第22話 少年の標的
「出たな‥‥」
テリーはマサトが投げた石ころに視線を戻した。
「ちょっとー!当たったらどうすんのさ!」
夏菜子が眉間にシワを寄せ睨みつけると、マサトは慌てて逃げ出した。
「あの子、ご近所さんなんだけど、何故か嫌われてるんだよね」
テリーは歩みを進めると、石ころを拾った。
「理由はどうあれ、子どもだからって容赦しちゃいけないよ!ろくな大人にならないんだから!」
夏菜子は息を巻いた。
「父さんの友人の息子なんだ。ボクも何故嫌われてるのか気になるし、タイミングをみて聞いてみるよ」
テリーは石ころを捨てると、手に付いた砂を叩いた。
‥‥‥
‥‥‥‥
「ただいまー」
テリーは新居の正面玄関から帰宅した。
「お邪魔しまーす」
夏菜子は行儀よく靴を揃えて家に上がった。
「いらっしゃーい!」
奥で声がすると、アヤが玄関まで迎えにきた。
「テリー、どちら様‥‥?」
夏菜子は小声でテリーの肩を指で突いた。
「理恵、あなた何も話してないの?あたしは『長久手亜矢』です。理恵の従姉妹よ、よろしくね!」
アヤはテリーを横目に夏菜子の肩を軽く叩いた。
「私は汐見高校2年『磯貝夏菜子』です。テリーのクラスメイトです。よろしくお願いします!」
夏菜子は小さくお辞儀をした。
「テリーって、この子の事?」
アヤは不思議そうに『長久手理恵』を指さした。
「え、あ‥‥はい!名前を文字ったのと、見た目が外国人っぽいので!」
夏菜子が人差し指を立てて説明した。
「ぶっ!はっは!何それっ、ふっふ‥‥!」
アヤはテリーの肩に腕を回すと、腹を抱えて笑った。
「アヤちゃん、もう挨拶はいい?洗面所、あっちね」
テリーはアヤの腕を丁寧に振り解くと、夏菜子を洗面所へ案内した。
「アヤさん、カッコいい女って感じだね!」
夏菜子は洗面所で手を泡立てながらテリーに声をかけた。
「小さい頃から面倒見てもらってたから、姉さんみたいな感じかなー」
テリーはハンドタオルを夏菜子に渡した。
「前のマンションで一緒に住んでいた人ってアヤさんなの?」
夏菜子はタオルをテリーに返した。
「そうだよ。小さい頃から、面倒見てもらってたんだ」
テリーは夏菜子から受け取ったタオルを持ったまま、立ちすくんだ。
「テリー‥‥?」
夏菜子はうつむくテリーの顔を覗き込んだ。
「ごめん、ちょっと昔の事思い出してた。リビングに行こっか」
テリーは手を拭き終えると、洗濯物カゴにタオルを放り込んだ。
「すごーい!広ーー!って‥‥どこで寝てるの?」
夏菜子はリビングと両扉が開かれた広間を見渡した。
新居の一階は暗知の事務所になる予定だが、今はキッチンの近くに丸テーブルと椅子しか置かれていなかった。暗知の事務所に置いてあった物だ。
アヤはキッチンでお茶の準備をしていた。
「一階は1LDKで、別の人が事務所として使うことになってるんだ。ボクらは地下に居住スペースがある」
テリーは夏菜子が洗面所に置き忘れていた『eimy』グッズを丸テーブルの上に置いた。
「地下にも部屋あるんだ?ハイカラだねー!」
夏菜子は丸テーブルを前に、跳ねるように腰掛けた。
「はい、お待ちー。『テリー』ちょっとテーブルの荷物どけてくれる?」
アヤがアイスティーとマカロンを丸テーブル置いた。アヤだけがホットコーヒーだった。
「アヤちゃん、いつも通りで良いよ」
テリーは席を立ち、丸テーブルの上の紙袋を持った。
「あ、それって『eimy』じゃない?」
アヤはグッズが入った紙袋を指さした。
「へ~、二人とも『eimy』好きなんだ?あたし、本人と知り合いだよ!」
アヤは誇らしげに携帯電話の写真フォルダを見せてきた。アヤと『eimy』がツーショットで写っていた。
『eimy』はオフの日だったのか、ラフな服装で、ほぼすっぴんだった。
「アヤさんすごい!どういう関係ですか!?」
夏菜子はアイスティーを勢いよく口に含んだ。
