第38話 ハルカの秘密
(な、何だこの力強さ……!?)
ハルカに抱きしめられたリンは彼女から逃げられず、せいぜい胸元でもがく事しかできなかった。リンが顔を動かすとハルカはくすぐったそうに声を上げる。
「あんっ、もごもごしちゃ駄目ぇっ……」
「ぷはぁっ!?」
ようやく解放されたリンはハルカから離れ、照れよりも戸惑いの方が大きかった。少し前から思っていたがハルカは見た目に寄らずに力が強い。
「ハルカ……もしかして身体を鍛えたりしてるの?実は武芸とかも身に付けてたりとかしてる?」
「え?ううん、別にそんな事ないよ?」
リンの言葉にハルカは首を傾げ、彼女が嘘を吐いているようには見えない。しかし、それならばハルカは身体を鍛えずに素の身体能力だけでリンを抑え込んだ事になる。
森で魔物を相手に戦ってきたリンは魔力の技術を磨くだけではなく、自然に身体も鍛えられていた。障害物が多い森の中を走り回る事で脚力と体力を身に付け、障害物を避ける事で反射神経を磨く。今では魔法無しでもゴブリン程度の敵ならば武器さえあれば勝てるぐらいに成長していた。
しかし、ハルカの場合は特別に身体を鍛えたりせずにリンを上回る身体能力を身に付けているらしく、彼女に抱きしめられるときもリンは反応が間に合わなかった。今更ながらにリンはハルカの身体能力が普通ではない事に気が付き、本当に彼女が人間なのか疑問を抱く。
(もしかして両親のどっちかが巨人族とかドワーフなのかな……)
人間以外の種族の血が流れているとすればハルカの怪力の説明がつくため、リンは彼女の父親か母親が人間ではない種族なのかと思う。ハルカの見た目は人間その物なので片方の親は人間である事は確定し、獣耳や尻尾が生えてない事から獣人族ではないのは確定していた。
「…………」
「リ、リン君?どうしたの?」
念のためにリンはハルカの後ろに回り込み、尻尾が生えていないのかを確かめる。その際にハルカのお尻を見つめてしまう形になり、彼女は慌てふためく。
(どう見ても人間だ……でも、それならあの怪力は何なんだろう。いや、待てよ……もしかして身体強化?)
リンはハルカの怪力の秘密が身体強化が原因ではないのかと考え、彼も身体強化を発動させれば身体能力を限界まで強化して驚異的な腕力や脚力を発揮する。そしてハルカの怪力も身体強化を発動した力ならば納得ができた。
だが、ここで疑問なのは身体強化は発動させると肉体に大きな負荷が掛かり、リンの場合は効果が切れると酷い筋肉痛に襲われる。しかし、ハルカの場合は身体強化を発動したのならば後で襲い掛かるはずの負荷が見られない。
「ハルカ、今は身体が痛かったりしない?」
「え?平気だよ?」
「そう……」
「リン君……さっきから少し変だよ?」
ハルカはじっと自分を見て観察する彼に眉をしかめ、それを見たリンは自分がハルカに失礼な事をしているのかと思って謝罪する。
「ごめん、ハルカの事が気になって……」
「えっ!?そ、それってどういう意味?」
「意味?言葉通りだけど……」
「そ、そうなんだ……えへへ、何か照れちゃうな」
リンの言葉にハルカは頬を赤らめて照れくさそうな表情を浮かべる。何だか妙な誤解をされたと思ったリンだったが、どうしてもハルカの事が気になったのは事実だった。
(ハルカの怪力、明らかに普通じゃない……でも、ハルカ自身は気付いていない気がする)
彼女本人は自分が力が強い事に気が付いていない様子であり、実際にハルカは普段から怪力というわけではない。普通に接している間はただの女の子にしか見えず、感情が高まった時だけ怪力を発揮しているように見えた。
常日頃からハルカが怪力を発揮していたら普通の生活ができるはずがなく、食事するだけでも食器を割ってしまう。しかし、彼女の場合はリンの様に必要に応じて力を使い分けている気がする。
(もしかしてハルカは無意識に身体強化を発動している?でも、そんな事があり得るのかな?)
