アイスクリームと犯罪率

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アイスクリームと犯罪率

「アイスクリームと犯罪率って知ってる?」


 とある高校の放課後の屋上で先輩は俺に言った。

 長い黒髪、知性を宿した瞳、可愛い三割、美人七割の顔つき。

 それだけも異性に受けそうなものだが、それ以上に彼女を魅力的にさせている要因がある。

 それは、嘘を付かない事だ。

 この点に関しては男女問わず百パーセントの信頼を得ている。

 また、分け隔てなく平等に皆と接している点も大きい。

 とは言え、今大切なのは、先輩の問いかけだった。

 俺は答える。


「いえ、初耳です」


 その言葉に先輩は、ちょっと得意げな表情を浮かべた。


「単純にアイスクリームの売り上げが上がると、犯罪率も上がるって話よ」

「え、何か変じゃありません? その理屈」


 先輩は頷く。


「うん、因果関係のない話よ。アイスクリームの売り上げと、犯罪率には何の繋がりもないわ」

「ですよね」

「でも時々、コンピューターはこんな結論を導き出す事があるの。その是非は人が判断するしかないんだけど、その根拠となる第三の要素は何だと思う?」


 俺は顎に手を当てて考える。

 だが、分からなかったので、先輩に問う。


「思い浮かびません。って言うかこの状況にアイスクリームと犯罪率は関係あるんですか?」


 そう、それが問題なのだ。

 何せ俺は先輩に告白して、付き合って欲しいと言ったのに、帰ってきた答えがアイスクリームと犯罪率だったのだから。

 先輩は、ぴっ、と指を立てる。


「あるの。大ありなの。その為に第三の要素を聞いたんだから」

「?」


 そして先輩はちょっと哀しそうな表情を浮かべて言う。

 どこか、自分自身を遠くから見ているかの様な、不思議な佇まいだ。


「アイスクリームを貴方、犯罪率を私として考えて。その上で第三の要素を判断して欲しい。そして答えに行き着いたなら、改めて返事をするから」

「何だかよく分からないですけど、頑張ってみます」


 俺の答えに先輩は小さく、うん、と頷いた。

 やっぱり先輩はどこか寂しそうだった。








「第三の要素は、気温、かあ」


 翌日の放課後、自分の教室でスマホを触りながら俺は呟いた。

 先輩には頷いて答えた手前、自分でも考えてみたのだが、アイスクリームと犯罪率の第三の要素はあっさりと答えが出た。

 流石、検索エンジン様は何でも知っている。

 ざっくり言ってしまえば、気温が上がれはアイスクリームの売り上げは上がり、犯罪率も上がる。

 逆に気温が下がれば、アイスクリームの売り上げは下がり、犯罪率も下がる。

 コンピューターの見ていない要素は気温だったのだ。


「でも、それはそれとして……」


 では、俺をアイスクリーム、先輩を犯罪率とした場合の、第三の要素は何だろう?

