第26話 村の守り神

「ウォンッ!!」

「ウル?どうしたの……え?あれを切れって?」



ウルの視線の先には石像が存在し、以前にリンが村に訪れた時に魔物除けとして作り出された石像だと村人から聞いた事がある。石像は戦士を模した姿をしており、何でも魔物狩りで有名な英雄を模して作り出された石像だという。


今のように魔物が大量に出現する前の頃は魔物除けとして信じられていたが、実際には魔物は石像など見ても怖がらず、現実にこの村は滅ぼされている。しかし、村の守り神として作り出された石像を試し切りに使う事にはリンも躊躇した。



「流石にあれを切るのは……」

「いや、切ったらどうだ?遠慮するな、儂が許す」

「ええっ!?ドルトンさん!?」



ドルトンの言葉にリンは驚くが、彼は石像の前に立つと渋い表情を浮かべた。その様子を見てリンは不思議に思うと、ドルトンは驚愕の言葉を告げる。



「こいつを作ったのは儂だ」

「ええっ!?」

「まだ儂が20代の頃、この当時の村長に頼まれて作った。魔物除けになって村の名物にもなりそうな石像を作ってくれと頼まれたから作ったが、結局はこいつは村を守る事はできなかった……役目を果たせなかった以上、こいつは村の守り神でもなんでもない、ただの石像だ」



石像に対してドルトンは悔しがり、彼としては村が滅びた原因は自分にもあるのではないかと考えた。村長に頼まれて作ったとはいえ、彼は魔物除けになるはずの石像を生み出した。それなのに肝心の村は魔物に襲われて滅びた事に彼なりに責任を負う。


彼が作り出した石像はあくまでのただの石像であり、魔物を追い返す効果などはない。それでもドルトンは役目を果たせなかった石像を見ているだけで我慢ができず、リンが手を出さないのであれば自分が破壊するつもりだった。



「坊主が壊さんでも儂がこの石像を壊す事に変わりはない。それなら遠慮せずにお前が壊せ、そうすればこの石像も作った意味はあるだろう」

「ドルトンさん……いいんですか?」

「ああ、構わん」



ドルトンの許可を得たリンは石像の前に立ち、改めて戦士の像を見上げる。この国では英雄として祭り上げられている戦士の像だが、今は魔力剣の試し切りに有難く利用させてもらう。



「ふうっ……」



魔力剣を握りしめたリンは石像と向かい合い、身体強化を発動させずに突っ込む。そして石像に目掛けて魔力剣を振りかざす。



「やああっ!!」



石像に目掛けて魔力で構成された刃が衝突するが、石像に当たった瞬間に弾かれてしまう。



「あいてっ!?」



石像を切り裂く勢いで踏み込んだにも関わらず、魔力剣が弾かれた反動でリンは手首を痛めてしまう。石像が切れなかった事にリンは動揺するが、ドルトンは思い出したように告げた。



「そうそう、言い忘れていたがこいつは鉄よりも硬い岩を削りとって作り出している。生半可な武器では壊せないように作ってやった」

「ええっ!?それじゃあ、壊せないんですか!?」

「いや、お前の持っている魔力剣なら壊せるはず……今の攻撃はお前の力が足りなかっただけだ。その魔力剣は魔力を込めれば込める程に強度が増し、刃の形も自由に変化する事ができる。さあ、試してみろ!!」

「は、はい!!」

「ウォンッ!!」



ウルも応援する様にリンに鳴き声を上げると、リンは言われた通りに魔力剣を握りしめて再び石像と向かい合う。彼はドルトンの言われた通りに魔力剣にさらに魔力を注ぎ込むと、刀身が伸びた。


ドルトンの言う通りに魔力剣は所持者の魔力によって光刃の強度と形状を変化させる事ができるらしく、その点はリンが普段から扱う光剣と変わりはない。リンは意識を集中させ、魔力剣の強化を行う。



(長さはこれぐらいでいい。後は魔力を練り込んで強度を増せば……)



