第34話 紋様の種類

「ほらほら、よく見て。これが治癒魔術師の紋章だよ」

「いや、でも……」

「あれ?どうかしたの?」



ハルカは胸元を開いた状態でリンに近付き、彼女の大きな胸を間近で見せつけられてリンは戸惑う。ハルカは胸を見られても平気なのか特に動じず、そんな彼女を見てリンは不思議に思う。



(は、恥ずかしくないのかな?でも、紋章を見るいい機会かもしれない)



リンはハルカの胸元に視線を向けると、最初はどこにあるのか分からなかった。しかし、よくよく観察してみると胸の谷間に紋様らしき物が浮かんでいた。



(これは……十字架?)



十字架を想像させる紋様がハルカの胸元に刻まれており、ちゃんと確認するためにリンは無意識に顔を近づける。すると先ほどまで平気そうな顔をしていたハルカが頬を赤らめる。



「リ、リン君……?」

「これが魔法使いの紋様……いや、か。師匠のとは形が違うんだ」

「あ、あううっ……」



ハルカの胸元をリンは間近で凝視すると、彼女もだんだんと恥ずかしくなってきたのか顔をどんどんと紅潮させていく。その様子にリンは気付かず、紋章の確認を行う。


以前にリンはマリアが刻んだ紋章も見せて貰った事があり、彼女の場合は掌に刻まれていた。マリアから聞いた話だと紋章の位置は人それぞれ違うらしく、ハルカの場合は胸元に刻まれたらしい。



(師匠の紋章は渦巻みたいな形をしてたけど、ハルカのは十字架……種族が違うから紋章の形も違うのかな?それとも、別の理由が……)



マリアとハルカの紋章の違いにリンは気にかかり、もう少し近くで確認しようとハルカの胸元に顔を寄せる。



「んんぅっ……リン君、顔が近いよ」

「ごめん、もう少し見せてくれない」

「ふええっ……!?」

「これこれ、いくら命の恩人といえど……孫の胸をあまり見るのは止めていただきたい」

「えっ……わっ!?ご、ごめん!!」



見かねたハルカの祖父がリンに注意すると、自分がしていた行為がどれほど失礼な事なのか自覚したリンは慌ててハルカから離れた。ハルカは胸元を隠すと、頬を紅潮させたままリンから少し離れる。



「ううっ……男の子にこんなに胸を見られたの初めてだよ」

「ご、ごめんなさい!!紋章を見れる機会なんて滅多にないから……」

「クゥ〜ンッ」



ハルカは自分から見せてくれたとはいえ、やはり間近で見られると恥ずかしいらしく、彼女は照れを誤魔化すようにウルの身体を撫で始める。リンはそんな彼女を見て緊張する。



(この子、改めてみると凄く可愛いな……いや、何を考えてるんだ)



リンの脳裏に先ほどまで見ていたハルカの胸を思い出し、頬を赤らめてしまう。車内に気まずい雰囲気が流れるが、それに耐えられなくなったのかハルカが口を開く。



「ねえ、リン君も治癒魔術師なんだよね?それならどうして紋章が見たいの?」

「え?」

「だって、治癒魔術師なら皆が同じ紋章を刻むよね。それならリン君も私と同じ紋章を刻んでいるはずだよ。もしかして自分じゃ見えない箇所に紋章が刻まれたの?」



紋章を珍しがって見ていたリンにハルカは疑問を抱き、彼女はリンの事を治癒魔術師だと思い込んでいた。そしてリンの方は彼女の発言から紋章は魔術師の種類ごとに異なるのだと知った。


彼女の口ぶりだと治癒魔術師は共通の紋章を身体に刻むらしく、十字架の紋章は治癒魔術師が刻む紋章だと確定した。マリアの場合は渦巻の紋章だったが、彼女は風の魔法を扱っていた事を思い出し、恐らくだが十字架の紋章は回復魔法を習得するために必須な紋章なのだろう。



