お笑い戦隊 バクショウジャー

スヴァンドゥル

第0笑 正義のお笑い五人組?

「グギャアアアアアアアアッ!」


 時刻は夜の九時。断末魔の叫びが響くのは都内、某所の高架下。

隣には大きな川が流れ、街灯も少ないこの場所は、昼間であれば釣り人が利用する姿がちらほら見掛けられる。しかし、夜間は視界も悪く、足を滑らせて意図しない川へのダイブを行わないためか、ほとんど人影を見ることはなかった。

――だが、その日は違っていた。

誰も居ないと思われていたその場所に、数にして六つの人影が月明かりに照らし出されていたのである。

 レッド,ブラック,イエロー,ピンク,ブルーと、それぞれの色を基調とした特殊スーツを身に纏い、手には専用の武器が握られている。スーツの左胸の位置には『笑』の一文字がプリントされており、腰のバックルの中央部に丸いニコニコした可愛い笑顔のマークが付いていた。


 ――そう。


 みんなご存知、お笑い戦隊バクショウジャーである。

 チーム全員が名前のプレッシャーに若干、押しつぶされそうになりつつも悪の組織と全力で戦い、その戦闘姿が素人同然の動きで第三者が見てる分にはそこそこ楽しめる――あのバクショウジャーである。


「おい、ちょっと待つタコ」


 そのバクショウジャーと、今まさに戦いの火蓋を切ろうとしていた悪の組織である失笑団の怪人――タコスベリーが待ったをかける。


「なんや! 今になって両の手と触手の八本を上に向けてお手上げのポーズを取っても、許してやらへんで! えらい遠くまで逃げ回りよってからに・・・・・・。このタコスケがっ!」

「そうですヨ! 街ですれ違う若い女性に声を掛けては『なぁ、なぁ、ホントのタコさんウィンナーを見せてあげようタコか?』と、漏斗息を荒くして大勢の女性をドン引かせた罪は重いですヨ!」

