「聖女に比べてお前には癒しが足りない」と婚約破棄される将来が見えたので、医者になって彼を見返すことにしました。
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本物の聖女は悪夢を見ない
「ジュリア=ミゲット。お前との婚約を破棄し、俺は聖女マリーと結婚することにした。お前のようなお飾りではなく、俺の病気を癒してくれるマリーこそ、王妃に相応しいのだ!!」
――――――
――――
――
「――最悪な夢でしたわ」
私はベッドから上体をむくりと起こす。
全身は汗だくで、金色の髪がベッタリと肌についている。起きたばかりだというのに、頭はガンガンと鈍い痛みが走っていた。
これまで十五年の人生で、最も酷い朝の目覚めだった。
それでも私は、直前まで体験していたことが夢であったことに、心の底から安堵していた。
「まさかアンドレ様が、あそこまでキッパリと私を捨てるとは思わなかったですわ……」
あれはおそらく今から三年後の夢。
私たちが十八歳になり、晴れて婚約関係から婚姻へ確定したと披露するパーティでの出来事だった。
そこで婚約者であるアンドレ王子から、ジュリア=ミゲット侯爵令嬢、つまり私に対する突然の婚約破棄が行われた。
さらには教会の聖女とやらが横入をしてきて、私を『王子に病をもたらした不浄な存在だ』と言い捨てたのだ。
その瞬間から私の転落人生が始まり、侯爵家を追い出されてどこかのスラム街で無様にのたれ死んだ……と、そこで夢から覚めたわけなんだけれど。
「夢、と断じるには少し、生々しすぎましたわね」
普段ならさっさと忘れるか、話のネタにでもしていただろう。しかし、あの夢が必ずしも現実にならないかと言えば……自信を持って『はい』とは言えなかった。
「教会の聖女、そして流行り病……」
最近、どの国も原因不明の病が流行り始めている。そしてその病を、教会の聖女が収めたという噂話を聞いた。
つまり、その流行り病が婚約者であるアンドレ様も罹らないとは言い切れないのだ。
現状、その流行り病は完全には治癒できず、聖女の作る聖薬でしか延命できない。尚且つ聖薬が効果を得るには、病人と婚姻をする必要があるという。
それにあの傲慢で身勝手なアンドレ王子なら、あんな冷酷なセリフを言いかねない――
「だいたい、なにが『権力を笠に着たお飾り令嬢』ですか!! うぅ、悔しいですわ……私だってやりたくもない王妃教育を毎日頑張っているというのに」
なりより、王子と聖女にボロクソに叩かれたのが気に入らない。
――特に王子。幼馴染だからといって、こちらの都合も考えずによくもあんな一方的に言いたい放題をしてくれましたわね。挙句に大勢の前で婚約破棄までするとは、お前こそ身の程を知れ、と声を大にして言いたいですわ。
だがしかし、今まで王子に自身の努力を見せてこなかったのもまた事実。
周囲の淑女から『乙女の努力は殿方に隠すのが美徳だ』と言われて育ったため、あまり王子にアピールしていなかったのである。
「……認めませんわ。あんな未来は絶対にお断り致します」
あんな酷すぎる仕打ちを受けるのであれば、話は別だ。
美徳だけじゃ生きていられないのだったら、やれることは全部やってみせる。
この日から私は、生き延びるための手段を身に付けることにした。
◇
「なぁ、ジュリア。最近、ずっと何の本を読んでいるんだ?」
あの夢を見た日から半年が経ち、私は王城にある図書館で分厚い本を読んでいた。
机に積まれた本の向こう側では、暇そうに頬杖をついてこちらを覗くアンドレ王子の姿が見える。
「……医学書ですわ」
「医学書!? 何でお前がそんなことを勉強しているんだよ。王妃教育とは関係ないじゃないか」
王子は信じられないといった様子で、目を大きく
口は悪いが綺麗な顔立ちで、さすがは王族の血筋といったところだ。小さな椅子を二つ使って、大きな身体を預けている。
――あの夢の時のアンドレ王子に、彼は日々近付きつつあった。
私はといえば、王妃教育の合間を縫って、ここで本を読むことが習慣となっていた。
理由は、流行している病気について知るため。病気の治療法だけじゃなく、人体の身体の構造や薬学など、ありとあらゆる知識を溜めこんでいた。
