第6話 師匠の魔法
「ウォンッ!!」
「はあっ、はあっ……良かった、元気になったんだね」
傷口が塞がるとハクは元気を取り戻したのか尻尾を振ってリンに擦り寄る。しかし、いつもの彼ならばハクの頭を撫でてやる所だが、魔力を使いすぎた反動で全身に錘を括り付けられたかのように身体が重い。
(つ、疲れた……自分の怪我を治す時と違って、他の生き物の怪我を治すとこうなるのか)
自分自身の怪我を治すのと他者の怪我を治す場合は魔力の消費量が異なり、ハクの怪我を治しただけでリンは頭痛と疲労に襲われる。まともに立っている事もできず、怪我が治ったばかりのハクにもたれかかる。
「ううっ……気持ち悪い、もう少し休もう」
「クゥンッ……ウォンッ!?」
「えっ!?ど、どうしたの?」
疲れた様子のリンを見てハクは心配そうな表情を浮かべるが、何かに気が付いたかのように振り返る。ハクの反応を見てリンは彼の視線の先に顔を向けると、そこには最悪の光景が広がっていた。
――リンが殺した一角兎の血の臭いを嗅いでやってきたのか、森の奥から灰色の毛皮の狼が現れた。狼はハクと同じぐらいの大きさを誇り、口元から涎を垂らした状態で現れる。
突如として現れた灰色の毛皮の狼にリンは顔色を青く染め、隣に立つハクも警戒するように牙を剥き出しにして身構えた。
「グルルルッ……!!」
「えっと……ハ、ハクの友達……とかじゃないよね」
「ウォンウォンッ!!」
ハクはリンの言葉を否定するように鳴き声を上げ、灰色の毛皮の狼と対峙する。だが、先ほどの怪我の影響が残っているのか足取りがおぼつかない。
「ウォンッ……!?」
「ガアアッ!!」
「危ないっ!?」
一瞬だけふらついたハクを見逃さずに狼は牙を振りかざし、真っ先にハクの頭部に目掛けて噛みつこうとしてきた。それを見たリンは咄嗟にハクの身体を掴んで後ろに引き寄せる。
リンが助けた事でハクは頭を噛み付かれずに済んだが、その代わりにリンと共にハクは地面に倒れ込む。それを見た狼は涎を垂らしながら二人を交互に見つめ、一角兎の血を浴びて血塗れになっているリンの方に顔を向ける。
「スンスンッ……ガアアッ!!」
「うわぁっ!?」
今度は自分に狙いを定めた狼にリンは悲鳴を上げ、彼は先ほど一角兎を仕留めた短剣を取り出す。咄嗟にリンは短剣に魔力を送り込み、一角兎を倒した時のように魔力の刃を作り出そうとした。
(これなら……えっ!?)
しかし、短剣に魔力を送り込もうとした瞬間にリンは動けなくなり、右手に宿った白炎が勝手に消えてしまう。ここでリンは先ほどの治療で魔力を使い果たした事を知り、その場に倒れて動けなくなってしまう。
(そんな!?こんな時に魔力切れなんて……)
最悪な状況で魔力が切れてしまい、狼は倒れたリンの首元に目掛けて牙を繰り出す。それを見ていたハクは止めようとしたが、地面に転んだせいで上手く動けずに間に合わない。
「ガアアッ!!」
「うわぁああっ!?」
「ウォンッ!?」
狼の牙がリンの首元に届く寸前、ハクは鳴き声を上げた。その次の瞬間、森の中に突風が発生してリンに噛みつこうとしていた狼だけを吹き飛ばす。
急に発生した突風によって狼は吹き飛ばされ、近くに生えていた樹木に衝突した。狼は何が起きたのか理解できず、涎を吐き散らしながら地面に倒れた。
「ギャインッ!?」
「えっ……い、今のって」
「ウォンッ!!」
突風が狼を吹き飛ばした光景を見てリンは驚き、ハクは嬉しそうな表情を浮かべて振り返る。突風が発生した方角にリン達は顔を向けると、そこには息を荒くしながら額に汗を滲ませたマリアの姿があった。
「はあっ、はあっ……よ、ようやく見つけたよ」
「し、師匠!!」