 首から下は普通の人間だが、顔は真っ赤なタコになっている怪人タコスベリーに対し、ピンクとブルーが声を荒げて抗議する。

「いやいや、そうじゃなくてタコ・・・・・・」

「そう言えば知ってますカ? タコって腕の一本は交接腕って言って、生殖器らしいですヨ?」

「うえぇっ! それってホンマなん? じゃあウチはあのタコスケから常に公然猥褻を受けてるってコトちがうの?」


 狼狽するピンクに対し、神妙な面持ちで頷くブルー。


「ええ・・・・・・。なので、あのお粗末なタコさんポークビッツを早めに根絶しなければ被害が拡大する一方ですヨ!」

「誰の触手がポークビッツだタコ! 頑張って伸ばせば六センチはあるタコよ!」

「「・・・・・・ふっ」」

「ぐぬぬ・・・・・・。コイツら~・・・・・・タコ」


 ピンクとブルーの嘲笑に、怒りのあまり身悶えするタコスベリー。本当は四センチなのだが、オスとしてのプライドと尊厳のため、虚勢を張るのはご愛嬌。


「ぬぐおおおおおおぉぉぉ・・・・・・」


「まあ、ベラベラとくっちゃべっていても時間の無駄やし・・・・・・」

「そうですネ。ちゃっちゃと片付けてタコ焼きにでもしちゃいますカ」

「だから待てって言ってるタコ!」

「「何やねん(ですカ)!」」


 ヒーロー二人の苛立ちを微塵も隠していない返しに、思わずたじろいでしまうタコスベリー。恐怖に震える触手を奮い立たせ、真っ直ぐ相手の目を見て意見を伝える覚悟をする。

 怪人はこれしきの事ではへこたれない。


「いやー、だからー、そのー・・・・・・」

「「アアンっ!」」

「――ひぃっ! だ、だからっ・・・・・・! さ、さっきから後ろで蹲っている赤いヤツは放っておいても平気なのかを聞きたかったタコ!」


 二人の威圧的な態度に負けず、言いたいことを伝えたタコスベリーの左目からは、綺麗な一雫の海水が流れ出ている。それを自らの触手で掬って拭き払う。


「「後ろ・・・・・・?」」


 半べそをかいている短小タコの言葉に、渋々ながら応じて後ろを振り向く二人。

 そこには――


「ぐうわあっっっ! テメェ、ブラック・・・・・・! フッざけんなよ! マジで! いい加減にコンタクトかレーシックでもしろや!」

「うわあ・・・・・・。今回は結構、奥までズップリ刺さってるよ。抜いてあげるこっちも怖くなるレベルだよ・・・・・・」

「し、仕方があるまい・・・・・・。我は視力が極端に悪いのだ! 今は夜であり、街灯もほとんど無いこの場所で・・・・・・なんとなく敵の色と同じ赤い物を認識したら攻撃をしてしまうのは必定・・・・・・。そ、そう! これは言うなればマーキング! 味方も敵も赤ならば、鍼が刺さっている方が味方だという印を付けたまで!」


 ――そこには、左右の尻の頬に一本ずつ鍼が刺さって、苦しそうに蹲っているレッド。それを心配そうに見て、傍で寄り添うイエロー。自分に非は無いと言わんばかりに、腕を組んでそっぽを向いているブラックの姿があった。

 そうなのである。断末魔の正体は敵と勘違いされたレッドの尻に鍼が刺さった結果に出た魂の叫び――いや、尻の悲鳴なのである。


「はぁ・・・・・・、あいつら戦闘中やって時に、またアホやっとるわ・・・・・・」

「なんか夜の戦闘では、これが風物詩に思えてきましたネ」

 自分のチームメンバーの醜態を、戦闘マスク越しに遠い目で見るピンクとブルー。

「開き直ってんじゃねえぞ! 夜の戦闘で毎回毎回襲ってきやがって! 何で俺ばっかりなんだよ! 俺に何の恨みがあるんだよ!」

「べ、別に好きでお前に鍼を刺しに行ってるワケではないわ! 夜の戦闘の時に限って、赤提灯やらレッドキドニーやら耳垢など、赤を模した怪人が現れるのだ! 紛らわしくてしょうがない! 迷惑しているのはこっちだ!」

「最後のは別に色、関係無いような・・・・・・」

 イエローのツッコミも意に介さず、ブラックは悪びれる様子を見せない。

「でもさぁ、ブラック・・・・・・。この状態で夜の戦闘が続いていくと、レッドの背中やお尻が鍼刺しの痕でブツブツだらけになっちゃうからさ・・・・・・。目が悪いのなら、さっきレッドが言った様にコ――」

「――断るッ!」

「「「「早ッ!」」」」


 未だに鍼が尻に突き刺さって苦しんでいるレッド以外の三人と、ついでにタコがブラックの拒否反応の速さに驚く。


「我は自分の体に人工物を取り付けたり、西洋医学で身体を切開するという行為を好まぬ。万が一の事があったら恐ろしいではないか」

「人に鍼を刺しまくっているヤツが言う事じゃあねぇぞ、クソ野郎っ!」


 ズキズキする尻の痛みに耐えながら、上体を起こしてブラックを睨むレッド。

尻に刺さった二本の鍼と四つん這いになっているレッドの格好から、何故かナメクジを連想してブルーは一人、バレないように笑う。


「タ~コッコッコッコッコ!(笑い声) メンバーの一人が使い物にならないのであれば、こちらとしては好都合。別に五人揃っていても俺様の勝利は変わらないタコが、この状況でさらに勝利が磐石に――」