とにかく、私には時間が全然足りていなかった。本当は王妃教育も抜け出してここへ来たかったんだけど……。
「あん? なんだよ、俺のことジッと見て……」
「……別に。なんでもありませんわ」
――目の前の暇そうな王子が羨ましい。
今日もこうして本を読むでもなく、ただ私のことをぼうっと眺めている。読書の邪魔をするぐらいなら、中庭で飾りの剣でも振っていて欲しいのですけれど。
「そんな難しい本よりも、今流行りの冒険譚を読もうぜ? 異世界の英雄が聖女や騎士の仲間たちと共に、悪者の魔王を倒すんだ。俺もいつか冒険に出て、英雄みたいに悪者をバッサバッサと斬ってみたいぜ」
「私は結構ですわ。それよりも、アンドレ様。このところ、体調にお変わりはないですか?」
「なんだよ、つれねぇな……体調? あー、元気過ぎて困ってるぐらいだけど?」
アンドレ王子は急に席から立ち上がると、両腕に力を籠めて健康をアピールし始めた。
この様子だと、この時点ではまだ発症の兆候は無さそうだ。というよりも、ちょっとお調子者過ぎて彼の頭の方が心配になってくる。
むしろこんな性格だから、聖女に良いように言い包められてしまったんじゃなかろうか。病気の治療法を探すよりも、王子の矯正をした方が手っ取り早かったかしら……?
「なんだか最近のジュリアって、俺に構ってくれなくなったよな……」
「ならアンドレ様も、私と一緒に勉強を致しますか? ほら、医学もやってみると案外楽しいですよ?」
「あ? なんで俺が――ひいっ!?」
私は読んでいた本をひっくり返して王子に見せる。彼はそこに描かれていた、人体のリアルな解剖図を見て、可愛い悲鳴を上げた。
「き、今日は気分が悪い! 俺は部屋に戻って昼寝をしてくるからな!!」
顔を真っ青にした王子は、そのまま図書室から逃げるように立ち去ってしまった。
「ふぅ……これでは先が思いやられますわね」
よくあの口で、悪者を斬り捨てたいなどと言えたものだ。
私は溜め息を吐くと、読み終わった医学書を机に置いた。
図書館にある未読の本は、まだ半分ほど残っている。
王城の医師は私の飲み込みの速さに驚いてはいたけれど、まだまだ知識も経験も足りない。
それでも私は、諦めるつもりは無い。
足りないのなら、もっともっと学べばいいのだから。
「ふふ。聖女なんかに、私の可愛い婚約者を奪わせなんかしませんわよ?」
そう言って私は、次の本に手を伸ばした。
◇
「王から苦情があった。婚約者であるジュリアが、アンドレ殿下のことをないがしろにしているようだ、とな」
ミゲット侯爵家の執務室に呼び出された私は、当主であるお父様に厳しい目を向けられていた。
「なんでも、王子に女の裸が描かれた絵を見せて驚かせたとか……私としても娘にこんな事を言いたくはないが、王妃としての自覚が足りてないと苦言を呈する輩もいる」
「お言葉ですが、お父様。私がアンドレ殿下に見せたのは医学書の挿絵で、裸ではなく解剖図です」
「……王妃候補がそんな絵を見ていたという事実の方が、尚更問題になりそうなのだが」
お父様は愛用の椅子にギィともたれ掛かり、はぁと深い溜め息を吐いた。
そして執務机に置いてあったブランデーの入ったグラスを手に取り、グイっと呷る。
――そういえば最近のお父様って、お腹が出始めてきたのよね。お酒に肉中心の食事……あらやだ、大丈夫かしら。
「私としては、何事にも消極的だったお前が勉強熱心になったことを喜んでいたんだ。しかし、それは王妃教育をキチンと受けていることが前提だった。……最近のお前はどうしてしまったんだ?」
私が関係のないことを考えていたのがバレたのか、お父様は少し語気を強めてそう言った。
いけない、ちゃんとお話を聞かないと……。
私は姿勢を正すと、お父様に向かって頭を下げた。
「申し訳ございませんでした、お父様」
「謝罪などいらん。それより何が起きたんだ? どうして医学なんて勉強をしている」
「それは……」
私は口を
あの夢を見たこと、その日から生き延びるために知識を身に付け始めたことを話したところで、お父様が信じてくれるはずもない。
「貴方、そんなに責めないであげて。せっかくこの子が、自分のやりたいことを見つけたのですから」
