第5話 魔力を武器に
(そんな!?刃が……)
折れた短剣を見てリンは目を見開き、唯一の武器を失った彼は後退る。一方で何度も邪魔をされた一角兎は完全にリンを狙いに定め、ハクの頭に飛び乗って足場に利用する。
「ギュイイッ!!」
「ギャインッ!?」
「ハク!?」
ハクの頭を蹴飛ばして跳躍した一角兎は高く飛び込み、リンの頭上に目掛けて落下してきた。それに対してリンは反射的に短剣を構えようとするが、既に短剣の刃はおられていた。
武器として使い物にならない短剣を構えてしまったリンは後悔し、このままでは一角兎の攻撃を受け切れずに頭に角が突き刺さってしまう。しかし、逃げるにしても時間がなく、既に一角兎は迫っていた。
(やばいっ、死ぬっ――!?)
自分の死を覚悟した瞬間、リンは無意識に短剣を手にした右手に魔力を集中させた。彼の右手に白炎が包み込み、手にしていた短剣を包み込む。この時に折れた短剣の部分に魔力が流れ込み、それを見たリンは咄嗟にある事を考える。
(刃があればっ!!)
短剣に刃が残っていれば一角兎の攻撃を耐えられると考えた瞬間、短剣に纏っていた白炎が形を変化させ、炎のように揺らめていた魔力が刃のような形に変化した。
「うおおおおっ!!」
「ギュイッ!?」
折れたはずの短剣に魔力で構成された刃が出現し、頭上から落下してきた一角兎の角を受け止めた。先ほどは鉄の刃を弾いただけでへし折った角だったが、リンが作り出した魔力の刃は壊せずに逆に一角兎の方が体勢を崩して地面に叩きつけられる。
「ギュアッ!?」
「はあっ、はあっ……な、何だこれ!?」
自分の手元にある短剣を見てリンは戸惑い、折れたはずの刃の代わりに自分の魔力が新しい刃となった事に驚く。自分がやった事とは言え、魔力を刃の形に変えた事に動揺する。
これまでに魔力の形を変形させた事は一度もなく、いつもは炎のように揺らめている魔力が現在は刃の形に変化していた。しかも一角兎の角を受けても刃はびくともせず、これならば武器として十分に使えた。
(よく分からないけど……これなら武器として使える!!)
魔力の刃を纏った短剣を手にしたリンは一角兎に向き合うと、先ほど思わぬ反撃を受けて体勢を崩していた一角兎は慌てた様子でリンと距離を取る。彼の命を狙う事を諦めていないのか逃げる様子はなく、今度は助走を加えて突進する様子だった。
「ギュイイッ!!」
「……かかってこい!!」
先ほどまでは怯えていたリンだったが、武器を手にした事で勇気が湧いてきた。自分に目掛けて駆け出してきた一角兎に対して短剣を構えると、相手が突っ込んできた瞬間に短剣を振り払う。
「ギュイイッ!!」
「ここだっ!!」
何度も一角兎の突進を見ていた事で攻撃の
自ら短剣に突っ込む形となった一角兎だが、先ほどのように今度は額の角と刃は接触せず、胴体の部分に短剣の刃が食い込む。自らの突進力が仇と成り、魔力の刃は一角兎の肉体を切り裂く。
「ギュアアアッ!?」
「うわぁっ!?」
自分の頭上で血飛沫を舞い上げた一角兎にリンは驚愕の声を上げ、やがて腹を切り裂かれた一角兎は地面に倒れ込む。頭から血を浴びたリンは顔色を青くしながらも倒れた一角兎を見下ろし、震えながら自分の短剣に視線を向けた。
「た、倒した……僕が、あの化物を……?」
一角兎を倒した事にリンは呆然と立ち尽くし、まさか勝てるとは夢にも思わなかった。そして彼は自分の持っている短剣に視線を向け、魔力で構成された刃を確認した。
「血が付いてない……」
一角兎の肉体を切り裂いた時に魔力の刃は大量の血を浴びたはずだが一滴も滲んでおらず、白色に輝く刃だけが存在した。どうして血がこびりついていないのかは分からないが、とりあえずは魔力を元に戻す。