「やかましいわ!」

「――ダゴッホッ!」


 ピンクの強烈な張り手をモロに喰らい、怪人タコスベリーは後方へぶっ飛ばされる。

 その威力は凄まじく、常人よりも遥かに耐久力に優れている怪人の存在とて、漏斗からタコ墨を勢いよく吐き出し、倒れ伏していた。


「アンタらエエ加減にしぃや! 真面目に戦う気がないんやったら連帯責任で全員、木に縛り付けて胃袋が飛び出すまで突っ張りの練習台になってもらうで!」

「「「「すいませんでした! しっかりします!」」」」


 怪人ではなく、仲間に対して身の危険を感じ、今――五人の心が一つになろうとしていた。


「とりあえず、レッド・・・・・・。お尻に刺さっている鍼、抜いちゃうね?」

「ああ、頼む。優しく、抜いてくれ」

「なんか会話だけ聞くと恐ろしい内容ですよネ、これ」

「? 我はブルーの言っている意味が分からんぞ・・・・・・」

「そ、そうはさせないタコ・・・・・・! 今こそ俺様の必殺――」

「まだ寝とけや!」

「――イカスミッ!」


 怪人からの反撃は、ピンクの命懸けの時間稼ぎにより食い止められた。

その隙に、イエローがレッドのお尻に手を伸ばす。

 そして――


「あふん」


 これで何度目か分からない鍼からの解放。最初の頃は痛みに苦しんでいたが、今となっては体が少し快感を覚えてしまっているのはナイショだ。


「あ~痛かった。イエロー、いつもサンキューな!」

「キモい声出てたけど、大丈夫? あっ・・・・・・これ返すね、ブラック」


 イエローは両手の人差し指と親指で鍼を一本ずつ持ち、鍼を持ち主に渡した。


「うむ、スマンな・・・・・・。ぬっ! 鍼の先端にレッドのスーツの染色が大量に付着している・・・・・・。レッドよ、後でスーツを染め直したほうがよいぞ」

「それ俺の血な! スーツの色とマッチングして分かりにくいけど、今この時も流れ出ている俺の血だから!」


 俺の尻に即席肛門を二つも造った馬鹿に、尻を突き出してテメェの罪深さを思い知らせようとする。しかし、視力が悪いので血を視認できておらず、『かい・・・・・・じん・・・・・・?』と手に持つ鍼を強く握り直したため、急いで離れる。


(あ、危ねぇ・・・・・・。また怪人と間違われて尻に鍼を刺されちゃ堪ったもんじゃねぇっつうの! この腹立たしさをどうやって解消すれば・・・・・・。そうだ!)

「とにかく・・・・・・これで仕切り直しが出来るわけですネ」

「まったく、か弱い女の子のウチだけ戦わせよってからに・・・・・・。すっごく不安で怖かったんやからな! アンタら後で丼物でもウチに奢ってや!」

「その割には敵がもう瀕死の状態に見えるんだけど? 相手の膝と触手が笑ってるよ」

「フッフッフ。ならば今こそ我の鍼で真っ赤な引導を渡してくれようぞ!」

「みんな、待ってくれ!」


 全員の士気が高揚している中、俺は四人を制止して怪人タコスベリーに指を差す。


「はぁー・・・・・・はぁー・・・・・・タ、タコ・・・・・・ゲフッ」


 タコスベリーは既に虫の息で、目の焦点も合っていない状態であった。


「・・・・・・レッド?」

「俺とヤツで・・・・・・一騎打ちをさせてくれ!」

「「「「えっ!」」」」

「タ、タコッ!」


 俺の発言にチームメンバーだけでなく、タコスベリーも驚きを隠せないでいる。


「き、急にどうしたのだ! いつも戦闘になったら敵に狙われない為に、その場からなるべく動こうとしないお前が・・・・・・!」

「強そうな敵を目の前にすると『今日、彼女と渋谷でトゥンカロン食べに行く約束してたわ』と、居もしない存在を理由に戦線離脱を図ろうとするアナタガ・・・・・・!」

「そのクセ、敵を倒したら真っ先にセンターの位置を陣取っているキミが・・・・・・!」

「SNSで、小学生の『バクショウジャーのレッドって敵から逃げ回っている姿が目立つし、正直に言ってメンバーのお荷物じゃね?』というアンチコメに対して、自分の別アカで『何を根拠にそんな事を言っているのですか? あなたは怪人を目の前にして戦った事はあるのでしょうか? 少なくとも親元でのうのうと暮らしているあなたと、命を懸けて怪人と戦う彼とでは社会に対する貢献度が違います。敵の策略から市民や仲間を守った事は? 敵の猛攻を掻い潜ってイチかバチかの反撃に打って出た事は? 無いでしょうね・・・・・・。あなたの様な見識が狭い守られているだけの小さな存在が、現場で頑張っているヒーローに対して声を上げても何も変わりません。優しくて強いイケメンのレッドさんはあなたの発言など気にも留めないでしょうが、この世の中は広いんです。もしかしたらあなたの所為で不快に感じる人が居るかもしれません。この事をしっかりと、その小さな小さな脳みそに叩き込んで、レッドさんが守るこの平和な世界を日々感謝しながら享受してください。次にこの様な投稿を見掛けたら、全力で住所と学校を特定しますのであしからず』という自分の事をメッチャ高い棚に上げて嘘八百の恐い返信をして、その小学生が二度とコメントできないでいる程のトラウマを植え付けていたアンタが・・・・・・!」


