第8話「家でなら、いいの?」


「い、家で……よろしくお願いしますっ!!」


 俺の目に映ったのは藤宮先輩のスカイブルーの綺麗な瞳だった。


 まっすぐ、そして純潔な汚し難い色。

 そんな綺麗な瞳を輝かせながら藤宮さんは俺を見つめていた。


 あまりにも美しい瞳にまじまじと見つめられてしまって、俺は夢から覚めたかのようにハッとした。


「家でなら、いいの?」


 俺を見つめる純粋な空色の瞳。


 しかし、その瞳を持つ女性の口から発せられた言葉には全く純粋ではないさがあった。





 あ。



 やった。






 やってしまった。


 自分から墓穴を掘った。


 何を言ってんだ、俺はっ!?





 家でならしていいって言ったらそれはもうあれじゃないか。


 さながら、それはもうHなこと。


 夜中にお酒を飲んで刺激求めたさにヤルことまでヤッてしまうあれだ。


 もはや、あれと同義であると国語辞典でも説明してもいいやつだ。


 んで、結局推しに弱い俺が先輩のぐいぐいさにまけて「さきっちょだけならいいでしょ?」までやってしまうあれだよ、これは!


 テンプレもテンプレだが、漫画のテンプレで現実でやったら色々とやばいあれだよ。


 さっきから同じことばかり考えているが、許して欲しい。言語化できないのは申し訳ないが俺の事も察してほしい。


 このなんとも言えない空気をどうにかしてくれ。色気、エロさが今の先輩からはムンムンに感じる。


 どうしてたって変態なんだこの人は。いやまぁ、エロ漫画家なんだからそりゃそうなんだろうけど……にしても、下着透け透けと同じくらい破壊力がえぐい。


 もう、俺のHPはゼロだ。

 最後に予告でネタバレしちゃってもおかしくない。


 だめよ、彼のHPはゼロよ!!


「家なら、いいんだよね?」


 ってふざけてる場合じゃない。

 怖い怖い怖い。

 

 先輩の目が野獣になってる。


 好きな男を狙う野獣の目になってる。

 藤宮先輩の目が野獣になってる!!


 傍から見れば可愛い先輩に見つめられてる後輩の画かもしれないけど、実際は全く違う。


 童貞と野獣が見つめ合ってるだけだ。


 まじまじと透き通った綺麗な目で見つめてくるのは心臓に悪いが、それ以上にエッチなことを真面目に聞いてくるのも童貞にとっては命を駆られるのとほぼ同じだ。


 この感じはやばい。

 絶対に負ける。負けちまう。


 否定しなきゃ、そう言うことじゃないって否定しなくちゃ。


「や、えとその……それは言葉の綾って言いますか。別に本当に家でやるとかそう言うことは考えてなくて……というか、はははは」

「駄目……なの?」

「だ、駄目ってわけじゃなくて。別にその良いって言うか、こっちとしてはそれはもう、やってほしいのはやまやまなんですけど……」


 目が野獣から聖獣に進化した。

 殺しに来てる。

 童貞を殺すなんとやらだ。


 ドキドキドキドキ。胸が張り裂けんばかりに鼓動する心臓の音に耳をやられていると、目の前にいる先輩は気づかせる一言を呟いた。






「一緒に漫画作るって約束したのに……?」





 まるで漫画を作る青春アニメのような呟き方だったが、俺と先輩の間ではその言葉の意味は全く変わる。


 そして、ハッとして思いだした。





『私と堀田君で、一緒にエロ漫画を完成させようね』





 そうだよ、これは俺が始めた物語じゃないか!

 言ってしまったが手前、否定することができない。情報が錯綜し、脳裏にブラジャーの色が浮かぶほどにぐちゃぐちゃになっていた思考が瞬時に動き出す。


 先輩の目がどんどん残念そうに、そして悲しそうになっていて——さすがに出来ないなんて言える雰囲気ではなかった。


 今にも泣きだしそうな先輩の手を掴む。


「あ、あのっ……俺も作るんで……だから、その。家でお願いしますっ」

「あ、ありがとぉ!」


 そう言うとパーッと表情が明るくなり、嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 はぁ、よかった。

 そんな風に心の中で安どのため息をつくと共に、俺の中の冷静な部分が痛いツッコミを入れる。


 

 俺は一体、何やってるんだ?


 

 まるで、そう言うプレイか何かのようで。

 いや、これはきっと戒めなんだろうか。


 勝手に幻想を抱いて、藤宮先輩の事を知った気になって威張っていた俺への罰。

 神様がそう言っている。俺が目指していた恋愛とはこんなものだったのか、胸に聞けば違うと呟くも、心のどこかで喜んでいる自分がいる。


 あぁ、俺は一生……普通の恋愛ができないのかもしれない。






「ねぇ、今日って空いてる?」


 変に放心状態になっていた俺の袖を優しく引っ張りながら、先輩は不意に予定を尋ねてきた。


「一応、五限の後は空いてますけど……」

「明日とかは講義ないかな?」

「えと……そうですね、明日は午後からのが二個だけ」

「そ、そっか」


 意味ありげに頷く先輩を見て、俺の背中には心地よい悪寒がした。





「——じゃあ、講義が終わった後。一緒にモデルしない?」






 そう、そしてその日。

 俺と藤宮先輩の純粋な恋愛は終わりを告げて、変態な恋愛が幕を開けたのだった。








<あとがき>


 色々とオマージュ入れてみました笑笑

 分かる人には分かるかな?

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