第40話 カイの疑問
――イチノで商売を行っているカイは最近とある少年の事が気になっていた。その少年は偶々街の外で魔物に襲われた自分達を救ってくれ、そのお礼としてカイはイチノに居る間は少年の面倒を見る事にした。
少年の名前はリン、彼は若いながらに優れた薬師でもあり、商会が雇っている薬師よりも上等な回復薬を製作する技術を持っていた。彼が調合した薬は市販の物よりも効果が高く、客からも好評だった。
回復薬はただの怪我を治すためだけの薬ではなく、飲めば疲労回復の効果もある。だから回復薬を求める一般人も多く、大抵の人間は購入した回復薬を水で薄めて飲む。余程大怪我をしない限りは回復薬を飲む事はなく、回復薬を調合する技術を持っているだけで食うに困らない生活を送れる程である。
しかし、カイの元にリンが訪れてから数日程経過すると、不思議な事に彼の作り出す回復薬に変化が起きていた。変化といっても別に薬を飲んで何らかの悪影響が起きるようになったのではなく、むしろ逆に回復薬の効果が高まっていた。
「ふむ……つまり、お前達にもこれだけの物は作り出せないという事か」
「は、はい……ここまで見事な回復薬、いったいどのような方法で造り出したのですか!?」
「どうか我々にもその技術をお教えください!!」
ある日にカイの元に商会が雇っている薬師が数人訪れ、彼等はリンが作り出した回復薬を見た途端に彼に会いたいと申し出た。なんでも薬師はリンが作り出した回復薬が自分達よりも効果が高い事を知り、是非とも制作過程を見させて欲しいという。
「儂は薬の事はよく分からないが、それほどまでにこの薬は凄いのか?」
「凄いなどという話ではありません!!我々が作った薬でも多少の怪我や疲労回復の効果はありますが、回復するのに時間は掛かります。しかし、この薬の場合は即効性ですぐに怪我が治るのです!!」
「これをよく見ていてください!!」
薬師の一人が何を思ったのか短剣を取り出し、自分の腕に刃を食い込ませる。当然だが腕に切り傷が生まれ、彼はリンが制作した回復薬を傷口に注ぐ。
「うぐっ……!?」
「これは……」
「見ての通りです、この回復薬ならばすぐに傷が塞がって元の状態へ戻ります」
傷口に回復薬を注いだ途端、怪我をした薬師の腕は瞬く間に治った。これが市販の回復薬を使用していた場合、治るまでに十数秒ほどの時間は掛かる。しかし、リンの製作した回復薬は数秒程度で怪我を完璧に直した。
「これほどの薬をただの子供が作れるなど到底信じられませんが、その少年がエルフの弟子ならば話は別です!!エルフは我々以上に薬学に精通しております!!
どうか我々にもその少年の調合技術を教えていただきたい!!」
「ふむ、そういう事か」
「その前に一つお聞きしたい事があります。本当にその彼には我々と同じ素材しか与えていないのですか?正直言いましてこれだけの薬を作るには上質な薬草が必要だと思いますが……」
「儂が彼に渡したのは街で栽培している薬草だけだ。それは間違いない」
薬師の中にはリンが作り出した回復薬が自分達に支給されている素材と同じ物で作られているのか疑う人間もいたが、カイはきっぱりと否定した。リンに渡している薬草は薬師に支給される物と同じであり、決して彼だけに上等な薬草を渡してはいない。
「しかし、これだけの回復薬を作り出すには人工栽培されている薬草では考えられないのです。自然に生えている薬草ならばともかく、栽培で作られた薬草でこれだけの回復薬を作れるなど……正直、信じられません」
「そうは言われても彼に渡している薬草は儂自身が用意した物、それに彼はこの数日の間は屋敷の外に出ておらん。外から薬草を調達する事もできん」
「では、本当にその少年は我々が知らない調合手順でこれだけの回復薬を作り出したと……?」
「残念ながら、それしか考えられないのう」
カイの言葉に薬師たちは落胆を隠せず、彼等はこれまで何十年も薬学を学んでいた。それなのにいきなり何処からか現れた少年が自分達よりも優れた調合技術を身に付けていると知って落ち込んでしまう。
しかし、薬師として少年の持つ調合技術には強い興味を抱き、ここは恥を忍んでどうにか彼から調合の方法を教えてもらいたいとカイに直訴した。
「会長!!どうか我々にその少年と合わせてください!!」
「少年がどのように調合するのか見せてください!!そうすれば我々も同じ物を作れると思うのです!!」
「どうかお願いします!!」
「ふむ、お前達の気持ちはよく分かった。だが、まずは儂の方から彼に話をしておこう。決して先走った行動は控える様に」
薬師たちを放っておくと勝手にリンの元へ訪れようとするかもしれず、カイは彼等に厳重注意しながら自分から話を伝える事を約束した――
――薬師が直談判した事でカイはリンが作り出す回復薬が以前よりも効能が増している事を知り、薬師によればリンが元々所有していたマリアの回復薬とも効果は殆ど変わらない事が判明した。
マリアは何百年も生きているエルフであり、彼女は薬師としても超一流だった。そんな彼女と同じぐらいの回復薬を作れるという事はリンも彼女に勝るとも劣らぬ調合技術を身に付けている事になるが、カイはある疑問を抱く。
リンが屋敷で回復薬を作り始めた頃は彼の回復薬は今ほどの効能はなかった。せいぜいが市販の回復薬よりも少しだけ効果が高い程度であり、商会で働く薬師の作り出す回復薬と大差はない。しかし、ある時期を境に急にリンの回復薬の効能が高まった。
(まさか儂等に気付かれずに外に出向いて薬草を調達してきたか?しかし、それならば何故黙っているのか……そもそも彼は屋敷から出たという報告もない)
屋敷でリンの面倒を見るようになってから既に半月近くが経過しているが、彼は滅多に屋敷の外に出る事はない。いつも部屋の中で回復薬の調合を行うか、ハルカと共に魔法の修行に励んでいる。それ以外の時間帯は屋敷の中でハルカとウルと遊んでいたり、偶に使用人の仕事の手伝いを行ってくれる。
世話を見ていると言ってもリンは屋敷に居る間は誰にも迷惑を掛けず、素直で礼儀正しい子供なのでカイも好感を抱いていた。ハルカもリンの事が気になっているのか時間があればいつも彼と一緒にいるため、このまま彼を正式に薬師として雇えないかと考えていた。しかし、そんな時に薬師がカイの元に訪れて直談判してきたので彼は困り果てた。
(彼は何者だ?)
命の恩人とは言え、カイは改めてリンの正体が気になった。そこでカイはリンの部屋に辿り着くと、今頃は薬の調合を行っている時間のため、彼は隣の部屋へ向かう。
(ふむ、まさかこれが役立つ日がくるとは……)
実はリンに貸し与えた部屋には秘密が存在し、彼の部屋に飾られている肖像画の目元の部分に仕掛けが施されており、隣の部屋から中の様子が確認できた。この仕掛けはカイが屋敷を設計した時に作った物であり、あまり良い趣味とは言えないが客に部屋を貸す時は隣室から様子を伺う。
無論、カイも理由もなく部屋の中を覗く趣味はなく、あくまでも仕掛けを用意したのは怪しい客が来た時だけに限る。リンの事はカイも気に入り始めているが、薬師の一件で興味を抱いた彼は部屋の中で調合を行うリンの様子を観察する。
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