 散々な言われようだが、心が広い俺は仲間の失言すら受け止める度量の持ち主だ。


「いいかね、アホどもよ・・・・・・。向こうは一人で、しかも手負い。いつも湧いて出る全身黒タイツのザコ戦闘員も――今日は休日なのか、ここには来てねぇ・・・・・・。つまり五対一はヒーローとして、余りにも卑怯! そうじゃないかい?」

「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」

「だから・・・・・・この場は俺に任せてくれ! 純粋無垢な子供たちにも真正面から向き合える様、いつだってフェアの精神でいたいんだ! 俺というヒーローは!」

「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」


 俺の筆舌に尽くしがたいヒーロー論に、四人は感動して言葉も出ないようだ。正直、自分で言ってて気持ちがいい。脳内にアドレナリンがドバドバと分泌されまくっているのが感じ取れる程だ。


「フフッ。心配すんなって・・・・・・。必ず、勝って戻ってくるからよ」


 帰ってくる場所がある。信じてくれる仲間がいる。こんな幸せなことはない。俺達バクショウジャーの五人の魂(こころ)は常に一緒なのだと・・・・・・改めて再認識できた。


((((相手が弱っているのを確認した途端、意気揚々と前に出だしたな・・・・・・))))


 皆の期待を背に、俺は怪人の方へ歩み寄る。


「聞いてただろう、タコ野郎。戦隊モノ特有のリンチなんてしねぇ・・・・・・。正々堂々、サシの勝負といこうじゃねぇか!」

「・・・・・・タッコッコ。流石はちびっ子のお手本となり得る存在のヒーローといったところタコか。でも本当にいいタコ? 俺とサシの勝負なんて・・・・・・。自ら勝ち筋を捨てる様なものタコよ?」

「抜かせ・・・・・・。どんなに強がっても、そんな息も絶え絶えの状態の奴に負ける訳がねぇ。テメェを切り刻んで、近所のデパ地下のお惣菜コーナーに切り身として置いてやるぜ」

(フラグが立った気がしますネ)

(てか、手負いって状況なら尻に傷を負っているお前も変わらんやろ)

(・・・・・・これは、いつでもサポートできるよう構えていた方がイイかもね)

(まったく、世話の焼ける奴だ・・・・・・)


 後ろで四人がヒソヒソと無駄話をしている様だが、俺はその事を意に介さずに怪人との距離を詰める。

 怪人との距離が三メートル程の近さとなり、俺専用の武器である剣を両手で握り締めた。


「俺が勝ったら、この場は見逃してもらうタ――」

「あっ! マイクロビキニを着た黒髪ロングで巨乳の女子高生がバイトの配達で届けるはずだった牛乳をコケた拍子に自ら被っちゃってM字開脚になって涙目でこっちを見てる!」

「マジタコッ!」


 怪人タコスベリーは俺が指差す後方を、何の疑いもなく視線を向ける。勿論、そんな青少年の憧れの様な都合のイイ女子高生がその場に居るはずもない。奴のスケベ心を利用した、俺の勝利を確実な物にする為の緻密な作戦だ。


「うっしゃあ! 活け作りじゃあー!」

「――タコッ!」


 タコスベリーが余所見をしている隙に剣を振り上げて、大きく飛翔して距離を詰める。俺の声に気付いて慌てて体制を整えようとしているが、時すでに遅し。


「ひ、卑怯タコ!」

「バカが! 戦いの最中に背中を見せるのが悪い――グオッ!」


 今まさに正義の天誅を下そうとした瞬間――尻に激痛が走った。


「ギャオォゥゥゥ・・・・・・」


 空中でバランスを崩し、俺の身体はそのまま地面に叩きつけられた。その衝撃で持っていた剣は手から離れ、胃の内容物が込み上げてくる気持ち悪さと尻の痛みで動けないでいる。