(……そういえば自分の身体以外にも魔力を纏ったの初めてだ)
無我夢中で戦っていたので忘れていたが、リンはこれまでに自分の魔力を別の物に纏わせた事は初めてだと気が付く。どうやら魔力は直に触れた物体に送り込む事ができるらしく、しかも上手く利用すれば武器にも利用できる事が先の戦いで証明された。
折れた短剣の刃の代わりにリンは魔力を刃の形に変形させて戦い、これまでは魔力は怪我の治療にしか利用して来なかったリンだったが、まさか戦闘にも利用できるなど夢にも思わなかった。
「これで魔法使いに近付けたのかな……って、そんな事よりもハクは!?」
「クゥ〜ンッ……」
自分のために一角兎から庇って怪我を負ったハクの事を思い出し、慌てて彼に振り返るとハクは苦痛の表情を浮かべながら寝そべっていた。それを見たリンは慌てて彼の元に駆けつけ、傷口の確認を行う。
「ハク!!大丈夫!?」
「ウォンッ……」
リンの言葉にハクは力なく返事を行い、どう見ても無事な様子ではない。急いでリンはハクの怪我を確認して治療を行おうとした。
(確か鞄の中に薬草の塗り薬が……)
マリアはリンが出かける時は必ず薬を渡しており、彼は鞄から小坪を取り出すと薬草を利用して作り出された傷薬を取り出す。この傷薬は切り傷などに塗り込むと回復効果を高め、軽い怪我ならば瞬く間に治す。
ハクが一角兎に貫かれた傷口を確認し、傷薬を傷口に塗り込もうとした。だが、傷口に触れた途端にハクは悲鳴を上げて暴れる。
「キャインッ!?」
「ハク、落ち着いて!!薬を塗るだけだから……うわっ!?」
傷口に触れられたハクはあまりの痛みにリンを振り払い、彼は突き飛ばされてしまう。痛みを覚えながらもリンはハクを助けるために言い聞かせる。
「ハ、ハク……怪我を治すためには薬を塗らないと駄目なんだよ。このままだと死んじゃうかもしれないんだぞ!?」
「グルルルッ……!!」
痛みのあまりにハクは冷静さを失い、唸り声を上げてリンを睨みつける。そんな彼にリンは怖気づくが、このまま怪我を治さなければハクは失血死してしまう。
(何とか傷口を塞いで治さないと……待てよ、魔力だったらもしかしたら)
傷薬を塗られる事を嫌がるハクを見てリンは右手を見つめ、少し前に怪我をした時に魔力で自分の怪我を治した事を思い出す。軽い怪我ならば傷口に魔力を覆い込めば治る事はリン自身も把握しており、そして先ほどの短剣の事を思い出す。
短剣に魔力を纏わせた時の要領でリンは掌に白炎を纏い、その状態でハクの元に近付く。また薬を塗るのかとハクは警戒するが、そんな彼にリンは安心させるように微笑む。
「大丈夫、今度は痛くないから……」
「クゥ〜ンッ……」
リンの言葉を聞いてハクは少しは冷静になったのか、暴れるのを止めて大人しくなった。そんな彼を見てリンは安堵し、改めて右手を近づける。
「少しだけ我慢するんだぞ」
「ウォンッ……」
右手を傷口に押し当てながらリンは魔力を集中させると、掌に纏った白炎がハクの怪我の傷口を包み込む。しばらくの間は何も起きなかったが、やがて血を噴き出していた傷口が徐々に塞ぎ始めた。
白炎を纏った状態の右手を押し当て続けた結果、傷口は完全に塞がった。それを確認したリンはもう一つの傷口にも同じように白炎を押し当てようとしたが、ここで彼は頭痛に襲われる。
(うっ……これ、かなりきついな)
自分の身体を治療した時よりもリンは魔力を消耗している事に気が付き、それでもハクのために彼は傷口に白炎を押し当てて治療を行う。やがて傷口が塞がるとハクは立ち上がる事ができた。
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