仮にハルカが感情が高まった時に身体強化を無意識に発動させていた場合、これまでの彼女の行動も納得がいく。普段の彼女は普通の女の子だが、感情が高まると凄い力を発揮する。だからリンは試しにハルカの感情を高める事にした。
「ハルカ、手を握ってくれる?」
「えっ!?そ、そんないきなり!?」
「駄目かな……?」
「う、ううっ……その顔は卑怯だよ〜」
リンは上目遣いで頼むと何故かハルカは頬を赤らめ、実はリンは気付いていないが彼は整った顔立ちをしていた。子供の頃からリンは端正な顔立ちをしており、一見すると女の子にも見えなくはない。
同世代の男子と接する機会は少なく、しかもリンの事が気になっているハルカは彼の頼みを断れずにお互いの手を掴む。リンは緊張した様子でハルカに頼む。
「ハルカ、思いっきり手を握りしめてくれる?」
「え?こ、こう?」
「もう少し強く……」
言われた通りにハルカはリンの手を握りしめると、リンは掌越しに彼女の力を感じ取る。今の所は普通の女の子の握力だが、そこからさらにリンは力を込める様に頼む。
「もっと強く」
「うん……このくらい?」
「もっと、思いっきり握って!!」
「え〜いっ!!」
ハルカは頼まれた通りに全力で握りしめようとすると、彼女が大声を上げた途端に急に掌を握りしめる力が強まった。それに危険を感じたリンは反射的に身体強化を発動させ、自分の右手の筋力を強化した。
(な、なんて握力……身体強化が間に合わなかったら大変な事になっていた)
咄嗟にリンは身体強化を発動させた事でどうにか耐えたが、もしも普通の人間だったら指の骨が折れていてもおかしくない程の握力をハルカは発揮した。
「う〜んっ……もう放していい?」
「あ、ありがとう……助かったよ」
二人は掌を離すとリンは自分の右手に視線を向け、くっきりと彼の手には握りしめられた跡が残っており、もしも身体強化を発動していなかったら大変な事になっていただろう。
身体強化の反動でリンは右腕を痛めてしまい、一方でハルカは平気な様子だった。彼女が身体強化を無意識に発動しているのは間違いないのだが、それなのにリンと違って身体強化の反動の影響がみられない。
「ハルカ……その、手は痛くない?」
「え?ううん、少し疲れたけど大丈夫だよ」
「疲れた、か」
ハルカは痛みを感じている様子はないがほんの少しだけ疲れたらしく、その言葉を聞いてリンは仮説を立てる。
――ハルカは無意識に身体強化を発動させ、時折に信じられない怪力を発揮する。通常ならば身体強化を解除したら筋肉痛を引き起こすはずだが、彼女は瞬時に魔力を消費して回復していたのだ。
リンも同じく身体強化を発動させた後は魔力で肉体の再生機能を強化させ、痛んだ身体を治している。しかし、ハルカの場合はリンの比ではない程に回復速度を誇り、一瞬で筋肉痛を治している。
カイによればハルカは生まれた時から膨大な魔力を有しており、その魔力を無意識に使用している。彼女が怪力を発揮させても瞬時に回復しているので本人は自分が普通の人間ではあり得ない事をしている事に自覚がない。
先ほどリンの掌を握りしめた際にハルカが疲れたのは体力を消耗したからではなく、身体強化を発動させて一瞬で回復した事が原因だった。魔力を消費した事でハルカは疲労感を覚えたが、その事に本人は全く気づいていない。
(天才だ……)
リンは自分と違い、ハルカが生まれた時から魔術師として高い資質を持ち合わせている事を知って愕然とした。
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