第32話 イチノの商人と孫娘
「ウル、すぐに治すからじっとしてるんだぞ」
「クゥ〜ンッ……」
「えっ!?治すって……」
リンはウルに対して掌を押し当てると、それを見た少女は驚く。今は説明している暇も惜しいのでリンはウルに対して魔力を送り込む。
魔力が流れ込むとウルの怪我が治り始め、それを見ていた少女は驚く。彼女の回復魔法と比べたらリンの再生は回復速度は遅いが、時間を掛ければ必ず治る。
「これでよし、もう大丈夫だよ」
「ウォンッ!!」
「ほ、本当に治った……まさか、君も治癒魔術師だったの!?」
「えっ……治癒魔術師?」
ウルの怪我を治したリンを見て少女は驚きの声を上げ、一方でリンは少女の告げた「治癒魔術師」という言葉に不思議に思う。
「君、男の子……だよね?」
「そ、そうだけど……」
「あ、やっぱりそうだったんだ!!でも、男の子の治癒魔術師なんて初めて見たよ!!」
「え?」
少女の言い回しにリンは気になり、治癒魔術師というのが何なのか気になった彼は詳しく尋ねてみる事にした。
「治癒魔術師というのが良く分からないんだけど……」
「え!?知らないの?」
「ごめん、僕はずっと森で暮らしていたから外の世界の事をよく知らなくて……だから教えてくれる?」
「それはいいけど……でも、ここだと危ないから馬車に行かない?」
「馬車?」
先ほどボアに追い掛け回されていた馬車は何時の間にか停まっており、どうやら少女は馬車に乗っていたらしい。リンは彼女の提案に賛成し、ウルと共に馬車へ向かう――
――馬車には少女の他に年老いた老人が乗っており、少女によるとこの老人は彼女の祖父らしく、リンが目指していた街で商売をしている商人だという。
「先ほどは助けてくれてありがとうございました。貴方がいなければ儂も孫もどうなっていたか……」
「いえ、気にしないでください。それよりもどうしてこんな場所に?」
丁寧に頭を下げてお礼を告げる老人にリンはこのような場所にいる理由を尋ねると、老人は孫娘の肩に手を置いて説明する。
「実はこの馬車は昨日できあがったばかりなのですが、試運転も兼ねて孫に走らせていたのです。孫も15才になりますからな、将来の事を考えて馬車の運転もさせようと思っていたのですが……」
「ううっ……私が上手く運転できないせいでこんな所まで来ちゃった」
「あ、なるほど……」
老人は孫娘に馬車の操作を教えるために街の外に出たらしいが、少女は上手く馬車を操作できずに街から大分離れた場所まで馬達を走らせてしまったらしい。
街から離れ過ぎたせいで馬車は魔物が現れる地域にまで移動し、そしてボアに見つかって追い掛け回されていたらしい。そんなところにリンが現れて助けてくれた事に礼を告げる。
「本当にありがとうございました。貴方は我々の命の恩人だ……おっと、自己紹介がまだでしたな。儂の名前はカイと申します」
「ハルカです」
「カイさんにハルカさん……僕の名前はリンです。この子はウルと言います」
「ウォンッ(よろしく)」
お互いに自己紹介を終えると、ハルカという名前が判明した少女はウルに近寄り、興味深そうに覗き込む。
「わあっ、この子ただの狼さんじゃないよね?この白くて綺麗な毛並み、もしかして白狼種?」
「ウォンッ?」
「そうだけど……よく知ってるね」
「白狼種はこの地方にしか生息しないと言われる希少種ですからな。この地に住んでいる人間なら名前ぐらいは聞いた事があるでしょう」
白狼種の存在は割と有名らしく、一般人の間にも伝わっているらしい。しかし、その姿を実際に見た者は少ない。白狼種は人間が住むような場所には現れず、だからこそハルカは初めて見た白狼種のウルに興味津々だった。
「よしよし、可愛いね〜」
「クゥンッ」
「あははっ、撫でられて嬉しがってる」
