第44話 おちこぼれなんかじゃない

「大丈夫、落ち着いて」

「リ、リン君!?」

「ほら、集中して」

「う、うん……」



いきなりリンに手を握られた事にハルカは戸惑うが、彼女はリンの言う通りに目を閉じて意識を集中させた。いつもならば彼に触れられるだけで胸が高鳴って落ち着いていられないのだが、不思議と今日はリンに触れられると落ち着く。


両手を重ねた状態でリンはハルカと共に目を閉じた。この時にリンは自分の魔力の流れではなく、ハルカの魔力の流れを感じ取れるのではないかと考えた。今までに他人の魔力の流れを感じ取る事など一度もなかったが、相手に触れた状態ならば魔力の流れを掴める気がした。



(……これがハルカの魔力か)



意識を集中させてリンはハルカの身体に流れる魔力を感じ取り、分かった事はハルカの魔力が最も集まっているのは彼女の胸元、正確には紋章が刻まれた箇所である事が判明する。


ハルカの体内で生み出されている魔力は全て紋章を経由している事が判明し、彼女が魔法を扱う時は紋章から魔力が送り込まれる事が分かった。この紋章のお陰でハルカは回復魔法が扱えるらしい。



(なるほど、紋章は魔力を効率よく循環させるために刻むのか……)



紋章とは分かりやすく例えるなら魔力を魔法に変換させるためのの役割を担い、この紋章のお陰でハルカは魔力を制御して回復魔法を発動させていた事が判明する。


しかし、この紋章は必ずしもハルカに良い影響を与えているわけではなく、彼女の場合は生まれた時から膨大な魔力を持ち合わせていた。そして紋章の力だけでは完璧に魔力を制御できておらず、だからこそ彼女は他の治癒魔術師と違って上手く魔法が使えない様子だった。



(凄い魔力だ……僕の何倍もある)



ハルカの魔力量はリンの数倍を誇り、これだけの魔力量を生まれ持った時点で才能と言える。しかし、膨大な魔力を持っているが故に他の人間と違ってハルカは魔力の制御が上手くできない。


リンと違ってハルカは生まれた時点で膨大な魔力を持ち合わせ、紋章を刻まれても上手く魔法が制御できない。魔力を完璧に制御できるようになれば彼女は今頃は治癒魔術師どころか治癒魔導士の位を与えられていてもおかしくはない。しかし、魔力量が少ないリンでさえも魔力を制御するにはかなりの時間が掛かった。



(ハルカの魔力は紋章だけじゃ制御できない。それなら僕が力を貸してやれば……)



手を握りしめた状態でリンは自分の魔力をハルカの体内に流し込み、まずは彼女の魔力の流れを正しくする事にした。リンは自分の魔力を完璧に制御できるため、ハルカに送り込んだ魔力を操作して魔力の流れの乱れを正す。



「んっ……な、何だか身体がぽかぽかしてきた」

「大丈夫、集中して」



ハルカはリンの魔力が身体に流し込まれると急に身体が暑くなり、頬を赤らめて目を開こうとした。しかし、それをリンは止めて回復魔法に集中させる。思っていた以上に他者の体内に送り込んだ魔力を操るのは難しく、高い集中力を発揮しなければできない芸当である。


胸元の紋章から溢れる魔力をリンは自分の魔力を利用して制御を行い、やがてハルカの両腕が光り輝く。魔力の乱れがなくなった途端、彼女の両手の中の種が急速的に育ち始めた。



「わっ!?な、何!?」

「……成功だ」



異変に気付いたハルカは目を開いて両手を確認すると、そこには花が握りしめられていた。彼女は種に芽を生やすだけのつもりだったが、地面に植える前に花を咲かせる事に成功した。こんな事はリンにも真似する事はできず、彼女は魔力だけで花を育て切った。



「これがハルカの本当の力だよ」

「う、嘘……だって、今までこんな事できなかったよ!?」

「それはハルカが自分の力を使いこなしていなかっただけだよ」



手元に咲いた花を見てハルカは信じられない表情を浮かべ、リンはハルカは決して落ちこぼれではなく、今まで上手くいかなかったのは彼女は魔力の使い方が謝っていたからだと伝える。



「僕の魔力でハルカの魔力の体内の流れを変えたんだ。これからは魔法を使う時は大丈夫だと思うよ」

「ええっ!?よ、よく分からないけど……リン君のお陰で私、魔法を上手くなったの?」

「上手くなったんじゃなくて本当はこれぐらいの事はハルカはできたんだよ。僕は少しだけ力を貸したに過ぎないよ」

「そんなはずないよ!!リン君のお陰だよ!!ありがとう!!」

「うぷぅっ!?」



魔法の腕が上達した事を実感したハルカは感極まってリンに抱きつき、大きな胸元で挟み込む。しかもいつもの彼女よりも凄い力で抱きしめてくるため、リンは振りほどく事ができない。



(し、しまった……魔力の流れを正したせいで前よりも力が強くなってる!?)



身体強化を発動してもリンでは今のハルカの力を振りほどく事ができず、感動した彼女は満足するまでリンを抱きしめる。



「リン君、大好き!!」

「むぐぅっ……」



勢い余ってハルカはリンに告白してしまうが、当のリンは彼女に抱きしめられ過ぎて意識が半ば飛んでしまい、その言葉を理解する事はできなかった――






――リンのお陰でハルカは以前よりも魔力を上手く制御できるようになり、彼女の回復魔法は格段に効果が増していた。その事を知ったカイは思い悩んでいた娘を救ってくれた事に深く感謝し、彼はリンを呼び出してお礼の品を渡す。



「リン殿、この度は孫がお世話になりました。そのお礼と言っては何ですが、これを受け取って下さい」

「え?これは?」

「退魔のローブと呼ばれる特別な素材で作ったローブでございます」



カイがリンに渡したのは黒色のローブであり、背中には六芒星の魔法陣の紋様が刻まれていた。この退魔のローブはカイの商会が取り扱っている商品の中でも魔術師から人気が高い代物であり、性能の説明を行う。



「この退魔のローブは名前の通りに魔を退ける力を宿しています」

「魔を退ける?」

「分かりやすく言えば魔法に対する耐性を持っています。これを身に付けていれば初級の攻撃魔法程度ならば防ぐ事もできるでしょう。それに見た目によらず頑丈で滅多な事では敗れず、暑さや寒さも防ぐ事ができる優れ物です」

「そ、そんな物を貰っていいんですか?」

「遠慮なさる事はありません。貴方のお陰で我が孫は救われたのですから……」



カイは退魔のローブをリンに渡すと、リンはこんな高級品を受け取っていいのかと悩んでしまう。しかし、ここで断るとカイにも失礼であり、それに長旅をするのならば装備は整えなければならない。



「ありがとうございます!!大切にします!!」

「喜んでくれて何よりです。それと……リン殿に頼みたい事があります」



退魔のローブを受け取ったリンにカイは手紙を差し出し、急に渡された手紙にリンは不思議に思うが、この手紙はカイが自分の息子に当てた手紙だと伝えた。



「これはニノの街で商売を行っている息子への手紙なのですが、良かったらリン殿から息子へ渡しに行ってもらえませんか?」

「えっ!?僕がですか?」

「……リン殿はそろそろ旅立つおつもりではないですか?」

「それは……」



カイから「ニノ」という名前の街に居る息子への手紙を渡してほしいと言われてリンは驚くが、既にカイはリンが旅立とうとしている事に気付いていた。ハルカの悩みを解決したのはリンなりにこれまでに世話になった恩返しであり、彼は近いうちに旅立つ事を決めていた。

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