第4話



 俺のことを神様だと妄信する七歳の少年、もといレオン君を拾い五年あまりの月日が流れた。

 あの日拾った少年も、もうすでに十二歳。

 ご近所様からはなぜか働かずに大量の金貨を持ち歩く不審なのじゃロリ少女と、それに付き従う少年の金髪コンビみたいに認識されている、よく見慣れた光景だ。


 もちろん本当に働いていないわけではない。

 俺は深夜になると謎の魔女ゴールド・ノジャーとしての活動がはじまり、この王都で様々な人間の悩みを解決しているのだから。


 ただ、この五年であまり大々的に動いてこなかったのは確かだ。

 俺には貧民街の裏路地で拾ったレオン少年の面倒をちゃんとみる責任があったし、しばらくはそちらに精を出そうと思っていたのも間違いではない。


 しかし、それも今日までだ。

 何を隠そうこのレオン少年、ちょっと見ないうちにメキメキと戦闘力を身につけ、さきほど最年少ながら冒険者登録をしてきたばかりなのだから。


 もう半分自立してしまったといっても過言ではないだろう。


「ほうほう。それで、絡んできた大の男どもをちぎっては投げ、ちぎっては投げ。全員のしてやってきたというわけじゃな?」

「そうです! 神様から直接教えを受けた僕の武術を見た目だけで侮り、無謀にも因縁をつけてきたやつらは全員八つ裂きにしてやりました!」


 いや、八つ裂きにはしてない。

 アカシックレコードで確認したところ、どうやらレオン少年が八つ裂きにする前にギルド職員に止められて事なきを得たようだから。


 ただしその時のレオン少年の憤慨ぶりは相当なもので、自分を侮ったことにはそこまでの憤りはないものの、その師匠である俺の教えをバカにされたことだけはどうしても許せなかったらしい。

 いやはや、五年前から相変わらずの狂信ぶりである。


 このゴールド・ノジャーですら当時は冒険者ギルドで門前払いを受けたわけだから、このレオン少年もそうなるだろうなぁとは思っていたが……。

 力ずくで解決してしまうとは恐れ入った。


 君には戦闘民族異世界人の称号を与えよう。

 と、冗談はさておき。


 なぜこのレオン少年が十二歳にしてここまでの実力を身に着けることができたかについて。

 おおよそのことは察しがつくだろうが、すべてはアカシックレコードのおかげだ。


 アカシックレコードには自分を除く、この世すべての武術が過去から現代までが網羅されている。

 そういった知識を技術としてアカシックレコードから直接インストールし、体を動かすことで武術における達人に近づくことができるのだ。


 ただし、このゴールド・ノジャー本体の肉体強度はたいしたものではないため、技術だけが飛びぬけているだけで近接戦闘の戦闘能力はほとんどない。

 しかしそのおかげで、武術を他者に教授することについては世界でも有数の教師にはなれるのであった。


 そんな超越的な武術を身に着けたレオン君は、オマケのように身体強化系の魔法を身に着けたことで同年代では向かうところ敵なしのバーサーカーになってしまったというわけである。


 また、大きな魔法に関しては、残念ながら魔力量が希薄であったため簡単な強化魔法くらいしか身に着けることができなかった。

 これで魔力も潤沢にあったらどうなっていたか、考えるのも恐ろしい。


 それほどにこの五年で卓越した武術と、身体強化の魔法を身に着けている。

 剣に斧に格闘に、それはもう様々な間合いで達人のような動きをするレオン少年の戦闘力は、この世界の冒険者でもすでに上位一パーセントから先の上澄み領域だ。


 というわけで、そろそろ俺の役目も終わったと認識し彼をこの世界の自然な流れにリリースしようと思ったわけである。

 いわゆる、独り立ちだね。


「うむ。もはやそんじょそこらの冒険者では、レオン坊に敵うようなやつもそうおらんだろうて」

「はい! 神様にはいろいろなことを教えてもらいました! 文字に武術に社会に魔法。これからはこの力で、多くのことを神様に返していきたいです!」


 うっ、純粋な眼がまぶしい!