「し、しかしだな……」
言いよどんでいた私に助け舟を出したのは、それまで壁際で静かに見守っていたお母様だった。
お父様はこの件に口を挟んで欲しくなかったらしく、苦々しい顔でお母様を睨む。だけどお母様は気にした様子もなく、お父様のグラスを強引に奪った。
「あ、おい!?」
奪い返そうと慌てて手を伸ばす。
だけどお母様はそれを華麗に躱すと、グラスに残っていたお酒を全部飲んでしまわれた。
「……ふぅ。ジュリアの思うがまま、やりたいようにやればいいわ」
「おい、そうやって余計なことを――」
「貴方は黙っていて。いいですか、ジュリア。その代わり、誰にも文句を言わせないくらいに王妃教育も頑張りなさい」
お母様はブランデーのボトルからお代わりを注ぎながら、私の目を真っ直ぐに見つめる。
「なにも学びは本だけでは無いのよ? 時間が足りないのならば、効率化を図りなさい。人手が足りないのなら、空いている手を借りなさい。そうやって上手く他人を操るのも、立派な勉強のひとつなんだから。――そして人生で起きることの殆どは、学びのチャンスよ。成し遂げたいことがあるのなら、そのチャンスを絶対に逃さないで」
喋っている間に、グラスにはブランデーがなみなみと注がれた。そしてそのブランデーを、お母様は一気に呷った。
「誰が何と言おうと、私は貴方を応援するわ。もちろん、お父様も……ね、貴方?」
「え、いや……わ、分かった。分かったから腹をつねるな!!」
「お母様……お父様も、ありがとうございます」
私は二人に向かって深々と頭を下げた。
たしかにお母様の言う通りだ。
これまで私は『夢が現実にならないように』という事ばかり考えていて、誰かを頼ろうとはしなかった。
勉強も必要なことだったけれど、本来は私一人でどうにかできる問題ではなかったはずなのに。
「頼れる人……そうね、まずは彼から当たってみましょうか」
翌日、私は王城のとある人物の元へと向かった。
◇
最近、婚約者であるジュリアの様子がおかしい。
幼い頃から俺と一緒に王族や貴族の勉強を抜け出して遊んでいたのに、ある日突然、中身が入れ替わってしまったかのように真面目な性格になってしまった。
俺が城を抜け出して城下町に遊びに行こうと誘っても『危ないから』の一点張りだし、最近噂になっている教会の聖女を観に行こうと言うと急に震え出す。
もしやタチの悪い流行り病にでもなってしまったのかと思ったら、今度は『王城の医者を紹介してほしい』と言い出した。
これは本格的に頭の病気かと思ったのだが……。
「医者に弟子入りをしたい? お前、本当に大丈夫か……?」
もう一度言うが、ジュリアは俺の婚約者。将来の王妃となる人物だ。
そんな女性が医者に弟子入りをしたいだなんて、本当にどうかしている。
「どうしてですの? 他の貴族令嬢だって、どなたかの師事を受ける場合だってございますでしょう?」
「いや、誰かに弟子入りするのが悪いってわけじゃないけど……」
貴族令嬢ならば、刺繍や音楽といった習い事をするのが通例だ。医者に弟子入りをしたいと言い出した令嬢なんて、俺は初めて聞いた。
「お願いしますわ……私には、アンドレ様しか頼れる殿方がおりませんので……」
「うぐっ。その頼み方は狡いだろ……分かったよ。でも口添えだけだからな。あの爺さん、偏屈で俺も苦手なんだ……」
「ありがとうございます! さすがはアンドレ様ですわ! 頼れるし、お優しい!!」
そう言ってジュリアは俺の手を掴み、うるうるとした瞳で見上げてくる。
「うぅ……やっぱり調子が狂うな……」
コイツの顔なんてガキの頃から見慣れているはずなのに、見つめられているだけで胸が苦しくなってきた。ジュリアにも少しは可愛げってやつが出てきたのだろうか……。
仕方なく、俺が昔から世話になっている医者を紹介してやった。どうせすぐに追い返されると思ったのだが……。
「もし流行り病が空気ではなく、何か物体や動物を介したものが原因だとしたらどうでしょうか?」
「ほう、それは面白い考えじゃな! どうしてそう思ったんじゃ?」
「実際に罹った患者の行動記録を見てみると――」
