第41話 リンの調合

『クゥ〜ンッ』

『わわっ……ウル、もう少し待ってよ。後でちゃんと遊んであげるから大人しくしてて』



部屋の中の様子を見ると、リンは回復薬の調合を行っていた。椅子に座っている彼にウルが擦り寄り、そんな彼を宥めてリンは調合を続ける。


都合がいい事に肖像画の位置はリンの正面に位置しており、彼がどのような手順で調合を行っているのかが見えた。カイは薬師ではないので調合する姿を見てもよく分からないが、一つだけ気になる事があった。



(あれは……植木鉢?)



何故かリンの机の上には植木鉢が置かれており、その傍には薬草が入った木箱も置かれていた。植木鉢の方はカイも見覚えがあり、孫娘のハルカが魔法の練習を行う時に利用する植木鉢である事に気付く。



(どうしてあんな物を部屋の中に?)



机の上に置かれた植木鉢は何も植えられておらず、観賞用の植物は部屋の中に既に置かれている。それなのにリンが調合の際中に机の上に植木鉢を置いている事にカイは疑問を抱いた。


リンは調合器具の確認を終えると、木箱に収まっている薬草を取り出す。薬草を手にしたリンは事前に用意していた植木鉢に薬草を植え込み、両手で薬草を支える。



『よし、始めるか』

「……?」



カイはリンの行動に疑問を抱き、どうして彼が植木鉢に薬草を植えたのか意味が分からなかった。これから薬草は回復薬にする過程で磨り潰すはずなのにわざわざ植木鉢に植える意味が分からなかったが、直後に彼の取った行動に驚かされる。



『はあっ!!』

「なっ!?」



リンが掛け声を上げると彼が両手で挟んだ薬草が白く光り輝き、葉の艶めきが戻っていく。自然で生えた薬草と比べて人工栽培の薬草は葉の艶めきは劣るが、リンが触れて掛け声を上げた途端に野生の薬草のように艶めきが増す。


しばらくの間はリンが支えていたが、やがて彼が両手を離すと植木鉢の薬草は自然に生えた薬草と遜色ない瑞々しさになっていた。素人のカイでも見ただけで先ほどよりも薬草の品質が上がっている事に気付いた。



(いったい彼は何をした!?どうして薬草があんな風に……)



瑞々しさが増した薬草をリンは植木鉢から引っこ抜くと、木箱に収められている他の薬草も同じ手順で品質を上げていく。それを確認したカイは驚きを隠せず、どうしてリンの作り出す回復薬の質が上がったのかを理解した。



(そういう事だったのか……原理は分からんが、彼は植物を元気にさせる方法を身に付けているのか)



薬草はリンに触れるだけで瑞々しく成長し、品質が向上していた。だから最近のリンが作り出す回復薬の効果が上がり、薬草の質が上がれば当然だが作り出される回復薬の効果も高まる。


薬師は特別な手順でリンが回復薬を作り出していると考えていたが、実際の所は彼の調合の手順は薬師たちがこれまで行った手順と変わりはない。但し、薬草に関しては調合前に品質を向上させるという手段を用いており、それがリンと薬師の作り出す回復薬の差が開く理由だった。



『ふうっ……ようやく終わった。ウル、もう遊べるよ』

『グゥウッ……』

『あれ、寝ちゃった』



作業が終わった頃にはウルは眠りこけており、そんな彼を見てリンは待たせすぎたかと苦笑いを浮かべる。一方でカイは肖像画の仕掛けを戻して隣室から出て行くと、薬師たちにどのように説明するべきか悩む。



(……正直に伝えても信じてくれるとは思えんな)



まさかリンが調合の前に薬草の品質を上昇させる方法を用いていたと伝えたとしても、薬師たちは素直に信じるとは思えない。カイはリンがどのような手段で薬草の品質を上げているのかは気になったが、自分が覗き見していた事を話すわけにもいかず、理由を問い質す事はできなかった。



(それにしてもリン殿の薬草を育てる方法……あれはハルカのやっている練習とよく似ている)



ハルカは魔法の練習の際に植物の種を育てているが、リンが薬草を元気にさせている姿はハルカの姿と被った。彼は魔法使いではないらしいが、まるでハルカのように回復魔法の応用で植物を育てているように見えた――






――数日前、リンは魔法の練習も兼ねて調合する前に薬草に魔力を送り込む方法を試す。最初の頃は種に芽を生やせるのが精いっぱいだったリンだが、調合の際に何度も薬草に魔力を送り込んでいくうちに


回復魔法は他者に自分の魔力を送り込み、肉体の再生機能を強化して怪我を治す。但し、がむしゃらに魔力を送り込んでも意味はない。重要なのは相手の肉体の怪我をした箇所に魔力を集中的に送り込むのが重要だった。


今までのリンは考え無しに魔力を送り込めばいいだけだと思い込んでいた。しかし、ハルカの回復魔法を受けた後、彼女が行っていた回復魔法の練習を重ねるうちに送り込む魔力を調しなければならない事に気付く。



(無暗に魔力を送り込むだけじゃ駄目だ。そんな事をしてもすぐに魔力は抜けていく)



怪我をした人間を魔法で回復させる場合、魔力を重点的に送り込むのは怪我をした箇所だけである。リンも怪我をした時は自力で回復する際は怪我の箇所に魔力を集め、再生の力で治していた事を思い出す。


回復魔法で効率的に怪我を治す場合、送り込む魔力は怪我をした箇所だけに集中しなければならない。怪我をしていない箇所に魔力を流し込んでも何の意味もなく、勝手に魔力は抜け出てしまう。だからこそ怪我した箇所に絞って魔力を送り込まなければならない。



(前よりも魔力が上手く調整できるようになってきた気がする……)



魔力操作の技術をリンは極めたつもりだったが、今回の修行によって彼はまだまだ自分が魔力を完璧に扱えていなかった事を自覚する。練習を繰り返す内にリンは魔力を効率的に送り込む術を身に付け、そのお陰で今では人工栽培の薬草を自然に生えている薬草と同レベルにまで品質を上げられるようになっていた。



「今なら……できるかもしれない」



リンは回復薬の調合を終えると、種を取り出して両手で握り締める。しばらくの間はリンは芽を閉じていたが、やがて彼は手元に違和感を感じて両手を開く。すると、種に芽が生えていた。



「やった!!」

「ウォンッ!?」



思わず大声を上げたリンにウルは驚いて目を覚まし、彼は遂にハルカと同じぐらいの速さで種に芽を生やせる事に成功した。植木鉢にリンは芽が生えた種を植えると、そこから両手を構えて魔力を送り込んでいく。


以前よりも魔力の調整が上手くできるようになったため、植木鉢に埋め込まれた種は成長し、最終的には白い花を咲かせる。遂にリンは花を咲かせる事に成功すると、彼は涙目を浮かべてウルに抱きつく。



「やった……成功したよ!!」

「ウォンッ?」


いきなり抱きついてきたリンにウルは不思議に思うが、感極まったリンはウルを抱き上げた。だが、喜んでばかりはいられず、リンは反省した。



(僕は魔力操作を極めてなんかいなかったんだ……この技術にはまだ先がある!!)



これまでリンは魔力操作を完璧に扱えると思い込んでいたが、それは大きな誤りである事が今回の修行で分かった。リンはもっと練習をしていけば今以上に魔力の調整を上手くできるようになると確信し、明日からの修行はより早くに植物を育てられるように頑張る事を誓う。

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