第45話 ハルカを頼みます

「リン殿が去られるとなるとハルカも悲しむでしょう。しかし、それならばせめてニノの街までハルカと一緒に過ごしてくれませぬか?」

「えっ!?」

「ハルカも最近は父親と顔を合わせていなくて寂しそうですから、この機会にニノの街にハルカを送り届けようと思っていたのです。リン殿も良かったらハルカの護衛として同行してくれませんか?」

「護衛、ですか?」

「魔物を倒せる程の実力を持つリン殿が一緒ならば心強いですからな」



カイはリンが次の街に旅立とうとしている事を知り、それならばハルカの護衛として彼女と共に次の街まで一緒に行動するように頼む。次の街に辿り着くまでの間はハルカもリンと一緒に過ごせる事ができるため、もうしばらくの間は彼女と一緒に居て欲しいと案に頼む。


イチノからニノの街までは馬車で向かったとしても2、3日はかかる距離らしく、リンとしても徒歩で移動するよりは有難い話だった。彼はカイが息子に当てた手紙を渡し、ハルカが父親と合わせるまでの護衛を引き受ける。



「分かりました、そういう事なら一緒に行かせてください」

「うむ、それならば明後日の朝に出発しますのでそれまでは自由にしてください。そうだ、この機会にハルカにイチノの街を案内してはどうですか?」

「え?」

「ここへ来てからリン殿はあまり外には出られていない様子……旅をするのであればこの街に戻ってくるのは何時になるか分かりません。それならば旅立つ前に街の中を観光するのも悪くはないかと……」

「なるほど、確かに言われてみればこの街の事はよく知らないかもしれません」



リンはカイの言葉を聞いて納得し、言われてみればイチノに来てからリンは屋敷に引きこもって碌に街中を出歩いていない事を思い出す。カイはこの機会にハルカと共に街の中を観光する事を勧める。



「ハルカには私の方から伝えておきましょう。リン殿は部屋で準備をしていてください」

「分かりました。じゃあ、お願いします」

「いえいえ……」



カイの部屋からリンは出て行くと、残されたカイは腕を組んで考え込み、彼は実を言えばハルカがリンに好意を抱いている事に気付いてた。



「ハルカがリン殿と恋仲になれば、リン殿も旅を出るのを辞めてここに残るかもしれない。そうなれば我が商会は優秀な薬師と娘の結婚相手を得られる……もしかしたら曾孫の顔も見られるかもしれん」



商会の主として、そして孫を大切に想う祖父としてカイはリンとハルカが恋仲になれば良いと考えていた。理想としてはリンがハルカと結婚し、この地に留まれば商会の跡継ぎと優秀な薬師が同時に手に入る。


一緒に暮らしていくうちにカイはリンが礼儀正しく、薬師としては一流の腕前を持ち、頭も悪くはなかった。自分の元で数年ほど商業を学べば彼は立派な商人になると確信し、そうなればカイの息子が引退した時はリンが商会の会長となる。それにハルカも好きな相手と結婚できるのだから幸せになれるだろう。


イチノで一番の商会の会長の孫娘という事もあってハルカに縁談を申し込む輩は多く、しかし孫娘を大切にするカイとしては政略結婚は避けたい。その点ではリンは素性は不明だが、この国では貴重な薬師でしかも魔物を倒せるだけの実力を持つ。薬師だけではなく、護衛としても頼りになる。



「ふふふ……ハルカには頑張って貰わんとな」



祖父としてはハルカの幸せを望む一方、商人としてリンのような優れた人材をこのまま手放すつもりはなく、彼はハルカを呼んでリンに街の案内を行うように伝えた――






――カイの提案でリンは急遽ハルカと共にイチノを観光する事になり、彼女は可愛らしいワンピースと帽子を被った状態でリンの手を握って街中を歩く。



「リン君、早く行こう!!あそこに美味しいお菓子屋さんがあるんだよ!!」

「ちょ、ちょっと待って……そんなに急がなくても」



リンはハルカに手を握られた状態で引っ張られ、女の子と手を繋いで歩く事など初めてなので緊張してしまう。ハルカの方はリンと手を繋いでも特に動じた様子はなく、むしろ彼と一緒に街の中に遊びに行ける事に嬉しそうだった。



