第17話



 ロデオンス中央大陸、南西のマリベスターと南東のサンドハットを結ぶ、ちょうど真ん中。

 領土で言えばぎりぎりサンドハット王国の辺境ブルネスティン側に位置する、無人の大森林付近にて。


 かつてゴールド・ノジャーから神器を託された勇者の導き手、今はA級冒険者に昇格した高位冒険者たちは窮地に陥っていた。

 彼らの前には無人の大森林を背に立つ二本角の上級魔族。


 すでにボロボロの状態である勇者一行に比べて、多少その紫の肌に掠り傷を負った程度しか見受けられないような、絶望的な実力差が両者の間に広がっているようだ。


 ただ情勢的にはいますぐ勝負が決することはないようで、冒険者の魔法使いが己が命を魔力に変えてまで張り巡らせた結界魔法が、魔族の攻撃をことごとく凌いでいる。


 また、その結界はかつて彼らを雷虎から救った人物が張り巡らせたものに酷似していて、不完全ながらもちょっとやそっとの攻撃でどうにかなるようには見えない。

 現に魔族の攻撃を受けても結界に掠り傷が入るだけで、すぐさま破壊されるような兆候は見られなかったのだから。


 これほどの結界を模倣した冒険者の魔法使いが、いかに元の使い手をリスペクトしていたかよくわかる。


 ただし、だからといって勇者たちに何か打開策があるわけでもなく、結界の中から出ることができない以上ジリ貧になるしかない。

 状況は確実に、刻一刻と破滅へ向かっていた。


「おい! まだ生きてるかクレア、リーサ、エルロン!! しっかりしろ、ここが正念場だ!」

「ダイン……。エルロンはもう……」

「ダインっち、いまは現実を見な~……。せっかくこの大馬鹿野郎エルロンの大魔法で、少しの時間を稼げてるんだからさ~」


 冒険者たちのリーダーである、戦士ダインが片腕を失った満身創痍の姿で叫ぶ。


 勇者を中央に前方へ戦士ダイン、左右に斥候リーサと弓使いクレア、そして殿を預かる魔法使いエルロンが、まだまだ未熟である勇者の少女を強大な敵から守るようにして陣形を展開しているようだ。


 だが生命力を振り絞った戦士ダインの叫びに応えられたのは、片目を潰され膝をつく斥候リーサと、もはや矢も尽きかけ予備武器の短剣で護身するしかなくなった弓使いクレアだけ。


 魔法使いエルロンはもはや地面に横たわりピクリとも動かず、肉体の損傷こそ軽微なものの、生気というものを感じられなかった。


「クソが!!! まだだ、まだ諦めるんじゃない! この先には俺たちの希望があるんだろうが! まだ死ぬな、死ぬんじゃねぇエルロン!!!」

「エルロンさん……。私が、私が力の無い勇者だったばかりに……」

「違うっ!! ノアはまだ勇者として新米なだけだ!! 本当に力が無かったのは、お前を聖国まで導くはずだった俺たち冒険者だ……」


 だから、世界を救う救世主様が暗い顔を見せるんじゃないと、戦士ダインはこの状況下においても諦めを見せることなく鼓舞する。


 何が彼の心を強くさせるのか、勇者といえどもまだまだ未熟な少女ノアには理解できなかった。


 せめて、あの人がいれば。

 いつものように窮地へと必ず駆けつけてくれる、勇者ノアが知る限りにおいて最強の英雄。

 彼女にとって初恋の人である、黄金のレオンがいれば……。


 そう思わずにはいられない。


「うぅ……。レオン様……」

「勇者が泣くんじゃねえ。それに、無人の大森林へと魔族を誘導したのには、ちゃんとした理由があるんだよ。ここには彼女がいる。この状況からすべてを覆せるほどの奇跡を秘めた、大きな希望があるんだ」


 今はもう壊れてしまったが、かつて冒険者である自分たちに一騎当千の神器を託した大恩人が。

 そして知己を得てからというもの、幾度となく勇者一行の窮地を救ってきた黄金のレオンが師匠とあがめる、真の実力者が。


 この大森林の奥は、必ずいるはずだ。

 そう戦士ダインは確信していた。


「俺は諦めないぞ。たとえこうして腕を失おうと、この身が砕けようと、最後までな。……そうだろう、エルロン。お前だってそれが分かっていたから、この結界に全てをかけて時間を捻出した」