「ウォオオンッ!!」
狼を吹き飛ばした突風の正体はマリアが放った魔法である事が判明し、彼女は疲れた様子でリンとハクの元に歩む。ここまで来る道中に大分無理をしたのか、汗を流しながら彼女は杖を突きながら移動を行う。
「あんたらの帰りが遅いから心配して探してきてやったら、まさかこんな場所で襲われているなんてね……ハク!!あんたがいながら何て様だい!!ガキ一人ちゃんと守れないのかい!?それでも誇り高き白狼種かい!!」
「ク、クゥ〜ンッ……」
「し、師匠……僕が悪いんです。ハクは僕を守ろうとして……」
「言い訳は後にしな!!それよりもこの馬鹿を先に始末するよ!!」
「グルルルッ……!!」
自分のせいで怒られるハクを見てリンは庇おうとしたが、マリアは既に立ち上がって威嚇する狼と向かい合う。狼はいきなり現れたマリアに警戒しながらも興奮した様子で睨みつける。
「ふんっ、何だいその目は……あんた、まさかあたしに勝てると思ってるのかい?」
「ガアアッ!!」
「師匠!?危ない!!」
人間の言葉が理解できるとは思えないが、マリアの挑発に対して狼は怒りの表情を浮かべて飛び掛かる。それを見たリンはマリアに注意するが、彼女は自分に目掛けて飛び込んできた狼に対して杖を振り払う。
「くたばりなっ!!」
「アガァッ!?」
「うわっ!?」
「ウォンッ!?」
マリアが杖を振り払う動作を行った瞬間、杖先に緑色の光が灯る。その状態から杖が振り払われた瞬間、三日月状の風の刃が放たれて狼の首元を一瞬で切断した。
まるで鋭利な刃物に切り裂かれたかのように狼は頭と胴体が切り離され、断末魔の悲鳴を上げる暇もなく絶命した。狼の頭部は苦悶の表情を浮かべた状態で転がり込み、それを見下ろしながらマリアは鼻を鳴らす。
「ふんっ……まさかこんな場所にファングがいるなんてね」
「ファング?」
「あんたも家にある図鑑で見た事はあるだろう?こいつはファングという名前の魔獣さ」
「魔獣……」
一角兎と同様にリン達を襲った狼は「魔獣」と呼ばれる生物であり、魔獣とは獣型の魔物の通称でもある。魔物とは動物とは事なる進化を遂げた異形の生物であり、その力は普通の動物の比ではない。
ちなみにハクも普通の狼ではなく「白狼種」という魔獣であり、彼は子供の頃にマリアが偶然にも群れからはぐれた彼を見つけて育ててきた。そのお陰でハクは魔獣ではあるが人間に敵対心を抱く事はなく、今ではハクとリンの事を家族のように思っている優しい魔獣である。
「それにしてもこの森にファングが現れるなんて……いったい何がどうなってるんだい」
「え?」
「この森にファングなんて住み着いてなんかいなかったんだよ。ここにいる狼型の魔獣といえば群れからはぐれた白狼種のガキぐらいしかいなかったんだけどね……」
「クゥ〜ンッ……」
自分の事を指摘されたハクは首を傾げ、この森にはファングは愚か、一角兎などの魔獣さえも見かけた事がないらしい。しかし、現実にリンとハクは一角兎とファングに襲われており、マリアは嫌な予感がした。
「さっさと家に戻るよ。早く帰らないと夜になるからね」
「は、はい……でも、どうして師匠がここに?」
「あんたらの帰りが遅いから迎えに来てやったんだよ……ていうか、どうしたんだいその格好!?血塗れじゃないか!?」
「あ、いや……これは返り血だから大丈夫です」
「いやいや、大丈夫なわけあるかい!!返り血ってなんだい!?」
一角兎の血で頭から血を被ったリンを見てマリアは今更ながらに驚き、すぐにリンとハクを連れて家へと引き返した――
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