魔法使いじゃなくて魔力使いです

カタナヅキ

第1話 森の魔女と狼

――森の奥には魔女が住むという噂を聞き付け、一人の少年が森へと訪れた。まだ年齢は5、6才程であり、怯えた表情を浮かべながら森の中を突き進む。彼の他に人の姿はなく、だんだんと日も暗くなってきた。



「ううっ……怖いよ」



暗くなり始めた森の中を歩き続けるのは大人でも恐怖を感じるが、それが子供ならば尚更怖く感じてしまう。それでも彼は歩くのは止めず、噂で聞いた魔女の家を探す。



「魔女さん、どこにいるんだろう……早く会いたいな」



彼の目的は森に暮らすという魔女に会うためであり、そのために恐怖を押し殺して森の中を歩き続けていた。歩いていれば必ず魔女が暮らす家に辿り着けると信じて前に進む。


幼い故に子供は噂を聞いただけで本当に魔女が森の奥に住んでいると信じ切ってしまい、彼は魔女の家を探し続ける。やがて太陽が沈んで森の中が暗闇に染まり、何度も木にぶつかったり、足元にある石に躓いた。



「あいたっ!?」



転んだ際に子供は怪我をしてしまい、身体中に擦り傷を負う。それでも涙を堪えて子供は歩き続けた。森の奥に暮らしているという魔女と会うまで彼は諦めるつもりはない。



「魔女さん……何処?」



やがて歩き疲れたのか子供は身体をふらつかせ、遂には倒れてしまう。意識を失いかける寸前、子供の耳に狼の鳴き声が聞こえた。




――グルルルッ!!




茂みの中から全身が白色の毛皮に覆われた狼が現れ、牙を剥き出しにした状態で倒れている子供の元へ向かう。子供はもう逃げる体力も残っておらず、近づいてくる狼を見て虚ろな瞳で見返す事しかできなかった。



「……ま、じょ……さ、ん」

「……クゥ〜ンッ」



弱っている子供の姿を見て狼は途端に警戒を解き、心配する様に顔を近づけて覗き込む。自分を見下ろす狼の姿を見て子供は意識を失った――






――次に彼が目を覚ますと、自分が柔らかいベッドの上で眠っている事に気が付く。驚いた子供は身体を起き上げると、自分が裸である事を知り、身体のあちこちに包帯を巻いている事に気が付く。



「あ、あれ?ここ何処?」

「ウォンッ!!」

「わあっ!?」



子供の耳元に狼の鳴き声が響き渡り、驚いて彼は振り返るとベッドの傍に自分が気絶する前に見かけた狼が居る事に気が付く。よくよく見るとまだ子供の狼であると知り、子供が目を覚ますと白毛の狼は擦り寄ってくる。



「うわっ……き、君が助けてくれたの?」

「ウォンッ!!」

「ありがとう、狼さん」



狼の首元には首輪が取り付けられており、それを見た子供は狼の名前が「ハク」だと知る。ハクは子供から離れると、下に繋がる階段の前に移動する。



「ウォンウォンッ!!」

「……付いて来いと言ってるのかな?」



ハクが階段を下りる途中で振り返り、子供に向けて鳴き声をあげる。それを見た子供は不思議に思いながらもベッドから起き上がり、ここで自分が裸だと思い出す。


裸のまま出歩く事に恥ずかしいと思った彼は服はないのかと見渡すと、机の上に彼が着ていた服が綺麗に洗った状態で置かれていた。急いで服を着こむと、子供はハクの後に続いて階段を下りる。



「ウォンッ!!」

「待って、何処へ連れて行くの?」



階段を下りるハクの後に続き、二階に辿り着いた子供は驚くべき光景を目にした。地下だと思われる部屋には巨大な釜が存在し、その中には緑色に光り輝く液体が入っていた。そして釜の前には人の姿があった。



「……何だい、ようやく目を覚ましたのかい」

「あ、あの……」

「待ちな、こっちは作業中なんだ。もう少し大人しく待っていな」



煮えたぎる釜の前に立っていたのは老婆であり、彼女は自分が抱えている壺の中に釜に入っている緑色の液体を注ぎ込む。壺がまんたんになるまで注ぎ込むと、近くに設置された机の上に壺を置く。


老婆はコップを取り出すと、壺に注いだ液体を今度はコップの中に注ぎ込む。それを手にした状態で子供の元に赴き、コップを彼に差し出す。



「これを飲みな」

「えっ……あ、あの」

「まずは飲むんだ。話はその後だよ」

「クゥンッ……」



子供は差し出されたコップを見て冷や汗を流し、どう見ても怪しい飲み物に子供ながらに警戒心を抱く。傍に居た狼はコップの放つ臭いを嫌がるように距離を取る。



「う、ううっ……」

「ほら、ぐずぐずしてないで早く飲みな。冷める前に飲むんだよ」

「は、はい……」



怯えながらも子供は老婆の言う通りにコップの中の液体を口に注ぎ込むと、思っていたよりも味は悪くなく、熱もそれほど感じなかった。勇気を振り絞って子供はコップの中身を全て飲み干すと、途端に彼の身体は軽くなった。