(治癒魔術師は紋章を刻む事で回復魔法を覚えるのか……あれ?でも回復魔法なら僕も使えるよな?効果はかなり差があるけど……)



十字架の紋章を刻めば回復魔法を覚えられると仮定した場合、ここでリンはある疑問を抱く。それは紋章が刻まれていない彼も回復魔法のように他者の怪我を癒せる事であり、どうしてリンは自分が紋章無しで他人を癒す事ができるのか不思議に思う。



(ハルカは僕の事を治癒魔術師だと思い込んでるけど、彼女の目から見ても僕の再生は回復魔法に見えたんだ。それにさっきハルカが回復魔法を掛けた時、あの感じは再生と同じだった……と言う事は回復魔法も僕の再生も原理は一緒なのか?)



リンが再生と呼称する魔力を利用した治癒は肉体の再生機能(自然治癒力)を強化させて怪我を治す能力だった。この能力は自分以外の生物にも有効的であり、特に生命力が高い生物ほど効果を発揮する。


過去にハクが怪我をした時にリンは治した事があったが、ある時にマリアが料理中に指を切った事があった。彼女の怪我を治そうとリンは再生を施したが、傷が塞がるのに大分時間がかかった。



『あ、あれ?おかしいな、これぐらいの傷ならすぐに治せるはずなのに……』

『……なるほど、そういう事かい。もうという事か』

『師匠?』

『いや、何でもないよ』



結局は指の怪我は完全には治す事ができず、その時は回復薬でマリアは怪我を治した。この時に彼女は気になる言葉を口にしたが、この数か月後にマリアはなくなった。



(もしかして師匠に再生が上手く通じなかったのは……寿が迫っていたから?)



再生は生命力が強い存在であればあるほどに効果を発揮するが、逆に生命力が弱い場合は効果が弱まる。マリアの治療が上手くいかなかったのは彼女の生命が間もなく終わりを迎えようとしていたからであり、どうやらマリアはその事を悟っていたらしい。


今更ながらリンはマリアが自分が死ぬ事を予期していた事に気が付き、もっと早く気付いていれば彼女のために何かできたのではないかと考えてしまう。しかし、そんな事を考えた所で既に彼女は死んでしまった事に変わりはなく、気持ちを切り替えなければならない。



(師匠は死んだんだ。いつまでも引きずっていちゃ駄目だ……師匠のためにも立派な魔力使いになるんだ)



マリアが生きていた頃にリンは魔法使いになれなくとも、魔法使いにも劣らない存在になると誓った。だから彼はマリアとの約束を果たすため、まずは自分ができる事を探す。森の中に引きこもっていてもこれ以上に成長できないと判断したからこそ、リンは外の世界へ出た事を思い出す。



「……ハルカ、僕は治癒魔術師じゃないよ」

「えっ!?でも、さっきこの子の怪我を治してたよね?」

「確かに回復魔法みたいな事はできるけど、僕は治癒魔術師じゃない。それどころか魔法使いでもないよ」

「ええっ!?そんなはずないよ、だって回復魔法が扱えるのは治癒魔術師か治癒魔導士だけだよ!?」



リンの言葉にハルカは信じられない表情を浮かべ、彼女によれば回復魔法を扱えるのは治癒魔術師しかいないという。しかし、治癒魔術師ではないリンは回復魔法と似たような能力を持ち合わせている。



「嘘じゃない、僕の身体にはハルカみたいな紋章は刻まれていないよ」

「え〜!?」

「リン殿、その話は本当か?」



紋章を刻んでいないという言葉にハルカだけではなく、馬を操っていたカイも信じられない表情を浮かべてリンに振り返る。この世界では魔法使いは必ず身体の何処かに紋章を刻み、その紋章の力で魔法の力を駆使すると伝えられていた。だから紋章を刻んでいない人間が魔法を使えるなど到底信じられる話ではなかった。

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