「クゥ〜ンッ……」

「あれ?ウル君どうしたの?元気なさそうだけど……」

「ウルはお菓子よりもお肉が好きだから、美味しいお肉が食べたいんだよね?」

「ウォンッ!!」



二人の後ろにはウルも歩いており、街中の人間には怪しまれないように現在のウルは首輪を装着していた。ハクと違ってウルはまだ子供なので身体はそれほど大きくはなく、一見すれば普通の飼い犬にしか見えない。


ウルは久々に外に出れたので最初は嬉しそうだったが、お腹が空いたのか元気がなく、二人の間に割り込んで餌を求める様に擦り寄る



「クゥンッ」

「よしよし、お腹空いたんだね。ハルカ、この近くにお肉を売っている店はない?」

「えっとね……そうだ、確かこの近くに串焼き屋さんがあるよ」

「串焼き屋さん?」

「魔物の肉を串焼きにして販売している屋台があっちの方にあるはずだけど……」

「ウォンッ!?」



魔物の肉と聞いてウルは血相を変え、ハルカが指差した方向に駆け出す。それを見たリンは慌ててウルの後を追いかけようとした。



「まずい!!このままだとウルが串焼き屋さんの肉を食い尽くすかもしれない!!ハルカ、早く行こう!!」

「わわっ!?」



リンはハルカの手を掴んで駆け出し、いきなり引っ張られたハルカは驚きながらもリンがしっかりと自分の手を掴んでいる事を意識し、その事に少し嬉しく思う。



(リン君、意外と力が強い……女の子みたいに綺麗な顔だけど、やっぱり男の子なんだよね)



顔立ちが女の子のように整っているのでハルカは最初の頃はリンの事を男としては意識していなかった。しかし、一緒に過ごしていくうちにハルカはリンの事を異性として意識していく。


二人はウルの後を追いかけて行くと、前方の方で人込みができている事に気が付く。何事があったのかとリンは様子を伺うと、ウルが見知らぬ男達に取り囲まれていた。



「おい、絶対に逃がすなよ!!」

「まさかこんな所に白狼種のガキがいるとはな……」

「こいつの毛皮は高く売れるんだ!!絶対に逃がすなよ!!」

「グルルルッ……!!」



ウルは傭兵と思われる格好をした男達に取り囲まれ、それに気が付いたリンとハルカは慌ててウルを庇う。



「何をするんですか!!」

「や、止めて!!」

「ウォンッ!?」

「ああっ!?何だお前は!?」

「邪魔するんじゃねえよ!!そいつは俺達が見つけたんだぞ!!」



いきなり現れたリンとハルカに男達は怒鳴りつけるが、そんな彼等に対してリンは正面から向き合い、ハルカはウルを抱きかかえてリンの後ろに隠れた。その様子を見て男達は不審に思い、男の一人が話しかけてきた。



「おい、まさかお前等……その狼の飼い主か?」

「そうです。この子は僕が面倒を見ています」

「何だと!?」

「ちっ、折角高く売れると思ったのによ」

「おい、行くぞ!!」



ウルに飼い主が居る事を知ると男達は意外な事にあっさりと引き下がり、そのまま立ち去っていた。そんな男達の後ろ姿を見送り、リンは安心した様子でハルカに抱きかかえられたウルに振り返る。



「こら!!勝手に一人で行動したら駄目だと言ったでしょ!!」

「クゥ〜ンッ……」

「ま、まあまあ……リン君、ウルちゃんも反省してるみたいだから怒らないであげて」



主人に叱られたウルは落ち込んだ様子で地面に座り込み、それを見たハルカは彼の頭を優しく撫でる。リンはそんなウルを見て仕方がなく許してやる事に決めたが、先ほど去っていた男達の言葉が気になった。

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