「あ、あれ?」

「どうだい?あたしが育てた薬草を煎じて作り出した回復薬だからね。もう痛みも疲れも感じないだろう?」

「す、凄い!!痛くないです!!」



先ほどまで感じていた怪我の痛みが吹き飛び、身体に巻き付かれた包帯を取ると傷跡が完璧に消えてなくなっていた。子供は魔女が渡した回復薬とやらを飲んだだけで怪我が完治し、それどころか疲労さえも消えていた。


老婆は子供の怪我が治ったのを確認すると笑みを浮かべ、彼女は子供を連れて机を挟む形で向かい合う。彼女はどうして子供が一人で森の中を彷徨っていたのかを問う。



「あんた、こんな森の中で何をしてたんだい?うちのハクがあんたを見つけていなかったら今頃は死んでたよ」

「あ、あの……おばあさんは魔女さんなんですか?」

「誰が魔女だい!!あたしは魔法使いだよ!!」

「ひいっ!?ご、ごめんなさい!!」



自分を魔女呼ばわりする子供に老婆は怒鳴りつけるが、そんな彼女に子供は怯えながらもここへ来た目的を話す。



「あ、あの……僕、この森の中に魔女さんが住んでるって聞いて……だから会いに行こうとしたんです」

「はあ?あんた、魔女に会ってどうするつもりだい?」

「その……魔女さんに魔法を教えてもらうためです」

「……なるほど、魔法使いに憧れてるんだね」



子供の話を聞いて老婆はため息を吐き出し、彼くらいの年齢の子供が魔法に憧れる事は別に珍しくはない。だが、いくら魔法に憧れていると言っても夜の森の中を彷徨いながら魔女を探していた事に疑問を抱く。



「あんた、魔女に会うためにそんなに怪我をして歩き回っていたのかい?」

「う、うん……」

「どうしてそんなになってまで魔女に会いたがったんだい。そんなに魔法を覚えたかったのかい?」

「だって……魔法を覚える事ができたらお父さんやお母さんに会えると思って」

「……どういう意味だい?」



老婆は子供の言葉を聞いて魔法を覚える事と両親に会う事に何の関係があるのかと不思議に思うが、子供は瞳を潤ませながら語り始める。



「だって……僕のお父さんとお母さん、もう死んじゃったから」

「……何だって?」

「ま、魔法使いになれば……魔法の力でお父さんとお母さんを生き返らせる事ができるかもしれないと思って……だ、だから魔女さんを探してるんです」

「クゥンッ……」



暗い森の中を一人で歩き続けて魔女を探していた理由、それは死んだ両親を魔法の力で生き返らせるためだと子供は語る。老婆は子供の言葉を聞いて衝撃を受け、まさかそんな事情で魔女を探しているなど夢にも思わなかった。


恐らくは子供の両親は何らかの理由で他界し、幼い故に両親の死を受け入れられない子供は魔女を探し出し、魔法の力で亡くなった両親を生き返らせようと決めた。だからどんなに怪我をしても、怖くなっても諦めずに魔女を探し続けたのだと知る。



「……あんた、知らないのかい?魔法使いでも人は生き返らせる事はできないんだよ」

「えっ……で、でも魔法使いは何でもできるって絵本に描いてた!!」

「それはおとぎ話だよ。どんなに優れた魔法使いでも……亡くなった人間は蘇らせる事なんてできやしないよ」

「そ、そんな……嘘だ、嘘だ、嘘だ!!」

「ウォンッ!!」



老婆の言葉に子供は泣きじゃくり、彼は本気で両親を生き返らせるためにここまで頑張ってきた。だが、現実は非情で老婆の言う通りに人を蘇らせる魔法など存在しない。


正確には蘇生魔法と呼ばれる魔法はあるが、この魔法は死亡してから間もない人間にしか効果はない。しかし、魔法使いは人を蘇らせる事ができるという話はこの蘇生魔法が誤った形で伝わってしまい、絵本などでは魔法使いが死んだ人間を生き返らせる話もある。


子供は絵本に描かれた魔法使いのように両親を生き返らせると信じていたが、本物の魔法使いである老婆はそんな都合の良い魔法など存在しない事を知っていた。だからどんなに辛くても彼に真実を伝える。



「ないんだよ、人を生き返らせる魔法なんて……」

「う、ううっ……うわぁああああんっ!!」

「クゥ〜ンッ……」



泣きじゃくる子供を老婆は抱き寄せ、ハクも彼を慰めるように身体を摺り寄せる。子供は泣き疲れて眠るまで老婆とハクは子供を抱きしめた――




※こっそり新作投稿しました!!

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