「あたしが隣町で記者の仕事をしてた時に知り合ったんだ。名前を伏せる条件で、取材させてもらったよ」
アヤは椅子に座ると、マカロンが入った皿をテリーに寄せた。
「『取材』って何の取材?」
テリーはマカロンを一つ皿から取ろうとした。
「『謎の組織:ぺイストリー』について‥‥」
アヤは指で摘んだマカロンをテリーの目に近づけた。
「‥‥ぷっ!はは!お菓子みたいな組織名ですね!あ‥‥すみません‥‥」
夏菜子は笑った後、すぐに口を押さえた。
「いいのよ夏菜子ちゃん、三流雑誌が取り上げそうな話よね!」
アヤはマカロンを口に放り込んだ。
「でも、どうして『eimy』に取材したの?」
テリーは椅子に腰を下ろした。
「『eimy』の方から相談があったのよ。『ペイストリー』と『eimy』の親族が繋がりがあるみたいで、その関係を断ち切りたかったみたい。警察には話せない事情があるって言ってたよ」
アヤは黒いリュックからタブレット端末を取り出した。
「『ペイストリー』ってそもそも何の組織なんですか?」
夏菜子はマカロンを一つ摘むと二つに割った。
「あたしも良くわからないんだよね。退職後は小説のネタ探しついでに調べてるけど‥‥。『eimy』が言うには世界中の裏社会と繋がっている犯罪組織らしいよ」
そう言うとアヤはタブレット画面を見せてきた。フリー百科事典のページが開かれている。
「国際的犯罪組織、構成員数は不明‥‥」
画面に書かれた文字を声に出して読んでいると、テリーの頭の中にミハエルの顔が浮かんだ。
テリーは誤ってタブレットのホームボタンを押してしまった。トップ画面にはテリーとアヤのツーショットが映し出された。
「これ、いつの写真?」
テリーはアヤにタブレットを返した。
「えー?忘れちゃったの?あたしがマンションから出て行く前夜の写真じゃない」
写真に写っているアヤはお酒を飲んでいたのだろう、顔を赤くしてテリーを抱きしめていた。
「良い写真ですね!!」
夏菜子がタブレットを覗き込んだ。
「『eimy』もそう言ってくれたよ」
アヤはカーリーヘアを手櫛で整えた。
その後は『eimy』の話と学校の話、アヤの小説の話で盛り上がった。テリーは『eimy』の近況で知っていたが、二人には伏せておいた。
「さてと、そろそろあたしは家に戻って荷物の整理をしようかな!」
アヤは腕時計を見ると席を立ち、コートを羽織った。
「じゃあ私も今日はこの辺でお暇しよっと!また遊びに来たいな!」
夏菜子も席を立った。
「ちょっと待って、駅まで送って行くよ」
テリーは余ったマカロンを小さなタッパーに入れた。
三人は家を出ると駅へ向かって歩き出した。
『黒田屋』の辺りで夏菜子と別れ、二人は最寄駅の『汐見公園前』にたどり着いた。
「明後日には荷物をこっちに持ってくるから、よろしくね!‥‥‥って理恵は学校か!」
アヤはテリーと軽くハグすると、手を振り改札を抜けて行った。
テリーはアヤが見えなくなるまで改札前で立っていた。
帰り道、テリーはアヤとの思い出を振り返りながら歩いていた。アヤとは10年程前、父:竜司が用意したマンションで初めて会った。
両親と別れ、見知らぬ親戚であったアヤに心を開くには時間を要した。
すっかり塞ぎ込んでしまったテリーだったが、アヤは親身に寄り添った。執筆活動の合間を縫って、テリーに勉強を教え、時には遊びに連れ出してくれた。
中学時代は欠席が目立ったテリーだが、何とか卒業し、私立汐見高校に入学できた。
どれもアヤがいてくれたからテリーは頑張れたのだ。
「やっぱり変な家だなー」
視界に入った蔦の絡まる新居を見てテリーは呟いた。
「おい!待て!」
少年がテリーの前に飛び出してきた。凛子の息子『マサト』だ。
テリーは(またか‥‥)と言わんばかりに大きな溜息をついた。
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