ウルはハルカに頭を撫でられて嬉しそうな声を上げて彼女に擦り寄る。父親のハクはリンとマリア以外の人間には懐かないが、子供のウルは父親よりも人間への警戒心が薄く、初対面のハルカにも懐く。
ハルカがウルを可愛がっている間、カイは馬車の中に戻って積荷を確認していた。彼は荷物の中からある物を探し出し、それをリンに渡す。
「リンさん、どうかこれを受け取って下さい。我々を救ってくれたお礼です」
「えっ!?」
カイが運んできた木箱の中には金色と銀色に輝く装飾品が収められており、一目見るだけでどれもが高級品だと分かる。いきなりそんな物を見せつけられたリンは困るが、カイは申し訳なさそうに答える。
「実は今は持ち合わせがないので、その代わりに儂の商会が取り扱っている商品をお受け取り下さい。これだけあれば売れば相応の金額になると思うので……」
「い、いや……そこまで気にしないでください」
「いえ、遠慮なく受け取って下さい。これぐらいの物ならば街に戻ればいくらでもありますから」
「あ、それ……お祖父ちゃんが私の誕生日に用意してくれた物?」
木箱に詰まった装飾品を見てウルを可愛がっていたハルカは驚きの声を上げると、カイは彼女に振り返って謝罪する。
「ハルカ、悪いがこれはリンさんに渡したい。お前への誕生日プレゼントは街に戻って新しいのを用意するから許してくれるか?」
「う、うん……別に怒ってないよ」
「いや、本当に良いですから!!」
装飾品を渡す事にハルカは声がどもり、じっと木箱を見つめていた。承諾はしてくれたがあからさまに彼女は装飾品を惜しんでおり、そんなハルカを見てリンは受け取りづらかった。
「しかし、何のお礼もしないわけには……」
「本当に気にしないでください。人助けなんてあたりまえじゃないですか」
「い、いいよ。リン君こそ遠慮しないで?私のプレゼントだからって気にしなくていいから!!」
「クゥ〜ンッ……」
カイの代わりにハルカが木箱をリンに差し出し、彼女は中身の装飾品を見ないように目を閉じてあらぬ方向へ顔を向ける。どう見てもリンに装飾品を渡す事に我慢しているようにしか見えず、リンとしては受け取りづらい。
ここでお礼を受け取らなければカイもハルカも納得せず、だからといって木箱にたくさん詰まった高級そうな装飾品を全て受け取るなどリンとしても気後れする。悩んだ結果、リンはある提案をする。
「あ、そうだ!!二人はイチノから来たんですよね?それならイチノまで乗せてくれませんか?お礼ならそれだけで十分ですから」
「え?それは構いませんが……それだけで本当にいいのですか?」
「それならイチノで泊まれる場所を教えてくれませんか?実は僕、旅に出たばかりでイチノに言った事がないんです。だから泊まれる場所も紹介してくれると嬉しいんですけど……」
「成程、そういう事でしたか。それならば我が商会が経営している宿屋に案内しましょう。勿論、滞在中の宿泊代や食事代は全て無償です」
「ええっ!?そ、そこまでしなくても……」
「いえ、命の恩人から代金を受け取る事などできません。どうかお気になさらずに」
「ほっ……良かった。これ、実は気に入ってたのが入ってたんだよね」
リンはあくまでもイチノまでの同行と宿屋の紹介だけを頼んだが、カイは彼が泊まる宿の手配と滞在中の宿泊代と食費を支払う事を約束する。そのお陰でハルカは木箱を渡さずに済み、安心したように木箱を戻す。
ハルカが喜んでいる姿を見てリンは断る事ができず、ここで遠慮したらまたもや木箱を渡そうとしてくるかもしれない。仕方ないのでリンはイチノに居る間はカイたちの世話になる事にした――
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