第54話 夜営

「――よし、今日はここまでだ!!夜営の準備をしろ!!」

『おうっ!!』



時刻は夕方を迎えると傭兵団の馬車とリン達の馬車が停止し、日が完全に暮れる前に夜営の準備を開始した。夜営に関しては傭兵団に全てを任せ、リンとハルカは馬車の中で大人しく待機する。


最初はリンも夜営の準備を手伝おうとしたが、傭兵団は金で雇われているので依頼人の大切な娘とその友達を働かせるわけにはいかないという理由で準備は全て彼等が行う。



「坊ちゃんとお嬢様は馬車の中で休んでてください。すぐに飯の準備をしますからね」

「あ、ありがとうございます。でも、本当に手伝わなくていいんですか」

「ははは、俺達に気を遣う必要なんてありませんよ。それに坊ちゃんが居なければ今もあの橋で立ち往生していたかもしれませんからね」

「リン君、今なら魔法の練習できるんじゃない?」



リンは傭兵団に準備を任せる事に悪い気がしたが、ハルカは植物の種を取り出す。旅の道中はいつ魔物に襲われるか分からないのでリンは魔力を温存しておきたいと思ったが、ハルカは練習がしたいのかリンに興奮気味に種を見せつける。



「ねえ、少しだけならいいよね?」

「ハルカ、そんなに練習したいの?」

「うん!!」

「そ、そう……なら少しだけやろうか」



ハルカはリンに手ほどきを受けてから格段の魔法の腕が上達していた。以前の彼女は練習は毎日欠かさずやっていたが、自分から練習を提案する事はなかった。しかし、最近はを掴んだのか魔法の効果が上がっている。


馬車から降りたリンとハルカは適当な大きさの岩の上に座り込み、両手で種を握りしめて魔力を送り込む。この時にハルカは祈りを捧げる様な体勢を取り、こちらの体勢の方がハルカは集中力が高まるらしい。



「「…………」」



二人並んで種に魔力を送り込み、種が芽を生やすのを待つ。一か月前のリンは1時間費やしても芽を生やす事もできなかったが、今のリンはハルカと殆ど変わらぬ速度で植物を育てられるようになった。



「やった、もうできたよ!!」

「……こっちも生えてきた」



いつもよりも早くハルカは種に芽を生やす事に成功し、少し遅れてリンも生やす事に成功した。二人は目を地面に植えると、そのまま両手を翳して魔力を送り続ける。


以前のハルカは種を花に育てるまで30分は掛かった。しかし、今のハルカは数分で花を咲かせるまでに成長し、リンもほぼ同じ速度で植物を育てられるようになった。



「わぁいっ!!久々にリン君より早く咲かせた!!」

「むっ……やるね」



ハルカが先に花を咲かせるとリンは少し悔しく思い、少し前まではリンの方がハルカよりも早く咲かせる事ができていた。だが、リンから手ほどきを受けたハルカが以前よりも回復魔法の腕が上達しており、彼よりも僅かに早く種を育てる事ができる様になった。


最も二人の差は殆どなく、リンもハルカも一か月前と比べれば格段に魔力操作の技術が磨かれていた。ハルカも以前は膨大な魔力を使いこなせずに回復魔法を扱う時は苦労していたが、リンの手ほどきのお陰でようやく自分の魔力をちゃんと使いこなせるようになってきた。



(ハルカも魔法が上手くなったな……いや、違う。きっとハルカは最初からこれぐらいの事はできたんだ。成長したというよりは自分の力を使いこなせるようになった感じだな)



リンの場合は日々の訓練で技術や魔力を伸ばしてきたが、ハルカの場合は魔力に関しては元から持て余していた。彼女がこれまで上手く魔法を使えなかったのは単に魔力操作の技術が未熟だったからであり、リンの手ほどきで技術が向上した事で本来の魔法の力を出せるようになったように過ぎない。


改めてリンはハルカが自分よりも魔法の才能を持っている事を意識し、このまま修行を続ければハルカは一流の治癒魔術師になれると確信する。そして自分もハルカと出会った事で確実に成長していた。