自分が普段から扱う光剣と同程度の刃の長さにまで伸ばすと、そこから魔力の密度を高めて光刃の強度を上げていく。その様子をドルトンは腕を組んで見守り、準備を終えたリンは岩に目掛けて魔力剣を振り下ろす。



「はああっ!!」

「うおっ!?」

「ウォンッ!?」



先ほどは石像に刃を弾かれてしまったが、魔力を練り込んだ事で強度が増した魔力剣は今度は石像に食い込み、そのまま胴体部分を切り裂く。先ほどとは桁違いの切れ味にリン自身が驚き、真っ二つに切り裂かれた石像は地面に崩れ落ちる。



「き、切れた……こんなに簡単に」

「ウォオンッ!!」

「……大したもんだな」



唖然と魔力剣を見つめるリンに対してウルは嬉しそうな鳴き声をあげて彼の周りを駆けまわり、その様子を見ていたドルトンは冷や汗を流す。魔力剣は彼が作り出した武器だが、想像以上の力を発揮させたリンに戦慄する。



(婆さん、お前のガキはとんでもない大物になるかもしれないぞ)



ドルトンは夜空を見上げ、マリアと最後に会った日の事を思い出す――






――マリアが死んだ日の半年前、彼女はドルトンの元に訪れていた。いつもはドルトンがマリアの元に訪れるのだが、今回は彼女の方から尋ねてきた事にドルトンは驚く。


何の用事があって自分の元に尋ねてきたのかと問うと、マリアはドルトンに武器と防具の制作を頼む。しかも装備するのはマリアではなく、彼女の弟子のリンだと聞いてドルトンは度肝を抜く。



「おい、婆さん!!あんたボケたのか!?俺にガキの武器と防具を作れってのか!?」

「そうだよ。それもただの武器と防具じゃない、魔力を用いた武器と防具を作って貰えるかい?」

「簡単に言うんじゃねえよ!?」



魔力を利用した武器と防具の製作などドルトンでさえも難しく、少なくとも1、2年は掛かる作業だった。製作も大変だが何よりも材料を集めるのに時間が掛かり、最初はドルトンは仕事を断ろうとした。



「あんたとは長い付き合いだが、流石に今回ばかりは無理だ!!俺が今まで作った事があるのは普通の武器だけだ、魔力を用いた武器や防具なんて作れねえよ!?」

「あんた以外にこんな事を頼める奴はいないんだよ。それに忘れたのかい?あんたはあたしにいくつ借りがあると思ってんだい!?」

「こ、この婆……!!」



マリアの言葉にドルトンは言い返せず、実を言えばドルトンは昔からマリアには色々と世話になっていた。だからこそ彼女の頼みを断りにくく、仕方なく引き受ける事にした。



「くそっ、儂の負けだ!!作ればいいんだろ!?」

「……悪いね、だけどこれが最後のあたしの願いだ。しっかり頼むよ」

「最後?」



ドルトンはマリアの最後の頼みという言葉に疑問を抱いたが、この時に既に彼女は病に侵されていた。だが、その事を悟らせずにマリアはドルトンに武器と防具の制作を依頼する。


具体的な武器と防具の要望を聞いた後、すぐにドルトンは材料集めに向かった。魔力を利用した武器と防具の製作は彼も初めてのために大分時間はかかってしまったが、どうにか半年ほど費やして集める事に成功した。



「あの婆さん、面倒な物を作らせやがって……しかも何だ、この手紙は?」



マリアが去ってから半年後に彼女が送り付けた手紙が届き、この時に既にマリアは死んでいるが、ドルトンはその事を知らない。マリアは生前に手紙を書いてドルトンの元に送り込み、その手紙には彼への感謝が書かれていた。



「あの婆さんがお礼の手紙なんて……仕方ねえ、さっさと作って持って行ってやるか」



手紙を受け取ったドルトンは武器と防具の製作に専念し、それから一年後に満足がいく物を作り上げた。そして彼はマリアが暮らす森へと向かい、彼女の死を知った――

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