第31話 魔法使いの女の子

「ウル!!そのまま抑えてろ!!」

「アガァッ……!!」

「フゴゴッ!?」



ウルはボアに噛みついたまま離れようとせず、必死にボアは身体を振ってウルを引き剥がそうとする。その間はボアは馬車を追いかける事はできずに立ち止まり、この隙にリンはボアの元へ向かう。


ボアとの距離は数十メートルは離れており、リンが駆けつけるまでウルはボアを足止めするために喰らいつく。しかし、業を煮やしたボアはその場で地面に転がり、尻に噛みついていたウルは一緒に転がって目を回す。



「キャインッ!?」

「ウル!?」

「フゴォオオッ!!」



地面に擦りつけられたウルは悲鳴を上げてボアから離れてしまい、怒り心頭のボアは巨体でウルを押し潰そうと乗りかかる。



「フゴォッ!!」

「ギャンッ!?」

「止めろっ!!」



ウルはボアにのしかかられ、それを見たリンは彼を救うために腰に手を伸ばす。だが、自分が今は下着姿である事を今更ながら思い出し、彼の手元には魔力剣も反魔の盾もない。



(しまった!?武器を置いてきた!?)



川辺に荷物を置いてきた事を忘れていたリンは武器も防具もない事を思い出し、もう取りに戻る時間はない。このまま放置すればウルはボアに押し潰されてしまい、先に彼を助ける必要があった。


ボアの元に向かって走りながらリンは身体強化を発動させ、限界まで身体能力を上昇させる。その状態から右腕を振りかざし、一瞬だけ魔鎧を発動してボアを殴りつけた。



「離れろっ!!」

「フガァッ!?」



ウルを押し潰そうとするボアの鼻頭にリンは魔鎧を纏った拳を叩きつけると、予想外の攻撃を受けたボアは怯んで後ろに下がる。そのお陰でウルは助かったが、押し潰された時に怪我をしたのか動かない。



「クゥ〜ンッ……」

「ウル、もう大丈夫だからな……後は任せて」

「フゴォオオッ!!」



地面に埋もれているウルにリンは安心させように笑いかけ、魔力を分け与えて治療を行おうとした。だが、殴りつけられたボアは怒りを浮かべてリンに突進を仕掛けた。



(くそっ!?こんな時に武器がないなんて……いや、泣き言を言っている暇なんかない!!)



突進してくるボアに対してリンはウルを守るために彼から離れ、まずはボアの注意をウルから自分に反らす。幸いにもボアは攻撃を仕掛けたリンの方を狙い、軌道を変えてリンの元へ向かう。



「フゴォオッ!!」

「そうだ、こっちに来い!!」



身体強化を発動させてリンは駆け出し、できるかぎりボアをウルから引き離す。そして彼はある程度の距離が離れると、両腕に魔力を集中させて重ねる。


両腕をくっつけた状態で魔力を纏い、更に魔力の形を変形させて大きな盾を作り出す。この時にリンは注意したのは両腕以外の箇所は身体強化を発動させた状態であり、大盾を形成したままボアの突進を正面から受け止めた。



「勝負だっ!!」

「フゴォオオッ!!」



大盾を構えたリンに目掛けてボアは突進し、衝撃に備えてリンは足元に力を込める。だが、ボアが両腕に形成した大盾に衝突した瞬間、彼の身体は派手に吹き飛ばされる。



「ぐああっ!?」

「っ――――!?」



リンは派手に吹き飛んで地面に転がり込み、彼を突き飛ばしたボアは何故か立ち止まってしまう。地面に倒れたリンに追撃を仕掛ける好機のはずだが、ボアは動こうとしない。


地面に叩きつけられたリンはあまりの衝撃に両腕の骨が完全に折れてしまい、身体強化の反動で全身が筋肉痛を引き起こして動けない。この状態でボアに襲われたら抵抗すら出来ずに殺されるだろうが、リンはボアが攻撃をしてこないと確信していた。



「はあっ、はあっ……僕の、勝ちだ」

「フゴォッ……!?」



地面に寝転んだ状態でリンはボアに視線を向け、不敵な笑みを浮かべた。立ち尽くしていたボアはやがて力が抜けたように倒れ込む。何故かボアは顔面が血塗れであり、間もなく事切れた。




