ファンタジー思考実験『ゴブリンのジレンマ』

市川タケハル

ゴブリンのジレンマ

 Sランク冒険者であるあなたは旅の途中、一匹のゴブリンと遭遇した。

 そのゴブリンは、少女を襲おうとしている最中だった。


 正義感にあふれ、悪を許さず、卑怯なことは絶対にせず、弱き者を決して見捨てないあなたは当然、少女を助けるためにゴブリンを成敗しようとした。


 しかし、あなたの勇名はゴブリンでも知らぬ者はいない。

 ゴブリンは、自分に向かってくるあなたをSランク冒険者であり自分には到底かなわない相手だと悟った。


 そして、抵抗せず大人しく降伏し「この少女には何もしない。だから命だけは助けてくれ」とゴブリン語で命乞いをはじめた。


 しかし、あなたはゴブリンという種族のことをよく知っている。

 このゴブリンは今見逃しても、また悪さをする。


 見逃せば、今回救った少女でなくても、違う人がこのゴブリンの被害にあうことはほぼ確実。


 ゴブリンとは、そういう種族。

 人間とは相いれない存在。


 このゴブリンを今殺せば、少なくとも、このゴブリンによる今後の被害をなくすことが出来る。


 そう考えて、あなたは愛剣を構え、ゴブリンを殺そうとした。


 ゴブリンは震え、恐怖の表情を浮かべる。

「今後一切人間に関わらないから見逃してくれ」と。


「Sランク冒険者さま、救っていただいた身で言うのは差し出がましいのは承知ですが、さすがにこのゴブリンを殺すのはかわいそうだと思います……」

 ゴブリンに襲われかけた少女が、恐る恐るあなたに声をかける。


 あなたは考える。


 確かに、ゴブリンは人間にとって相いれない存在。

 このゴブリンをこのまま見逃せば、きっとまた悪さをする。


 でも――。


 このゴブリンは自分よりもはるかに弱い。

 そして、悪さをするとは言え、ゴブリン一匹ではせいぜい人一人を襲い、金品を奪うくらいなものだ。


 正義感にあふれ、悪を許さず、卑怯なことは絶対にせず、弱き者を決して見捨てない。


 強大な力を持つドラゴンの上位種や上位魔族などの、世界の存亡にかかわる敵とも渡り合うSランク冒険者である自分が――悪とはいえ――それよりはるかに弱いゴブリンを一方的に殺すことは『卑怯』とは言えまいか。

 更に、悪とは言え、ゴブリンは『弱き者』ではないのか……。



 もし、このゴブリンが今後悪さをするというならば、Sランク冒険者の自分ではなくDランク冒険者に討伐をさせればいいだけのことなのではないか。


 しかし、今見逃して、このゴブリンが悪さをしてからでは遅いのではないか……。

 やはり、自分がここで、このゴブリンを殺しておいた方がいいのではないか。


 とは言え、被害者である少女はゴブリンを殺すことについて、あまりよく思ってはいない……。



 さて、Sランク冒険者であるあなたは、果たして、このゴブリンを殺すのか?

 それとも、見逃すのか?


 どうする――?

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