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 最近、授業に集中出来ない。

 そのせいでノートは怪文書、先生の話は一切記憶に残っていないため成績は右肩を下がり続けている。

 このままの調子では、狙っている大学の推薦枠が危うい。

 何とかしなければと思い、その原因となる人に目線を向けた。

 窓際の前から三番目。

 私を悩ませる夏目さんの席だ。

 肩上で揃えられた黒髪が、窓から入ってくる陽光に照らされ輝いてる。

 全体的にバランスの良い体型は、後ろ姿だけでも絵になるなと思う。

 あの日以降、私は夏目さんの事をよく考えるようになっていた。

 最初は授業の合間や通学の途中で、夏目さん良い匂いしたなとか、声が意外と低かったなとか考えていた。

 これくらいはみんな普通に考える…と思う。

 でも私はどうした事か、それを超えた時間を妄想に割くようになっていた。

 内容はあまり挙げたくないけど……言ってしまうと、もっと近くで声を聞きたいとか、手の温度はどれくらいだろうとか、自分でも気持ち悪いと思う程、夏目さんの事を考えていた。

 正直、一回ポッキーゲームをしたくらいで、こんな事になるなんて想定していなかった。

 多分、夏目さんもこんなに私が重症化しているとは想像していないだろう。

 だから、今日も……と数時間前の事を思い出す。




 体育館の床をバスケットボールが跳ねている。

 コート内を駆ける少女達はその一つのボール目指して手を伸ばす。

 それをひらりとかわし、真っ直ぐゴールへ向かって行く黒髪の少女。

 少女は迷う事なく片腕を上げ、ボールをリングへと誘う。

 黄色い歓声と共に「ふゆ」と名前を呼ばれた。

「なに?」

「なに?じゃないでしょ。それ」

 指された方向を見て「あ」と声を漏らす。

 今、私たちは体育の授業でバスケットボールを行なっている。

 私と友人の絵里えりはその得点係を任されていた。

「冬も夏目さんのファン?」

「え?」

「今見てたのって夏目さんでしょ?」

 絵里が分かるよと、首を縦に振る。

 友人に指摘される程、私は夏目さんに熱烈な視線を向けていたのだろうか。

「夏目さんバスケ部のエースらしいよ。なんか、私等とは住む世界違うよね」

 「そうだね」

 そう、違うのだ。

 クラスで私は大人しめ、夏目さんは賑やかなグループに属している。なので普段、私たちに接点は無い。

 なのにどうしてあんな事をしてしまったのだろう。

 先日の突拍子もない行動を思い出して悶える。

 ポッキーゲームしようなんて…いきなり訳分からなすぎるでしょ。

 夏目さんも夏目さんだと思う。突然、関わりの無いクラスメイトにポッキーゲームを持ち掛けられたら断るべきだ。

 あの時、夏目さんが断ってくれていたら、こんな悶々とした気持ちを抱えずに済んだのに。

 自分から誘ったくせに、責任転嫁しようとしてる。

 最低だ、私。

 でも、まさかやってくれるとは思っていなかった。

 話しかけるきっかけ的な、爆発することの無い起爆剤のつもりだったのだ。

 それなのに、人気のないところまで私を連れていくなんて。夏目さんは一体どういうつもりでやったのだろう。

 なんなら、あの時の夏目さんは、私よりもノリノリだった気がする。

 あの日から何度も脳内で再生したシーンが思考を巡る。

 夏目さんと目が合った時、私が引いていなかったらどうなっていたのだろう。

 そんな事を想像していたら試合が終わっていた。

 

「次、私たち試合だよ。ビブス貰いに行こう」

 バスケの授業ではチーム分けをわかりやすくするため、試合の時は赤と青のビブスを着ることになっている。

 絵里は先程試合に出ていた友人にビブスを貰いに行ってしまった。

 残された私は、絵里が戻し忘れた得点板もリセットする。

 その作業を終えた所で声を掛けられた。

河野こうのさん」

 振り向くと、赤いビブスを持った夏目さんが目の前に立っていた。

 試合後なので体温が上がっているのか、夏目さんの顔が紅い。

「次、河野さん試合だよね」

「うん」

 私が頷くと、夏目さんは持っていた赤いビブスを差し出してきた。

「あ、ありがとう」

 受け取ろうとして、手を伸ばす。

 その伸ばした手を夏目さんが掴んでくる。

「えっ?」

「河野さん、私のこと見すぎ」

 揶揄からかう様な口調なのに、夏目さんは少し困った表情をしていた。

 瞬間、理解する。

「ごめん…気持ち悪かったよね。もう見ないようにするから」

 ただのクラスメイトの視線に気付いてしまうくらい、私が夏目さんを見てしまっていた事を自覚する。

「え?違う、ちがうよ。見られるの恥ずかしいだけで、別に嫌じゃないから」

 夏目さんは手を横にぶんぶんと振り回し、否定してくれる。

 優しすぎる……。

 彼女にファンが付く理由が分かった気がした。

 こんな優しい人を、私が困らせてしまっている。

 その事実が痛い。

「ビブスありがとう。それからこの間はいきなりごめんね」

 今できる精一杯を夏目さんに差し出す。

 夏目さんが何か言いかけた所で、私は絵里に呼ばれてしまった。

「冬ー!何してんの、試合始まるよ」

「ごめん、今行く」

 正直、試合よりも夏目さんの言いかけた言葉が気になる。傷付くことを言われてもいいから、その言葉の続きを知りたかった。

「夏目さん、また後で話せる?」

 余りにも積極的な行動に自分で驚く。

 今まで、一度だって誰かに対してこんなに特攻した事はない。

「放課後、少しなら」

「じゃあ、放課後少し話そう」

「え、うん」

 半ば強引に話を押し終えて、私はコートに向かった。

 運動前なのに心臓が五月蝿い。


「夏目さんと何話してたの?」

 コートに入ると、絵里が興味津々といった感じで私に話し掛けてきた。

「ビブス貰っただけだよ」

「なーんだ、つまんないの」

 絵里は興味の水位が引いたらしく、ボールを追いかけに走って行ってしまう。

 友人がバスケットボールに向かっていく中、私は放課後のことで頭が一杯だった。






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