――先ほどボアの突進を受け止めた際、リンは両手で構築した魔力の大盾に細工を施した。衝突の寸前、リンは大盾の表面に鋭利な刺を幾つも作り出す。それによってボアは刺付きの大盾に突っ込み、顔面に酷い傷を負った。


リンは魔力を実体化させてあらゆる物を生み出せる。そこで彼は最初はボアの油断を誘うため、敢えてただの大盾を作り出した。しかし、衝突の寸前にリンは大盾の表面に無数の刺を作り出し、ボアは自らの突進力で自滅に追い込む。


顔面に複数の刺が突き刺さった事でボアは絶命し、その代償としてリンはボアに吹き飛ばされてしまった。もしも身体強化を発動していなかったら彼の身体は耐え切れずに死んでいたかもしれない。



(早く、腕と筋肉痛を治さないと……それにウルの治療も)



地面に横たわった状態でリンは目を閉じて意識を集中させ、肉体の再生機能を強化して身体を治そうとした。だが、彼が自力で回復する前に何者かが訪れ、心配そうに声をかける。



「あ、あの……大丈夫?」

「えっ……?」



声を掛けられたリンは目を開くと、自分の前に女の子が立っている事に気が付いた。年齢はリンと同世代ぐらいだと思われ、かなり変わった格好をしていた。




――リンの前に現れたのは少女というよりもという表現が正しく、端正に整った顔立ち、宝石を思わせる綺麗な碧眼、腰元まで伸びた桃色の髪、何よりも目立つのが大きな胸元だった。


森でずっと暮らしていたリンはあまり女の子と関わる機会はなかったが、それでも彼の人生で出会ってきた女の子の中でも飛びぬけて整った容姿をしていた。



「き、君は……誰?」

「えっと……待っててね、すぐに治してあげるから」



リンの質問に応えずに少女は彼の身体に両手を翳すと、この時にリンは彼女の右手に嵌められている腕輪に気が付く。腕輪には白色の水晶玉のような物が取り付けられており、少女は目を閉じて意識を集中させながら呟く。



「ヒール」

「うわっ!?」



少女が呪文らしき言葉を告げた瞬間、彼女の掌から光が放たれてリンの身体を包み込む。すると彼の身体の筋肉痛の痛みが治まり、折れていたはずの両腕の骨の痛みも消えていく。



(これは……回復魔法!?)



リンは身体の痛みが完全に治まると少女の掌から放たれていた光が消え去り、戸惑いながらもリンは身体を起き上げると、完全に身体が治っている事に気が付く。



(凄い、完璧に傷が治ってる。僕のよりも早い……)



これまでに何度もリンは肉体の再生機能を利用して身体を回復させた事はあったが、筋肉痛程度ならばともかく、折れた骨を治す場合はリンの「再生」では時間が掛かる。しかし、少女の施した「回復魔法」はほんの数秒で彼の怪我を完璧に直した。


回復魔法を体験したのは初めての経験であり、まるでマリアの回復薬を飲んだ時と同じぐらいの回復速度でリンは治った。怪我を治してくれた少女にリンは礼を告げた。



「あ、ありがとう……助かったよ」

「う、ううん。気にしないで……さっき、助けてくれたお礼だよ」

「お礼?」



少女の言葉にリンは不思議に思うが、少女の方は先ほどからリンの事をちらちらと見ており、頬を赤らめながら告げる。



「えっと……その格好だと恥ずかしいから、服を着てくれないかな?」

「えっ……わああっ!?」



ここでリンは下着姿のままである事を思い出し、少女が先ほどから恥ずかしそうにしていた理由を知る。慌てて彼は川辺に置いてきた荷物を取りに戻ろうとしたが、その前に倒れているウルを思い出す。



「ちょ、ちょっと待って!!先に相棒を治すから!!」

「え?相棒?」



荷物を取りに行く前にリンはウルの元に駆けつけ、傷を負った彼を助けようとする。少女も彼の後に続き、リンが倒れている狼を抱き上げたのを見て驚く。

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