第10話
「戻ってきたのか……」
遥か昔の遠い時代、伝承として受け継がれ概念だけが実在するはずの空間魔法により転移し、周囲の光景が変わる。
そのことに驚くものの、彼女であれば不思議と当然のようにやってのける気がした。
それなりに高位のB級冒険者、戦士ダインとして多くの冒険をしてきたつもりであったが、まだまだ世界は広いらしい。
矮小な俺ごときが観測しきれない、想像もつかないような未知がこの世界には広がっていたのだ。
パーティーがいまにも壊滅する寸前、絶体絶命のピンチの時に出会った、謎の魔族。
いや、人類の希望たる勇者を見つけ出すという、極秘の任務に力を貸してくれた心優しき魔族。
ゴールド・ノジャー。
彼女もまた、そんな世界の神秘の一つなのだろう。
その底知れぬ実力もさることながら、まさか人類に味方する魔族などというものが存在するなんて、昨日までの俺なら作り話としてすら思いつきもしなかった。
ギルドの酒場で今日起きた不思議な体験を語ろうものなら、出来の悪いホラ話として野郎共の酒のツマミにされるだけだろうな。
そのくらい荒唐無稽な出来事なのだから。
だが、どれだけ信じがたい出来事だったとしても、これが現実に起きた出来事であったことは、俺の右腕に装着されている神器が証明している。
「ゴールド・ノジャー……。彼女の真の目的は分からないが、大きな借りを作ってしまったな」
「いししっ! そんなシケた顔してんなよ~ダイン。こりゃあすげぇ力だろうがよ~? もっと喜べ~」
普段はこんな危険地帯、無人の大森林の中で警戒を怠るなどという愚行を起こさないリーサが、珍しく緊張を和らげ上機嫌に話しかけてくる。
まあ確かに、神器に選ばれたいまの実力ならば、この辺りに出てくるA級相当の魔物に後れを取ることはないだろう。
リーサが暢気でいられる気持ちもわからないでもない。
しかし……。
「浮かれるのはいいが、忘れるなよリーサ。この力にのまれた時が、俺たちの最期だ」
「然り。過去の神話、逸話でもよくあることだ。強大な力を持つアーティファクトの中に、己に相応しくない持ち主を排除し、自ら裁きを与えるものが存在しているのは事実。それが意思を持ち、これほど強力な神器であれば、常に見定められているものと考えた方がよいだろう」
エルロンのいう通りだ。
この神器は言っていた、「────英雄よ、己が正義を成せ」と。
それがどういった意味なのか分からないほど、B級冒険者パーティーを率いるリーダーとして、耄碌しているつもりはない。
神々がなんらかの目的で遺したであろうこの神器は、俺たちを見定めているのだ。
その資質が、信念が、正義が、英雄に足るものであるかどうかを。
そしてもし仮に、いつか道を踏み外し英雄に相応しくはないと判断された時には、相応の最期が待っているのだろうことは想像に難くない。
「び、ビビらせんなよ~? ウチだって、本気で浮かれてるわけじゃないし~」
「ええ、分かってるわリーサ。もし本当に邪念にのまれていたのなら、神器があなたを認めるはずがないのだから。それに、本当のあなたは冷静沈着。長い付き合いなんだから、そんな演技には騙されないわよ」
「ちぇ~。やっぱりクレアにはお見通しか~」
心強い仲間たちの会話を眺めながら、俺は思案する。
この神器を用意したゴールド・ノジャーと神々の関係を。
底知れぬ実力を持つとはいえ、さすがに神器を創造できるほどの存在などこの世に存在するはずもない。
であれば、これらの神器は彼女が神々から給わされ、何らかの使命を帯び資格を持つ者を探していたのが真相ではないだろうか。
そう考えると辻褄が合う。
となると、彼女はやはり神の使途。
聖なる魔族と呼称するのがふさわしいだろう。
彼女は言っていた。
教会から依頼された勇者を探し出す道中で、数々の試練が待ち受けていると。
しかもそれだけでは終わらず、勇者と共に歩む道であるとも言っていたのを記憶している。
もしかしたら神の使途であるゴールド・ノジャーには、俺たちが勇者の仲間として活躍する光景が見えていたのではと、そう想像してしまうのだ。
高位とはいえ、ただのB級冒険者である俺たちに、そんな大それた運命が待ち受けているとは考えづらいが、世の中には俺ごときでは観測できない、予測できないことが多くあるとさきほども知ったばかりだ。
そしてもしこれが神々の、世界の意思だとするならば……。
その期待には応えなければならないだろう。
「これから忙しくなるぞ」
「ええ、そうね。私もこの神器を得た時に覚悟を決めたわ」
ここに勇者はいなかったが、幸い心当たりは他にもいくつかあるのだ。
例えば、隣国のマリベスター王国。
王都マリベスでは十五歳の少年が英雄のごとき力で数々の偉業を成し遂げ、現在の王都をにぎわしていると風のうわさで聞いている。
確か二つ名は、黄金。
名はレオン……、だったかな。
輝くような金髪を持ち、圧倒的な武術と身体強化であらゆる魔物や悪人を屠る、限りなくS級に近いとされるA級冒険者。
噂では、幼少の頃に世話になった「のじゃのじゃ喋る金髪少女」を崇拝しているらしい。
実に心当たりのある特徴だ。
これが俺の勘違いでないのならば、もしかすると、黄金のレオンとやらに出会えれば勇者の手がかりも掴めるかもしれない。
「方針が決まった。いまからマリベスターに向かうぞ」
「はいは~い。りょーかいしましたー」
「そうね、それがいいわ」
「うむ、悪くない」
俺は仲間たちの賛同を得て、いままで闇雲に探していたこの無人の大森林の調査を切り上げ踵を返す。
勇者探しの鍵はかの超越者、ゴールド・ノジャーか……。
はは、まさか極秘の任務がこんなところで達成の兆しを見せるとはな。
もしかするとこれも、彼女の采配のうち、ということなのかもしれない。
ならば、その信頼に応えよう。
俄然、やる気もみなぎるというものだ。
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