第21話 外の世界へ

「はあっ、はあっ……出れた、遂に外へ」



外の世界へ赴く事は別に初めてではなく、森の中に暮らし始めた時も定期的にマリアと共に外へ出た事はある。彼女は一年に一度は森の近くにある村に出向き、日用品を買い取っていた。ちなみにお金に関しては森の中でしか採れない素材を売ったり、彼女が造り上げた回復薬を売ってお金を得ていた。


マリアは回復薬の他に自分が貯めていたお金もリンに託し、そのお金でリンは旅に出る事に決めた。彼は幼少期は外の世界で過ごしたが、森の中でマリアに拾われてからはずっと森で暮らしてきたため、現在の外の世界がどうなっているのかは知らない。


まずは外の世界の知識を得るため、そして見聞を広めるためにリンは旅に出る事にした。森を抜け出した彼は延々と広がる草原を見て冷や汗を流し、まずは地図を取り出して確認を行う。



「えっと、確かこの森は外の世界の人からは深淵の森と呼ばれているから……あった!!」



地図を取り出したリンは現在地を確認し、彼が暮らしていた森は「深淵の森」と呼ばれ、一番近くの村まで馬で移動しても一時間はかかる距離に存在する。朝早く出向いたとはいえ、歩いて旅をするとなると村まで辿り着くのは昼過ぎになりそうだった。



「結構遠いんだな……でも、仕方ないか」



体力には自信はあるが徒歩で旅を続ける事にリンは不安を感じ、できる事ならば馬などの乗り物も欲しいと考えたが、生憎とリンは馬に乗った事がない。



「ハクがいればすぐに辿り着けると思うんだけどな……いや、甘えてちゃ駄目だ。ハクはもう主なんだからこの森から離れられない」



森に居る時はハクに背中を乗せて貰って移動していたが、彼はもう深淵の森の主となったため、彼を連れて旅に出る事はできない。ハクの今の仕事は森の秩序を守る事、そしてマリアの家と墓を守り続ける事である。


地図をしまってリンは方角を確認し、村がある方向へ向けて旅立つ。旅に必要な道具は事前に用意して有り、彼は方位磁石を頼りに歩き続ける。しかし、最後にリンは森へ振り返って別れを告げた。



「さようなら、今までありがとう」



その言葉はマリアに向けての言葉ではなく、自分がここまで暮らしてきた森に対しての言葉だった。この森に暮らしていてたくさん危険な目にあったが、その代わりにリンはここまで成長できたのも森のお陰でもある。別れを告げるとリンは改めて村がある方角へ歩もうとしたが、この時に後ろから聞き覚えのある声を耳にした。



「ウォンッ!!」

「わっ!?」



狼の声を耳にして振り返ると、そこにはハクの子供のウルがいつの間にか立っていた。彼はリンの元に駆けつけ、嬉しそうに擦り寄る。



「クゥ〜ンッ♪」

「ウル!?どうしてここに……見送りにきてくれたの?」

「ウォンッ!!」



ウルはリンの言葉を聞いて首を振り、彼はリンの周りを歩き続ける。その行為にリンは不思議に思うと、森の方から狼の鳴き声が響く。




――ウォオオオンッ!!




その声は間違いなくハクの鳴き声であり、リンは森に視線を向けてハクが来てくれたのかと思ったが、何故か彼は姿を現わさない。



「ハク!?来てくれたのか!?」

「クゥンッ……」



リンはハクの姿を探したが何処を見渡しても見えず、どうやらハクはリンの前に現れる気はないらしい。先ほどの雄叫びはハクなりの別れの挨拶らしく、そして彼の子供のウルはリンの後に付いていく。


どうやらハクは子供のウルをリンに託したらしく、自分は一緒に旅に行けない代わりにウルにリンの事を任せたらしい。まだ子供とはいえ、その成長ぶりはハクをも上回るウルは一緒に旅をする仲間としては心強かった。



「そういう事か……ウル、お前がお父さんの代わりに僕を守ってくれるの?」

「ウォンッ!!」

「分かったよ……じゃあ、一緒に行こう!!」

「ウォオオンッ!!」



ウルはハクの言葉を聞いて嬉しそうに雄たけびを上げ、心強い仲間ができた事にリンは嬉しく思う。そして彼は森の中にいるはずのハクを思い出し、別れの言葉を告げた。



「ハク!!今までありがとう……また会おう!!絶対にここへ帰ってくるから!!」



返事はなかったがリンはハクとまた再会する約束をすると、ウルを連れて草原へ駆け出す。まだウルはリンを乗せれるほどに大きくはないが、彼の成長ぶりならそのうちにリンを乗せて旅ができると思われた。



「ウル、これからよろしくな!!」

「ウォンッ♪」



白狼種のウルと共にリンは森を出発すると、彼等が去った後にハクは森から出てきた。その隣にはハクと同じ白狼種の雌が存在し、二人の傍にはまだ小さい狼が数匹並んでいた。


ハクはウル以外にもたくさんの子供を育てており、だから彼は森から離れる事ができなかった。勿論、森の秩序とマリアの墓を守るという重要な仕事もあるが、本音を言えば彼もリンと共に旅に出たい気持ちはあった。しかし、彼の立場が許さなかった。



「クゥ〜ンッ……」

「ウォンッ」

「「「キャンキャンッ!!」」」



寂しがるハクに嫁と子供達が擦り寄り、家族と一緒にハクはリンを見送った――






――同時刻、マリアの墓の前に全身を緑色のマントで覆い隠した人物が立っていた。その人物はマリアの名前が刻まれた墓を前にして立ち尽くし、彼女の死を悟るとぽつりと呟く。



「間に合わなかったか……」



その人物の正体は身長が120センチ程度の老人であり、彼の手には包みが握りしめられていた。この老人はドワーフと呼ばれる種族の男性であり、マリアとは数十年前からの付き合いがある。



「まさかお前が俺より先に死ぬとはな……あとは100年は生きられるといったじゃないか、婆さんよ」



エルフは他の種族と比べて長寿であるため、病に侵されなければマリアはもっと長く生きているはずだった。ドワーフの老人は彼女が死んだ事に嘆き、同時に自分が持って来た物を見て困り果てる。



「こいつはどうすればいいんだ?」



ドワーフの老人はマリアが死ぬ前に仕事を頼まれ、彼女ののために武器と防具を作るように制作されていた。依頼の料金は前払いで受け取っているため、後はマリアに武器と防具を渡せばいいだけだったが、その肝心の彼女は既に亡くなっていた。


マリアに頼まれた物を持って来たというのに彼女がいなければ渡す事もできず、そうなると必然的に彼女の息子に渡さなければならない。しかし、その息子の姿は見えない事に彼は困り果てる。



「たくっ……困った親子やつらだ」



老人はマリアとの約束を果たすために彼の息子を探しに出る事に決め、彼は旅に出たリンを追いかける事にした――

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