 なんて良い子に育ったんだレオン少年。


 だが、しかし!

 それではイカンのだよ。


 こちとら不死ではないにしても不老の魔女、ゴールド・ノジャーだ。

 生きる時間軸というものが違うし、なんならそろそろ王都の人にも老いることのないこの肉体に興味を持つ組織みたいなのも湧いてきている。


 であるからこそ、今のうちにレオン少年を俺から引き離してしまった方がいいはず。

 そうに違いないのだ。


「レオン坊。お前は確かに強くなった。しかしまだ決定的に欠けているのがあるのじゃよ。……なんだかわかるかの?」

「決定的に欠けているもの、ですか……?」


 首をかしげるレオン少年はしばらく考え込むものの、答えには行き当たらず悲しそうな顔をする。

 いや、そんな御大層なものじゃないんだけどね。

 ただ、距離を置くためのちょっとした口実として話題を振っただけだし。


「うむ。わからぬのも無理はない。なにせこれまでは儂がついていた故、必要なかったものじゃからな。だが、これから先には必ず必要になってくるもじゃ」

「必ず必要に……」

「うむ。必ずじゃ。人はそれを、仲間という」


 その言葉を聞いた瞬間、ハッとした顔を見せるレオン少年が、まるで目からうろこが落ちるかのように瞠目した。

 いや、そんな大それたこと言ってないんだけどもね。

 冒険者がパーティーを組むなんて当たり前のことだし。


 ただそれだけの話だ。


「仲間……。仲間……。そうか! 確かに、僕には仲間が足りていないっ! 最近、神様に近づこうとしている不埒な団体も、いまの僕一人では対処が困難……。だから神様は僕に仲間を集えと……。なるほど、なら……」


 なにやらブツブツと独り言をもらし、自分の世界に入ってしまったレオン少年を見ながら、なんかいい感じに丸め込めたかなと思いテキトーにうなずいておく。

 そうそう、そんな感じ。

 なんかよくわからんけど、仲間が必要なんだよ。


 パーティーを組めば、それだけ冒険が安定するでしょ?

 みたいな?


「だからのう? もう冒険者ギルドに登録を終えていっぱしの人間になったレオン坊は、これから一人で生きていかなければならないんじゃよ。わかるかのう?」

「はい! わかりました神様! 僕はこれから仲間を集い、目的に向けて準備いたします!」

「うむ、わかればええんじゃよ」


 というわけで、一件落着ってね。

 この王都で老いずに過ごしてもう五年だ。

 そろそろ他の街で活動したいと思っていたところだし、このあたりがよい区切りとなることだろう。


 そう考えた俺は、レオン少年がなにやらブツブツと再び独り言で意気込んでいるのを特に確認せず、お世話になったこの王都から姿を消したのであった。


 なお、しばらく放浪してほとぼりが冷めたら戻ってくるつもりでいるが、やはり長期間レオン少年と離れ離れになるのは少し寂しいため、この五年で開発した武器やら道具やらを、大量にプレゼントしておいた。


 この世界の魔武器や魔道具というのは、ようするに魔法をエンチャントした装備に他ならない。

 つまり、さまざまな魔法をアカシックレコード経由でインストールし放題なこのゴールド・ノジャーに死角はなかった。


 身に着けているだけで体力を回復させ傷を癒すブレスレッドも、ただのロングソードに見えて実は自動修復する上に斬撃の強化までついている魔剣も、その多くが個人で作り放題なのだ。


 そこまで過保護にするなら子離れしなければいいじゃんと思うかもしれない。

 だが、ダメなのだ。

 それではレオン少年がいつまでたっても独り立ちできないから。


 これは苦渋の決断なのである。


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