「ク、クソ・・・・・・。尻が、尻がぁ~・・・・・・」


 いつもより深く刺されたブラックの鍼によるダメージは大きく、せっかくのトドメのチャンスを逃してしまった。


「自業自得ですネ」

「せやな」

「だね」

「・・・・・・・・・・・・」


 俺は土下座の状態から両手で尻の両頬をさすり、痛みの分散に集中していたので仲間の心無い会話は聞き取れなかった。


「ふ、ふ~・・・・・・。驚かせやがって。・・・・・・フフフ、どうやらお前は味方のせいで動けない状態みたいタコね~」


 不意打ちを逃れたタコスベリーは目の前で尻の痛みに苦しんでいる俺を見て、不敵に笑っていた。そして、一旦その場を離れたかと思いきや、何かを拾い上げて戻って来る。


「タッコッコ。形勢逆転とはまさにこの事タコよ~」

「ひぃっ!」


 タコスベリーが拾い上げた物――それは俺の専用武器である剣であった。

 尻の痛みから土下座の状態を未だに崩せない俺の顔の横に、剣の切っ先が当てられる。

 今度は尻の痛みと同時に死への恐怖も加わり、ガチガチと歯を震わせる。


「ひ、卑怯だぞ! こんなの人道に――いや、蛸道に反している! お願いだから考え直すんだ! あの・・・・・・触手舐めるんでマジで勘弁してください!」

「どの口が言うタコ! キモい事を言ってないで、ヒーローなら命乞いなんてせずに潔く散ってみせるタコよ!」

「ヤダヤダヤダ! 橙里(とうり)ちゃんのライブを生で観るまでは死にたくないー!」


 俺は額を地面に預け、その場でブンブンと首を振り、断固拒否の意思表示を示した。


「ふん! 最近、人気急上昇でテレビに引っ張りダコのアイドルのことか・・・・・・。ヒーローがアイドルなんぞにかまけている様じゃ世も末タコ」

「ライブを観て、鬼美橙里(きみとうり)ちゃんと握手会で握手して、そこでお互いを意識し合って、街中で偶然出会って、遊園地に遊びに行く流れになって、夜になったから帰る運びになったけど、向こうが帰りたくないと言い出して、俺がダメだと言っても聞き耳持ってくれなくて、しょうがないから俺の家に呼んで、先にシャワーを浴びてもらって、橙里ちゃんが浴室からタオル一枚だけ巻いた姿で出てきて、『初めての一目惚れでした。抱いてください』って言われて、二人は結ばれて都内の高級住宅街に授かり婚の双子の子どもと家族四人で末永く幸せに暮らすまで死にたくないー!」

「ご都合主義の権化! ドルオタの妄想に付き合うほど、こっちは暇じゃないタコよ!」

「妄想じゃない! 実際、前にあったライブの配信動画では俺だけに笑顔を送ってくれたんだ! 二人の明るい未来を見るために、まずはライブに行かなくちゃならないんだ!」

「お前が見なきゃいけないのは現実! 今お前は怪人目線からしてもヤバい奴タコ」

 レッドの無様で自分勝手なドルオタ豚野郎の姿に呆れた表情を見せるタコスベリーは、持っていた剣を両手で天へと振り上げる。

「ライブ会場へ行って事案が発生しない様に、この場で介錯してやるタコ。感謝するタコよ」

「イヤだー! みんな助けてー!」

 死への恐怖と橙里ちゃんに会えなくなる悲しみで、自身の涙と鼻水と涎でマスク内の顔を汚すレッド。その様子を見て、今まで黙視していたメンバー達も焦りだす。

「アカン! このままじゃレッドの赤いモンが飛び出すのを見せられて、三十分ぐらい食欲が無くなってまう!」

「こんな時でも食い気ですカ、ピンクは・・・・・・。しかも仲間が死んで三十分後には食事ができるって、そっちの方が異常ですヨ」

「二人ともお喋りはそこまでにして、助けに行かないと! 本拠地に戻る時に、取れたレッドの首なんて持ち歩きたくないよ」

「待つのだ、皆の衆・・・・・・」


 ピンク,ブルー,イエローがレッド救出作戦を熟考していると、ブラックの待ったが入る。その声は真剣そのもので、気怠げな三人とは大違いであった。


「卑怯な手段を取ったのは確かだったが、レッドが尻の痛みに耐えかね、敵に遅れを取ったのは我の責任でもある。ここは我にレッドの救出を任せてもらえないだろうか?」

「「「ブラック・・・・・・」」」


 何事にも真面目なブラックは仲間が自分の所為で危険な目に遭う事に対して、自分が許せないのだろう。ましてや、レッドにはこれまでの戦いで敵よりもダメージを与えてきたのだ。反省の弁は述べずとも、心の中では葛藤があったんだと思う。

