働党内の民主派は米国へ留学経験と、スーミア日本支社での職歴があるバルトの姪:ソフィアに関心を持っていた。
民主派は彼女を党員として迎える事により、労働党と市民の間を取り持ち、ゆくゆくは新政党の確立を目指す事を決めた。
世界的孤立を危惧したスーミア社は、労働党内民主派の要望を飲み、ソフィアを母国:シベイリア共和国へ帰国させた。
よって、ソフィアはスーミア社でのスパイ活動から、母国シベイリア共和国民主化の為、活動のステージを移したのである。
以上、ソフィアのレポートによれば、12年に及ぶスーミア日本支社への潜入期間で、同社内におけるペイストリーと疑わしき人物は確認できていない。
‥‥‥
‥‥
「父さん含め、暗知さんは母さんのスパイ活動を支援する公安関係の人だった、その当時の上司が伊地知さんだったと言う事ですね」
テリーは一つ疑問を解決した。
「『公安調査庁・海外調査部』#私たち#は調査一課に所属していた」
暗知は『仕事3』とラベリングされた段ボールをイス代わりに腰をかけた。
「具体的に何をしていたかは話せないけど、理恵ちゃんの言う通り、ソフィアの活動を支援していたんだ」
「では#1つ目#の質問です。調査部では、具体的に何をされてたんですか?」
テリーは右手の人差し指を伸ばした。
「ソフィアの諜報活動の後方支援だよ。必要な資料、道具の調達やのキーマンの調略、ボディーガード含めね。その過程でソフィアと竜司は恋仲になった‥‥色々と問題ありだよね」
暗知は小さく声に出して笑った。
「そういう馴れ初めでしたか‥‥でも皆さん、今は別の仕事をしてますよね?」
「三輪と凛子さん以外の4名は10年前に調査部を辞めているよ。ただそれも表向きさ、今も伊地知さんには協力してるからね。資料は全部見た?」
「見ましたが、理解しているのは半分程です」
テリーの返答に暗知は何度か小さく頷いた。
「ペイストリーとの接触者で記述があった『鈴木香料の鈴木』って、近藤先生のことですよね?」
「そうだよ。二郎は今もスーミア日本支社に勤めている。以前飲みに行った時に探りを入れたけど、ペイストリーについては何も知らなそうだった」
「あー‥‥鈴木君の、あの時ですね」
テリーは右手で顔を覆った。
「そうだね。理恵ちゃん、そろそろ場所を変えようか」
「新事務所に戻りますか?」
テリーは暗知が放つ緊張感を察知した。
「うん。車は三輪に預けてしまっているから、タクシーを呼ぼう」
暗知はタクシー会社へ電話を掛けた。
テリーは電話をしている暗知から視線を外すと、段ボールのラベルに書かれた菱形◆マークを見つめた。
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