若鷹と止まり木

@6LD

0話:歴史、あるいは舞台設定

 兼ねてより肥大化する人類を支えるには狭くなりすぎると予想されていた太陽系第三惑星、こと地球。

人類は新天地である宇宙の本格的開拓に乗り出した。いくつもの技術のブレイクスルーも相まって、西暦2183年に宇宙開拓を目的とし国家の垣根を越えた複合企業団体『Universal Union for Space Exploration』、通称UUSE(ユーシー)を設立。

万を超える企業とそれをバックアップする各国の総力を結集して宇宙開拓は信じられないほどのスピードで進んでいった。


 西暦2230年には金星・火星・木星において地球圏とほぼ同じ環境で過ごせるほどに開拓が完了し、UUSEは「西暦改め地球暦2300年までに50の惑星を開拓する。これを遂行した暁にはUUSEの設立理念を達成したと判断し、UUSEを解散し各企業の全ての権利を国家へと返還する」という条文を第一条とした、『木星条約』が締結された。


 しかしここで悲劇が起きる。2255年、突如として中華連盟がアメリカ合衆国へと宣戦を布告したのだ。


 UUSEはあくまでも開拓を目的とした集団であったが、本来不要だったはずの戦力を持つ必要性が生じた。それまでの常識を覆す、『宇宙怪獣』及び怪物の存在である。

全長約3mから巨大なもので6kmにまでなる、宇宙を飛び星で繁殖する渡り鳥のような生態を持つ『宇宙怪獣』による開拓船の撃沈。

31番目の開拓目標である惑星『カリフォルニア』改め『スタンピード』に無数に犇く体長約3mの生物群『怪物』、それによる地表に降り立った無人探査機の破壊。

これらを排除しなければ開拓を続けていくことは困難とされ、如何なる場合でもこれらを国に向けることはしないという条文の元、急ピッチで軍備が整えられていくこととなった。


 その技術を秘密裏に持ち出したのは、歩兵用銃器及び戦闘車両を中心とした開発を行っていたUUSEの構成企業『九头蛇ヒドラ』。

文字通り九の大企業を束ねた複合企業である九头蛇の実質的な傀儡と化していた中華連盟は、緒戦でハワイを落としその勢いのままに世界を戦火へと巻き込もうとしていた。


 しかしここで、UUSEは突如としてこの戦争に介入を宣言。

 条文を破るような突然の宣言に(主に中華連盟から)非難の声が上がったが、UUSEは「九头蛇からの情報漏洩は管理しきれていなかったUUSEの責任でありUUSEが対処すべき問題であると同時に、アメリカ企業を保護しなければならない義務がある」と、あくまでも戦う先は九头蛇であるという態度を固辞。

九头蛇とUUSEという(事実上はともかく)国を介さない初めての戦争は14か月にも及んでいたが、対空兵器を開発したとはいえ航空戦力の情報をほとんど得られていなかった九头蛇側は次第に戦局が悪化し、最終的には九头蛇唯一の元日系企業である『富士』の裏切りによって決着。

中華連盟は解体され、約100年ぶりに日本という名が地図の上に復帰することとなった。


 話は逸れたが、図らずしも装備の有用性が確認されたために、UUSEは『スタンピード』における本格的な怪物駆除、そして宇宙戦艦を用いた対宇宙怪獣戦を開始。

それと同時期に地球では、実質的に九头蛇に支配されていた中華連盟程ではないにしろ、一部の国ではすでにUUSEがもたらす成果と利益なしには成り立たないほどに企業に依存した体質となっていることが問題となっていた。

2265年にはアフリカで、自国を企業に売り渡し、そして企業が周辺国を買うことで大規模な経済圏として実質的な統治を行う『東アフリカ経済圏(EAET)』が成立。それを皮切りに、次第に世界全土で企業が権力を増すこととなっていった。


 西暦2311年。予期せぬ戦闘もあったことから11年遅れとなったものの、UUSEは『木製条約』第一条の50の惑星の開拓を完了したと発表。

事前の取り決めの通り各国に企業の権利を完全に返還し、開拓の完了した惑星を各国に分配を行うことも宣言した。同時にこれを元年とする暦である「宙暦」を提案、これも主要各国全ての承諾を得たことで、西暦に加え宙暦を暦として使用することとなった。


 しかしこの時点で、旧EAETを母体としながら今や旧アフリカ圏の全てを手にした『エスコム』を始めとし、旧ロシアのSNPこと『スターリ・ノヴォゴポコレーニャ』、名前こそ変わっているものの旧九头蛇と体制の変化が少ない『八龙パーロン』といった国を傘下に収めた企業が実質的にそれを受け取るケースも多発した。

未だ世界の中心的立ち位置にあり数多くの企業を抱えたアメリカや戦後UUSEからの支援を受け大きく立ち直った日本など、国という形を形骸化せずに残したままの数少ない国は大きな混乱なく分配された惑星の開発に取り掛かったものの、そのどれもが一つの企業で納めているわけでは無い各企業主体経済圏では、惑星という名のパイの取り分を巡って内紛が多発することとなった。


 国という形を残しているものの利益を主目的とした企業群が統治を行っている状況下において価値の低い「国民」は、大量の一次・二次産業で低賃金ないし無給での過酷な労働を強いられた。

西暦2401年。それに反発した者の一部は、新年と酒杯に沸き深い酔いの中にあるEAET圏のとある軍需工場に停泊していた輸送船及び戦闘機を強奪。おりしも自動操縦システムの発展によって動かす事だけなら一冊のマニュアルと一人の人間がいるだけでも可能になっていたこの時代において致命的な出来事であり、数千人と大小合わせ数十隻にもわたる艦隊が宇宙へ飛び立つこととなった。

宇宙へ飛び立った彼らは小惑星を用いて工廠を建立。これが世界で初の宙族、「アルハリフ」である。彼らの一連の行動は教育の行き届いていない低所得層にできることではなく、EAETを妨害する意思のある勢力の手引きがあったとされているが、真相は100年経った今でも明らかとなっていない。

またこれを契機とし数年の間に複数の企業国家の中から似たような事件が相次いだ。彼らはいずれも宇宙に拠点を作り、一個の集団として旗揚げ。時は25世紀、「大宙族時代」の始まりであった。


 悪あるところに金あり。宙族の手で企業所属輸送船などが襲われることにより事態を重く見た企業側は、あらゆる行動に軍を動かすコストの高さよりも民間軍事会社(PMC)に委託することを選んだ。

旧式機ではあったものの戦闘機や輸送船を格安で譲られたPMCは複数のPMCで協力し「傭兵ギルド」を設立。各国近辺のPMCも自然とそのギルドへと加入し、UUSE以来の全国家、全星系をまたぐ一大組織が誕生することとなった。

金という確かな価値に惹かれ、多くの低所得層もまた「傭兵」を目指し、今日もまた宇宙へと上がる。





 西暦2521年、宙暦211年。中国宙域とロシア宙域の中間、「R-47013」星域。


 放棄された軍用宇宙ステーションから、物語は始まる……。

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