第3話



 ロデオンス中央大陸最南端の国、マリベスター王国の中心都市、王都マリベス。


 その都市には富裕層が優雅に暮らす警備と整備の行き届いた「貴族街」、その富裕層を支える多くの人間が暮らす活力に満ちた「平民街」、最後に職を失い行き場の失った者達が集う希望のない「貧民街」が存在していた。


 そんな三つの区画のうち最も死と絶望に近い貧民街の、そのまた一角に。

 今にも力尽き、その命の灯を絶やそうとしている一人の少年が横たわる。


 元は太陽のように光を反射するはずだったであろう金髪は薄汚れ、見る影もない。

 アイスブルーの瞳からは生気が消え失せ、栄養失調の肌はカサつき、肉体はまるで骨と皮だけになったかのような有様だ。


 少年には未来が無かった。

 生まれた時から父は居らず、この過酷な貧民街の中でも女手一つで育ててくれた母は、病気によって一年前に他界。


 今年で七歳になる少年が真っ当に生きる術などなく、日々ゴミ漁りをしては一年間食いつないできたのである。

 むしろこの力と暴力が支配する弱肉強食の貧民街で、よく一年持った方だろう。


 しかしそれももう、限界のようではあったが……。


 だが、それで良かったのかもしれない。

 ここで死ねれば、少年はこれ以上苦しむことはないのだから。

 生きることにはもう疲れた。

 自分はよく頑張った。


 母がよく言い聞かせてくれていた、奇跡は必ずやってくるという言葉。

 あなたが諦めない限り、きっと、と……。

 その言葉だけを信じて生きてきたが、結局、奇跡は何も起こらなかった。


 ────どうせこの世に、奇跡などありはしない。


 幼いながらもそう本能的に納得して目を閉じようとした、……その瞬間。

 少年の瞳に、黄金に輝く太陽の光が映り込む。


 その太陽はしなやかで、自分のくすんだ金髪とは似ても似つかない神々しさを讃えている。

 いや、比べることすらも烏滸がましいのかもしれない。

 しかしその太陽は少年の髪をひと撫ですると、不思議なことを言った。


 ────まるで太陽のような、美しい黄金の髪じゃのう。

 ────ほれ見てみぃ、儂の金髪とお揃いじゃ。


 少年はこの日のことを、生涯忘れることはないだろう。

 この世にも奇跡は、あったのだ。





「ほれ、もっと食わんか小僧。よく食べ、よく学び、よく休む。これがゴールド・ノジャー流の基礎じゃ。理解したかのう?」

「はぐはぐはぐ……!!」


 やあやあ、どうも。

 ここ最近、ずっと人助けに精を出している金髪ロリババア。

 もとい異世界から転生してきたおっさんこと、不老の魔女ゴールド・ノジャーです。


 冒険者ギルドに門前払いを食らってから既に半年くらい経つだろうか。

 その間、この王都の困っている人達の前に現れてはお悩み相談をし、問題を解決。


 時にペットの捜索だの、問題のある彼氏との別れ話だの、壊れた魔道具の修理だの。

 まるでご近所相談所みたいな扱いで、なおかつ神出鬼没に活動していたのであった。


 いや、もう何でも屋じゃんこれと思わなくもない。

 しかし素人が知名度も無いままに、いきなり大きな問題に取り組んでも失敗するのは目に見えている。


 だからまずは練習を兼ねて下積みをということで、怪しげな魔女の恰好で正体を隠し、小手調べに半年ほどミステリアスな都市伝説として人助けをしていたというわけだ。


 おかげで知人は結構増えたし、神出鬼没なのも相まって王都でもそこそこ噂にはなっているらしい。

 ちなみに普段着は魔女の恰好とは似ても似つかない、そこらへんにいる町娘の恰好でうろついている。


 ガバガバな偽装に見えて、案外堂々としていれば気づかれないものだ。

 いまだ正体がバレたことは一度もないのがそれを証明している。


「むぐぅ!」

「あ~ほれ、喉に詰まらせるほど急がずともよい。よく食べろとはいったが、飯は逃げはしないのじゃから。少し落ち着けい」


 で、ようやくこの、すごい勢いで食事を胃に送り込んでいる少年の話に移るわけだが。

 小手調べで魔女の仕事にも慣れてきたし、そろそろ様子見に一度、本当に困っている人間を助けに向かおうと思って選んだ依頼人第一号がこの子供だ。


 アカシックレコードで、「この王都で一番絶望している、心根の善良な者は誰か」という問いかけをしたとき、真っ先に検索でヒットしたのがこの少年。


 調べてみるとその過去は悲惨で、今にも力尽き死にそうだったところを間一髪、本当にギリギリ治癒魔法にて助けたのがつい先ほどのことだ。

 その時の治癒魔法の光を少年はキセキだのなんだのと騒いでいたようだが、あれはただの魔法の光、エフェクトである。


 まあ、その魔法の光が見てくれはかなり良い美少女ロリの金髪に反射して、神々しかったことは認めるけどね。

 路地裏の周囲が薄暗かっただけに、エフェクトが偶然にもよく映えていた。


 しかしその偶然の演出に感化されたのがよかったのか、少年の瞳は一気に生気を取り戻した。

 いまの彼の心には生きる決意と、未来へと向かう覚悟が備わっているとアカシックレコードさんも情報を提供してくれている。


 何がそこまで少年を変えたのかは、あえて調べていない。

 こういう自らの人間関係に対し、安易に裏技を使って調べてしまうと、その人間関係に決定的な溝が生まれてしまうからだ。


 どんな情報を持ち得ようとも、人の心と接するのは人の心だ。

 少年が自分で語るのを待つか、もしくは俺がこの目で見極めなければならないだろう。


「ほれ、食べ終わったのなら次は風呂じゃ。ゆくぞ小僧、ついてまいれ」

「はい! かみさま!」


 でもって、いつの間にか神様認定されていました。

 いや、確かに拾ってすぐ放り出すつもりはなかったから、懐いてくれるのはいいけども。


 こんな人の往来の激しい宿の食堂でそんなことを叫んだら、周りの目が痛いのなんのって。

 おかげでさまで一部の者からは生暖かくも微笑ましい視線を、また別のところからは神という言葉に反応する宗教関係者の訝し気な視線をいただいている。


 こんなしょうもない日常のワンシーンで、宗教のいざこざに巻き込まれるのは勘弁してほしいところだ。


「儂、神様じゃない。儂、超美少女、ゴールド・ノジャー。わかるかの?」

「はい! かみさま!」


 ダメだこりゃ。

 完全に妄信していらっしゃる。

 これは前途多難だなぁ。



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