どういうわけか、爺さんとジュリアは意気投合。王子である俺をそっちのけで、熱心に討論を始めてしまった。
「お主、名をジュリアと言ったか? いやぁ、女の割に物凄い知見の広さじゃ。そして考えが柔軟! ここまでワシと話が合うのは、初めてのことじゃ!!」
「いえいえ、所詮私は本によるもの。先生が現場で培った、生きた知識には到底及びませんわ」
「ほっほっほ! いや、女と言って侮って悪かった。これはアホ王子の妻にしておくのは勿体ない逸材じゃな。どうじゃ、儂と一緒にこの国一番の名医を目指さんか?」
「おい、糞ジジイ。俺の妻を勝手に奪うな。不敬だぞ」
そうやって俺が不満をこぼすと、二人は顔を見合わせて笑い出した。
まったく、俺じゃなきゃ牢屋行きにさせるところだぞ。
……しかしあの無気力だったジュリアが、まさかここまでやる女だったとは。
たしかにここ最近、ずっと図書館に篭もって勉強をしているとは思ったが。
もしや本当に王妃をやめて、医者にでもなるつもりなのか?
そうしたら俺は用済みになって、あっさり捨てられる……?
「俺は絶対にジュリアを手放さないぞ」
「……? 何か言いましたか、アンドレ様」
キョトン、とした顔を俺に向けるジュリア。
昔は親が決めた婚約だと、恋愛なんて半ば諦めていた。だがいつの間にか俺は、ジュリア以外と結婚をしたいなんて思わなくなっていた。
そして今日、俺は気付いてしまった。
本当に俺は彼女の夫として相応しいのか?
それに見合う努力を、俺はしていたのだろうか……。
「――俺はここで失礼する。あとは頼んだぞ、名医殿」
「ちょっと、どこへ行かれるのです?」
「やるべきことを、思い出したのでな」
手に入れたいものがあるのなら、何が何でも手に入れてやる。
相応しくないのなら、相応しいだけの男になればいいのだ。
「やってやろうじゃねぇか。本気を出した王子を舐めんじゃねぇぞ」
なにしろ俺は、傲慢な王子様なんだからな――。
◇
「すまない、ジュリア。俺ではお前を幸せにすることはできないようだ。今日をもって、婚約関係は解消させてくれ……」
あれからも私は必死に勉強と実技を重ね、運命に抗おうと努力してきた。
だけど私の目の前で今まさに、あの日の夢が無情にも現実になろうとしていた。
「そんな……アンドレ様」
「俺はあの流行り病に罹ってしまったようだ。こんな状態では王にはなれない。お前にも迷惑を……ゴホッゴホッ!!」
あれだけ強気だったアンドレ様もベッドの上に寝かされ、弱々しく私に語りかけている。
ここ数日で急に体調を崩してからというもの、こうして息をするだけでも苦しそうだ。この病の深刻さが見て取れる。
「アンドレ様……そんなことを仰らないで……」
私は王子の手を取り、自分の頬に当てた。彼のことを想うと、自然と涙が溢れてくる。
「よくもまぁ、そんなことをぬけぬけと言えましたね」
「え……?」
そんな私たちの前に、見知らぬ少女が現れた。
修道服を着た彼女は青い長髪を揺らしながら、私達の元に近寄ってくる。
「アンドレ殿下がこうなってしまったのは、貴方の身体から発せられる邪気にあてられたせいなのですよ? さぁ、今すぐにそこから離れなさい」
「ちょ、ちょっと!?」
反論する間もなく、その人物は私の腕を掴むと、無理やりアンドレ様から引き剥がした。
「聖女マリー。やはり現れましたわね……」
「安心してください。殿下は聖女である私が、責任をもって生涯付き添いますから」
間違いない。状況は少し違うけれど、この人は夢で見た、あの聖女マリーだった。
まるで私の存在など眼中にないとばかりに、彼女は一方的に話を進めていく。そして私を無視して、アンドレ様は彼女にすがりつくように懇願し始めた。
「頼むよ、君だけが頼りなんだ……。俺を助けてくれるのは、もう君しかいないんだよ……。どうか俺の側にいて、これからも一緒に歩んでくれないか?」
「はい、喜んで! もちろんですわ!!」
そう言って嬉しそうにアンドレ様の手を取る聖女マリー。アンドレ様も満足げに笑みを浮かべている。
――悔しい。
私の大事な婚約者が他の女に触れられているだけで、今すぐ聖女を八つ裂きにしてやりたくなる。
あと一歩。あと一つ何か手掛かりが見付かれば、光明が見える気がするのに……!!