「……ありがとう、ハルカ」

「え?きゅ、急にどうしたの?」

「いや、ハルカと出会えて本当に良かったと思ってさ」

「リ、リン君……」



ハルカはリンの言葉を聞いて頬を赤らめ、彼の元に身体を寄せる。リンは自分の肩に頭を乗せてきたハルカに少し驚いたが、彼女といると不思議と温かい気持ちを抱く。



「リン君……あのね」

「うん?」

「私、リン君の事が……」



頬を赤らめたハルカはリンに何かを告げようとした時、馬車の中からウルが飛び出す。彼は馬車で移動中はずっと眠っていたのだが、唐突に馬車から降りると鳴き声を放つ。



「ウォオオンッ!!」

「わあっ!?な、何!?」

「どうしたウル!?」

「グルルルッ……!!」



何かを察知したのかウルは牙を剥き出しにして唸り声をあげ、そんな彼の反応を見てリンは咄嗟に魔力剣と反魔の盾を装着した。すると夜営の準備を行っていた傭兵の一人が大声を上げる。



「と、盗賊だ!!こっちに近付いてきやがる!!」

「何だと!?」



傭兵団の団長は声を上げた男に振り返ると、すぐにリンも男が示す方向に視線を向ける。既に太陽は沈んでおり、暗闇に覆われる草原に無数の松明の火を確認した。


近付いているのは松明を手にした男達であり、全員が馬に乗って突進していた。それを見たリンは危険を感じ取り、ハルカの腕を掴んで馬車の下に避難させた。



「ハルカ!!ここに隠れてて!!」

「わあっ!?」

「くそっ、全員戦闘態勢に入れ!!」

「団長!!無理だ、数が多すぎる!?」

「泣き言を言ってんじゃねえよ!!ほら、来るぞ!!」



リンはハルカと共に馬車の下に避難すると、傭兵団の団長だけは武器を抜く。しかし、他の者は馬に乗って迫りくる盗賊の姿に怖気づき、中には逃げ出してしまう者もいた。



「む、無理だ!!あんなの勝てるはずがねえ!!」

「馬鹿野郎!?逃げるな、死にたいのか!?」

「うわぁあああっ!?」



一人が逃げ出すと他の団員もそれを見て逃げ出してしまう。団長は舌打ちし、どうにか逃げようとする者を引き留めようとしたが、既に盗賊は目の前まで迫っていた。



「殺せっ!!」

「一人も逃がすな!!」

「ヒヒンッ!!」



馬に乗った盗賊達は傭兵達に対して容赦なくひき殺す勢いで突っ込み、逃げようとした傭兵達も逃さない。相手の数は20人に対し、護衛として雇われた傭兵は10人しかいない。


数の上でも不利だが敵は馬に乗っているため、逃げようとしても簡単に追いつかれてしまう。最初に逃げ出した傭兵の元に槍を手にした盗賊が追いつき、容赦なく背中を突き刺す。



「くたばれ!!」

「ぎゃああっ!?」

「……馬鹿が!!」



背中を刺された傭兵は倒れ込み、それを見ていた団長は自分達が乗っていた馬車に隠れる。馬で突進してきた盗賊達も流石に馬車に体当たりするわけにはいかず、ここで数人の盗賊が馬から降りて団長を取り囲む。



「へへっ、中々良い物を身に着けてやがるじゃないか!!」

「こいつが隊長格みたいだな!!絶対に逃がすなよ!!」

「殺して装備を剥いでやる!!」

「ちっ……やれるもんならやってみやがれ!!」



団長だけは逃げずに盗賊と戦う意志を固め、それを馬車の下から見ていたリンは隣にいるハルカに話しかける。



「ハルカ……ここに隠れてて」

「リ、リン君?」

「ウルはハルカを守れ」

「クゥ〜ンッ……」

「大丈夫、すぐに終わらせるから」



ハルカの事はウルに任せてリンは反魔の盾を左腕に装着し、右手に魔力剣を握りしめる。彼が馬車の下から抜け出すと、それに気づいた盗賊の一人が襲い掛かった。

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