 ぐぬぬ、と考えていた俺に、突然女の子の声が届いた。


「あっ、あのっ、先輩っ」

「え、あ、何? って、後輩ちゃんじゃないか。どうかした?」


 そこに立っていたのは言葉の通りの俺の後輩の女の子だった。

 ここまで接近するまで気づかせないとは、なかなかのステルス性能。


「は、はい。あの……」


 答えながら、後輩ちゃんは胸の前で、ぐっ、と手を重ねて、俺に言った。


「勝率、ないのは分かってます。でもある人に『言いたい事があるなら、言わないと後悔するぞ』って言われて、決めたんです」


 ……いやいや、それはもしかして。

 後輩ちゃんは大きく息を吸って、言った。


「好きですっ。私と付き合ってくださいっ」

「―――」


 予想はできていたが、やはり心臓が止まりそうな程に、驚いた。

 でも、答えは決まっていた。


「……ごめん、俺、好きな人、いるから」


 後輩ちゃんは、ちょっと泣きそうになり、でも清々しい微笑みを見せて頷く。


「はい……。知ってました。でも、ちゃんと答えてくれて、ありがとうございました」


 そう言って後輩ちゃんは教室を去って行った。

 そして唐突に俺は理解した。

 関係なさそうな二つを結びつける第三の要素とは、『好意を寄せてくれる後輩』だ。

 先輩には、好意を寄せる俺という後輩がいる。

 そして俺には、好意を寄せてくれていた後輩ちゃんがいる。

 そこから導き出せる解答。

 それは『好きな人には、別の好きな人がいる』という事だ。

 俺は後輩ちゃんの告白があって、アイスクリームから犯罪率の立ち位置となり、その立場から物を考えられるようになった。

 先輩が言いたかったのは、相手の立場から、物事を判断しろ、という事なのだろう。

 つまり、先輩にも好きな人がいるから、諦めて欲しい。

 それが先輩が俺に求めた答えだ。








「……と、俺は考えました」


 翌日の放課後の屋上で、俺は先輩に言った。

 先輩は哀しげな表情で目を伏せる。俺は言葉を続けた。

「一番効果的な理由ですよね、好きな人が他にいるから、応じられないっていうのは」

「……ごめんね」

「いえ……」


 小さく答えた先輩に、俺は神妙な口調で言う。


「……って判断させるのが、先輩の思惑ですよね? 狙いは別の所にあるんでしょう?」

「え?」


 完全に虚を突かれた様子で先輩は顔を上げる。


「何となく、今までの出来事を思い返してみたんです。すると、『好きな人が他にいるから』って結論を導き出す為の流れや、要因が立て続けに起きている事に気が付きました」


 先輩は何も答えない。

 静かな、湖面の様な表情でこちらを見ている。


「うまく行き過ぎていると判断させた一番の要因は、後輩ちゃんの告白です。タイミングが良すぎでした。彼女に助言した『ある人』というのは先輩でしょう?」

「……仮にそうだとして、私にそんな行動を取らせる理由は何?」

「簡単です。無理やり他に好きな人がいると思わせたいと言うことは、先輩には好きな人なんていないと言う事です」

「筋は通っているけど、どうして単純に好きな人はいないから、付き合えないと言わなかったの?」


 俺は眉根を寄せた。


「それは正直、分かりませんでした。理詰めで推理はしましたけど、動機は分からないままなんです。ただ、確信を持って言える事があります」

「何?」

「先輩は、嘘を付けないって事です。俺はそこが好きになったんですから、人を蔑ろにする結論にはならないと思ってます」

「……そう」


 先輩は小さく息を吐いて、俺に向き直った。


「ほとんど貴方の言う通りよ。私は、私に好きな人がいる、と貴方に思わせたかった。動機は」


 そこまで言って、先輩は左胸に手を当てる。


「ここに、何にもない事。皆は私を嘘を付かない、分け隔てなく平等に接してくれる人、と思っているみたいだけど、私にはそんな風に自分自身を評価できない」

「そんなこと、ないですよ。客観的な判断じゃないですか」

「私は、主観で自分はこういう人間だと言えるようになりたい。だって嘘を付かない、誰にも平等って事は、どこにも特別な物のない空っぽな人間ってことでしょう?」

「それは……」


 俺は思わず言葉に詰まる。

 どう答えるべきなのか、分からない。

 この場合、口先だけの慰めを先輩は受け入れはしないだろうから。

 だからたくさん、たくさん考えて、言った。


「じゃあ……、このまま俺は先輩の事が好きなアイスクリーム、先輩は後輩に好意を寄せられる犯罪率のままでいませんか?」

「え?」

「この二つには何の因果関係はありません。カラクリが割れてしまった以上、もう第三の要素も機能しません。でも、この二つが無関係のまま、先輩が虚ろなままであるという保証もないんです」

「……変わるかな。変われるかな、私……」

「変われますよ、俺が断言します」

「どうして?」


 俺は照れくささを隠すように、頬を指で掻きながら言った。


「だって、先輩は俺の後輩ちゃんに入れ知恵して、自分の良い様に未来を変えようとしたんですから。機械は打算をしません。先輩は充分に感情を持って動いています」

「……なんだか、私、すごい酷い人みたい」

「皆そんなもんですよ。打算、妥協アリアリです。俺だって、こうやって揺さぶれば先輩がちょっと俺の事気にしてくれるかもなーとか思って喋っていたりいなかったり」


 先輩は呆れた様な、諦めた様な大きなため息。

 そして、苦笑した。


「それも、いいかも。自己分析だけど、私は、誰かに本当の私自身を見つけて欲しかったんだと思ってるから。結果、貴方が見つけてくれた。小さくても、確実に一歩を踏み出せているのかもね」


 そして俺の顔を見る。

 そこにあるのは清々しい、小さな微笑みだ。


「じゃあ、よろしくね。どこまでの付き合いになるのか分からないけど、それも今はいいと思う」

「……ですね。とりあえず先輩の隣に座る優先権は得られたっぽいですし」

「うん。そうやって、どんどん私を揺さぶって」


 そう言って先輩は手をこっちへ向け、握手だと思った俺は、手を上げた。

 しかし、先輩は手を引っ込めて、少し照れくさそうに小指を差し出す。

 俺はかなり驚いたが、できるだけ手が震えない様に気を付けて、小指を絡めた。

 そしてそこで繋がった暖かさを、いつでも見付けられる様に、胸へ刻み込む。

 最後にこう思う。

 この人のこういう子供っぽい、正直な感情表現は犯罪的だ、と。

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