「さぁ、王子。まずはこの聖薬を飲んでください。元気になって、二人で愛を深めましょう!」
「ああ、分かった。……ん? ちょっと待て、マリーはその聖薬とやらは飲まないのか?」
「え? わ、私ですか?」
話を自身に振られたマリーは挙動不審になる。
それまで死にそうだったアンドレ様も、逃がさないとばかりに彼女の顔を下から覗きこんだ。
「ん? いくら聖女と言えど、流行り病に罹らないとは限らないだろう?」
「聖女は教会の教えで、聖薬と共に聖灰を飲んでおりますので……ほら、このような……」
その瞬間、笑顔だったアンドレ様が真顔になり、聖女マリーの手をガシっと掴んだ。
「ジュリア!」
「はい!」
名前を呼ばれた私は、それまで消していた気配を元に戻し、聖女マリーを背後から襲う。
「ちょ、ちょっと!? 放しなさい!!」
「はーい、失礼しますわね~。ほうほう、これが聖薬? こっちが聖灰? なるほど?」
仮病をしていたアンドレ王子に彼女を確保してもらっている間に、私はマリーから二つの薬を奪い……もとい預かった。
その薬はどちらも粉薬のようで、皮の小袋にぎっしりと詰められている。
聖薬は青く、聖灰は真っ黒な色をしている。これは……事前の見立てが当たってしまいそうな予感がする。
「やめなさい! その汚らわしい手で、神の加護を得た聖なる薬に触れるんじゃありません!!」
「へぇ? それは病を治してくれる神ですか。その加護とやらは、具体的にどういう効果を? 吸収はどの部位で? 代謝は肝臓? 排泄は腎臓で?」
「え? え??」
――思った通り。聖女はこの薬がどういったものなのか、何も知らされていないようですわね。
固まるマリーを余所に、私は用意しておいた鑑定用の器具を取り出す。そして私はこれまで学んできた知識を用いて、これがどういった薬物なのかを特定した。
「やはり、聖薬が原因でしたわ。教会はこれを飲ませ、流行り病だと嘘を教え込ませていたのですね」
「本当かジュリア。なんと恐ろしいことを……」
聖薬の中身を調べてみると、有名な毒草が少しずつ配合された、死なない毒薬であることが判明した。
つまりこの流行り病は、人に感染することもなければ、病気ですらなかったのだ。
当然、このことを聖女マリーに伝えたところで簡単に信じることもなく。
「ちょっと、勝手にそんなことをして! 貴方たち、罰が当たるわよ!!」
「……聖女マリー。貴方も他人事ではないので、教えてあげますわ。――貴方、教会に騙されて殺されるわよ」
「……は?」
大口を開けてポカンとするマリーに、私は聖灰と呼ばれていた粉末を見せる。
「これは聖薬が体内に吸収されるのを防ぐ効果のある薬です。見ていてくださいね……」
とまぁ、そんなことを言ったところで、彼女が信じないのは承知の上。
だから私は、予め準備しておいた小さな木箱を取り出した。
「きゃあっ!? な、なんでネズミが!?」
「この子たちに、試しに飲んでみてもらいます。……ちょっと可哀想ですが」
まずは、聖薬と聖灰を混ぜてからネズミに飲ませてみる。
「……ピンピンしてるな」
「そうですわね。では次は聖薬だけを飲ませてみますわ……」
今度は聖灰を混ぜずに、聖薬を別のネズミの口に押し込んだ。
するとネズミは薬を飲み込んだ瞬間、ビクビクと痙攣し始める。そして間もなく、息を引き取ってしまった。
それを見たマリーは驚きを通り越して、口を開けて唖然としてしまっている。