 冒険者は不敵に笑う。

 他力本願だというのならば、それでもいい。

 だが最後に勝つのは、この無人の大森林にまで上級魔族を誘導できた自分たちだと、そう確信していた。


 そして、それは確かに正しかった。

 魔族の猛攻によって結界にようやくひび割れが起き、まさに次の一撃で砕け散ろうとした時。


 ふとどこからか、何者かの呟きが戦士ダインの耳へとかすかに届く。


 ────やれやれ、危ないところじゃったわぁ。

 ────まにあってよかった~。


 そんなのほほんとした空気が流れた、次の瞬間。

 勇者たちが神の祝福かのような黄金の光に包まれる。


 片腕を失っていた戦士ダインを含め、勇者たちの肉体は逆再生のように完全回復していく。

 そして何より、命を賭した結界で力を使い果たし、地面に横たわっていた魔法使いエルロンの指がぴくりと動き、意識を取り戻した。


 魔法使いエルロンが託した時間と、戦士ダインの粘りが奇跡を引き寄せたのだ。

 そう、つまり。

 ここからは、全てが覆る。





 ゴールド・ノジャー流の最新支援魔法。

 黄金の超絶バフをかけられ一騎当千となった冒険者たちが、おりゃ~とか、うお~、とかいいながら魔族をボコボコにするのを眺めつつ、一息つく。


 いや~、危ないところだったわ。

 まさに危機一髪。

 空の旅はこう、いろいろと快適なんだけど、ちょっと風に当たりすぎるのがよくないね。


 おかげでお腹を冷やし、いそいそとお花摘みにいってる間に大変なことになっていた。


 かつてゴールド・ノジャーとして見せた結界を模倣した魔法使いの冒険者、え~っと、確かエルロンっていうのが魔力枯渇で死にかけてたよ。


 というか、ほとんど死んでた。

 肉体的な損傷は軽微だったが、俺の結界を模倣するのに魔力量が足りなかったため、自らの命すらも代償にしたようだ。


 いや、そりゃ死ぬわというやつである。

 昔一回見ただけで結界魔法を覚えるに至ったのは称賛に値するが、もうちょっと後先考えて行動して欲しいものである。


 まあ、結局のところお花摘みで消費してしまった時間が悪いのだといわれれば、そうなんだけども。


 でもご安心を。

 最後にはギリギリで間に合ったし、なんなら魔法使いのエルロンは死の淵からゴールド・ノジャーの魔力を分け与えられて急激に復活した影響で、魔力の超回復っぽい感じですごいパワーアップをしている。


 今の彼なら同じような結界魔法を使っても、一回くらいはめっちゃ疲れる程度で済むだろうね。

 連続で二回使うと、また魔力枯渇で死んじゃうけど。


 ちなみに今回使った黄金のバフというのは、俺が神器を失った冒険者たちへの詫びとして研究した新技術。

 開発当時はアカシックレコードにも存在が確認されていない、完全なるゴールド・ノジャー流の独自魔法である。


 もちろんアカシックレコードの知識を流用し、応用しまくっているが、同じような魔法を開発した人はいないので、オリジナルを宣言しても文句は言われないだろう。


 黄金バフの効果は身体能力や集中力の向上だとか他にも色々あるが、一番のセールスポイントはそれが永続するということである。


 原理としては単純で、俺の魔力を相手に直接流し込み、一瞬でいくつかのテンプレートに沿った肉体改造を行う。

 ただ、それだけ。


 この異世界における人間の肉体には天然の魔力回路というものが流れていて、それは人によって形が様々だが、地球人における遺伝子のように肉体を形成する設計図の役割も果たしている。

 ようするに、この世界の人間は魔力回路と遺伝子が複雑に絡み合って肉体を形成しているというわけだね。


 今回はそれをこちらの魔法で強引に書き換え、新たな回路を整備したというわけだ。

 そのせいで彼らは急激に強くなり、いろいろと永続的なバフがかかったというわけ。


 ちなみに代償として、というか俺の個人的な趣味的なものとして、この黄金バフを受けた人の右手にはゴールド・ノジャーの紋章が浮かび上がることになる。


 紋章の意匠は太陽から光が降り注ぐところをイメージしているが、個人的には徹夜して考えた案なので気に入ってくれると嬉しい。


 まあ、そんなわけで。

 いろいろとパワーアップして無双状態になった勇者一行を陰から眺めながら、どのタイミングで姿を現そうかと思案にふけるのであった。


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