【二章】ゴールド・ノジャーの祝福編

第38話



 ゴールド・ノジャーなる魔族に人生を救われた男、バルザック。

 突如として人生の転機が訪れた彼は現在、これ以上ないほどの上機嫌で聖国から魔法王国へと歩を進めていた。


 なぜ彼がここまで上機嫌なのかは言わずもがな。


 これまで散々この世の奇麗ごとを憎み。

 ……いや、もっと正確に表現するならば、弱者を食い物にして私腹を肥やす、この世界の腐れ外道を憎み。

 ついには自身までもがそんな奴らに少しでも嫌がらせをするため、犯罪に手を染める大悪党に堕ちたというのに。


 いつの間にかそんな彼の闇は晴れ、状況が一変し正義のヒーローが目の前に現れたのだから。

 もはや心底笑わずにはいられないのだろう。


 それも、勇者ノアや英雄レオンの旅に同行し人々を救うという、今までの人生では考えられないような、人生をやり直せるこの機会。

 今度こそ自分が本当に認めることのできる、そんな真っ当な世界があるのだと信じて止まなかったのである。


 もちろん、バルザックとて何もかも全てがハッピーエンド、などと考えているわけではない。

 ただほんの少し、この広い世界の中の僅かだけでも。

 大量の嘘や欺瞞ぎまんの中に人間の信に足る部分が見られれば、それだけで彼にとっては満足なのであった。


 だから彼は生まれ変わったつもりで今日を歩む。

 もう犯罪に手を染めることはなく。

 むしろいままでの行いを償う機会を探すように手探りで。


 また、そのような潔癖な人物であるが故に。


 大陸でも中央に位置する聖国と、東に位置する魔法王国ルーベルスの境目の街。

 水都ヴェネリムで人知れず善行を積み重ねるのであった。


 ただし、そのやり方はこれまでの人生で培ってきた大悪党の妙技を以て。

 ……という注釈付きで。


「キャーーーーーーッ!! ひ、ひったくりよ! 誰かあいつを捕まえてっ!」

「へへへっ! ボサっとしてるのが悪いんだぜ観光客! 頭お花畑かっつう……、ぐはぁっ!?」


 その都市としての美しさから、観光客で賑わう平和な街ヴェネリムにて。

 いかにも大金を持っていそうな観光客のマダム相手に、強引にひったくりを成功させ逃げ切ろうとしていた賊を瞬殺する男が現れる。


 その男の顔はいかにもな悪人面で、眼光は鋭いし態度も悪い。

 ひったくりを一撃で仕留めたヒーローという立場でなければ、この犯罪者ゴロツキの仲間であると疑われても仕方のないであろう出で立ちをしていた。

 

「おっと。いい歳して年寄りからカツアゲたぁ、景気が良いじゃねえかおっさん。つうワケでそのサイフ、俺様に譲ってくれよ。……もちろん、利子付きでな」

「なっ!? 何者だてめ……、がっ、ぐはっ! イデデデデデデ!」


 ゴロツキを一瞬で締め上げ、反論の余地すら与えず封殺する男バルザック。

 トラブルの解決方法はかなり荒っぽいものの、かつて常勝無敗の大悪党と呼ばれたその実力は、むしろ磨きがかかり昇華されたレベルで健在していた。


「ほいよマダム。この水都がいくら平和だからって、大金を見せびらかして歩いていちゃあ危ないぜ。気をつけな」

「あ、ありがとうございます立派なお方。何かお礼を……」

「いいや、今はちょっと仲間を待たせちまってるんでな。それの機会はまた今度にしてくれや。じゃ、達者でな」


 ゴロツキを衛兵に突き出すどころか、持ち前の腕力だけで解決したバルザックはそそくさとその場を去っていく。

 ただし仲間を待たせているというのは本当のようで、先を急ぐようにしばらく速足で歩いていると、噴水の前に腰掛けている少年少女の二人組の姿を視界に捉えたのであった。


 一人は燃えるような赤髪を持つ、まさに勇者といった正義感あふれる出で立ちの少女ノア。

 もう一人はその勇者ノアにべったりくっつかれ、少しだけ迷惑そうにしている金髪の少年、黄金のレオンだ。


「わりーなお前たち。道に迷って遅れたわ」

「遅いぞバルザック。お前は少し目を離すと、すぐに余計なことへ首を突っ込むからな。そんな詭弁が通ると思うなよ」

「そうだよもーっ! どうせまた私たちの知らないところで人助けしてたんでしょ? 素直じゃないねぇ~。バルザックのオジサンは」


 見た目だけは若返り、十代後半の肉体を手に入れたというのに散々な言われようだ。

 

 ちなみに、勇者ら三人が東の魔法王国ルーベルスに向かっていた理由は、世界情勢的に少し深刻なものだったりする。


 というのも。

 数週間ほど前に聖都セレスティア上空で、突如として災害規模の魔法が展開されたのが事の始まり。

 なんでもその時は甚大な被害を教会に齎したらしく、こんな事が起こった原因を探るためにここまで旅を続けてきたのだ。


 これほどまで大きな被害をもたらす魔法を展開できるのは、それこそ魔王やその幹部たちか、もしくは現代のあらゆる魔法に精通している魔法王国の方面にしか手がかりは存在しない。


 よって彼らはこの魔法を放った人物に恨みを持つ一部の教会勢力の頼みで、こうしてお隣の国に足を運ぶ流れに行き着くのであった。


 もっとも、依頼した教会の者達はどこかやつれた様子で、うわごとのように手を出してはならんのかもしれぬ……、とか、いやしかしこのままでは権威が、とかいっていたらしい。

 直接依頼を受けた勇者個人にとっては謎が深まるばかりではあるが、まあ魔族が関係しているのならば調査は必要だろうということで快諾した。


「にしてもよお、あの災害級魔法の噂はこの水都にも届いてるっつんだから驚きだぜ。人の噂が広まる速度ってもんは、レジスタンスの頭をやってたときから知っちゃあいたが……」


 そう語るバルザックは一度真剣な表情を作り、話の結論を出す。


「こりゃあ案外、ヤバイ案件に手を出しちまったみたいだぜ?」


 これは、さきほどまで人助けのついでに情報収集を行っていた彼だからこその判断だ。

 バルザックは元アウトローの強みを活かし、スラム街や情報屋といった、裏の組織に繋がりのある部分から情報をかき集めていたのである。


 そして、その調査が意味するところは、つまり。


「だろうねー。噂が広まるのが早いのに、表から探しても裏から探しても手がかりの一つも出てこない。たぶんこの魔法を放った人物は、相当の手練れだよ。それこそ、あのノジャー姉妹に匹敵するかもしれないくらいのね」


 勇者ノアはそうしめくくり、再び歩き出す。

 どうやらこの水都ヴェネリムでの情報収集は今日で切り上げて、そろそろ次の目的地へ向かうことにしたようだ。


 かつては新米だった勇者ノアも、いまではそれなりに風格が出てきた。

 そんないまの勇者が語る言葉には力が込められていて、舐めてかかると痛い目をみるという判断に異を唱える仲間はいない。


 だがしかし、相当な手練れであるという言葉とは裏腹に、彼女の表情は明るかった。

 もしかしたらきっとどこかで、この案件に悪意や陰謀はなかったのだと理解しているのかもしれない。


 これもまた、神々に祝福された究極のご都合主義。

 なんとなく上手くいってしまう、勇者の直感というやつなのだろう。




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