「おそらく聖灰の正体は、植物を炭にした後、粉末になるまで砕いたものですわね。炭は毒物を吸着する効果がありますので、聖薬の毒が体内に吸収されるのを抑えられるはずです」
「ジュリア、しかしそれで聖薬の毒は完全に防げるのか?」
「いえ。すぐに効果は出なくとも、次第に毒は体内に蓄積されていくでしょう。寿命が縮むのは間違いないかと」
「そ、そんな……教会はそれじゃあ……」
「この薬と聖女は、教会にとって都合の良い相手に取り入るために使われたんだろうな」
「……っ!?」
あくまでも聖灰の効果は毒の吸収を遅らせるだけ。無毒化するわけじゃない。
マリーの顔色は、もう紙のように白い。きっともう何を言われているのか理解できていないだろう。
私は追い打ちをかけるように、彼女に現実を突き付けることにした。
「マリーさん? これでも貴方はまだ、教会に従うのですか? 駒扱いされて、このネズミのように捨てられても良いと?」
「い、良いわけがないじゃない……ゆ、許せないわ……!!」
「なら、これから教会を潰すために行動を起こしましょう。もちろん、私たちもお手伝いしますわ。ねぇ、アンドレ様?」
「ああ、そうだな。俺の可愛いジュリアを追い出そうとしたんだ。その報いは必ず受けさせるさ」
そう言って、アンドレ様は私の肩を抱き寄せる。そして頬擦りしてきた。
「あー、やっぱりお前が一番だぜジュリア~!」
「ふふ、ありがとうございます。……あら? マリーさん、どうかされました? 顔色が優れませんが……」
先程まで青かった顔が、今は真っ赤になっている。
何か言おうとして口をパクパクさせているが、言葉にならないようだ。どうやら私たちの仲が良すぎたせいで、驚かせてしまったみたい。
――ふふふ。この陰謀のおかげで、私たちはむしろ熱々の恋人になれましたの。ある意味では教会に感謝しておりますわ。
「……し、仕方ないわ。あとはもう、貴方たちの好きにすればいいじゃない」
「マリーはこれから、どうするつもりなんだ?」
「私は他の聖女たちにも、今回のことを全て話してくるわ。お二人もここまでやったのだから、もちろん手伝ってくれるわよね?」
言葉の節々に棘を感じるも、私とアンドレ様は互いの顔を見合わせるとクスクスと笑った。
「ええ、勿論。一緒に頑張りましょうね」
「あぁ。俺たちと協力して、教会の闇を暴こう」
「……なんでかしら。死なずに済んだというのに、なぜか腑に落ちないわ……」
こうして私たちは、聖女マリーの協力を得ることに成功した。
彼女の言う通り、過去に同様の手口で聖女に仕立てられた人たちも被害者だ。知る権利がある。
それどころか、彼女たちが嫁いだ有力貴族や王族たちも、真相を知ればきっと黙ってはいないだろう。
「アンドレ様、これでようやく解決しそうですわね!」
「はは、そうだな。すべてが片付いたら、結婚式の準備をしようか」
「……二人とも。そういうイチャイチャは、私がいないところでやってくださいません?」
はしゃぐ私たちの声を聞いて、マリーは飽きれた表情を浮かべる。
私とアンドレ様は気にした様子もなく、幸せいっぱいに微笑み返すのだった。
「聖女に比べてお前には癒しが足りない」と婚約破棄される将来が見えたので、医者になって彼を見返すことにしました。 ぽんぽこ@書籍発売中!! @tanuki_no_hara
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