ブラックの心からの頼みに、三人は苦笑しながら顔を見合わせる。普段はいがみ合っていても、やはりチーム――仲間なのだ。困った事があれば助け合う、または各々の主張を尊重する。それが我々、戦隊ヒーローだ。

その事を踏まえた上で――


「じゃあ、ピンクとブルーが銃で怪人を狙撃,牽制して、その隙に僕がレッドを助け出すという方向で」

「「了解」」

「ゥオイッ!」

 イエローの作戦に対し、ブラックはお気に召さない様子であった。

「我に任せてくれと言ったのに、何故に無視をするのだ! しかもイエローの作戦にすら、我が参加してないし!」

 ブラックの抗議に、三人が気まずそうに顔を合わせる。

「だって~、ねぇ・・・・・・」

「ん~、まぁ・・・・・・そうやな~」

「で~すよネ~」

「イヤ、分からん! いったい何が言いたいのだ!」

 ブラックの言葉を皮切りに、三人が一斉に口を開く。

「「「ブラックが動くとフラグが回収されてややっこしい事になるから動かないでほしい」」」

「――なッ」

 三人の真っ直ぐな視線で本心を言われ、ブラックはその場で四つん這いになって落ち込む。

「フン! どうやらお仲間も助太刀どころではないらしいタコね」

「頼む! ライブに行って結婚式を挙げるまで殺すのを待ってくれ!」

「それは一生待つ事になるから却下タコ」

「チクショウ!」

 レッドは唇を噛み締め、悔しさのあまり拳を地面に叩きつけた。

「フフン。お前の好きなアイドルは俺様が代わりにライブに行って、触手プレイでアイドルの女も観客達も喜ばしてやるタコよ~」

「な、何っ! 貴様っ! それは・・・・・・・・・・・・めっちゃ見たい!」

「死ねい! このタコ!」

「うびゃあああっ!」


 タコスベリーの凶刃が、今まさに変態レッドの首を刎ねようと振り下ろされた。


「っ! いかん!」

「あっ! ちょっと!」


 この事にいち早く気付いたのはブラックだった。

 イエローの制止を振り切り、左手に持った鍼を突き出す。


(頼む! 間に合ってくれ!)


 全力でレッドのもとに駆けるブラック。

 先程のピンクの攻撃でタコスベリーが地面に出したタコ墨に足を滑らせるブラック。

 滑った勢いで鍼を持った左手を突き伸ばしたまま宙を舞うブラック。

 そして――


 ズップン


 三十センチはあるブラックの鍼は、手に持っている部分以外は目視できない状態であった。

 ――では、その半分以上の鍼の部分はどこへ消えたのか。


「ギャアアアアアアアアアアアァァァァァァオワアアアアアアアァァァァァァァァァッ!」


「――タ、タコッ!」


 レッドは一瞬にして、この世のあらゆる苦痛を自身の肛門で味わっていた。

 今まで感じた事のない――感じてはいけない――衝撃によって空高く舞い上がったレッドは、堪らずタコスベリーが持っていた剣を掴むのと同時に奪い返し、苦悶の表情のまま重力に従って降下する。


 ズバァンッ


「タコギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ!」


 レッドの空中からの袈裟斬りによって、怪人タコスベリーは致命傷を負った。・・・・・・ついでにレッドも。


「お、おのれ・・・・・・バクショウジャ――!」


 死に際にバクショウジャーに対しての怨みを言い放ったあと、タコスベリーは爆発して大きな煙を上げた。


 今宵もバクショウジャーのお陰で皆が平和に暮らして――


「あガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!」

 ――いけそうに無いのが、ここに一人。



「レッド! やったではないか!」

「と、ととと・・・・・・」


 腹這いになっているレッドに駆け寄り、その活躍を素直に賞賛するブラック。


「いやぁ、オイシイとこ持って行かれたな~。でも、やる時はやる奴やってウチは信じとったで!」

「てて、てててて・・・・・・」

「見直しましたヨ、レッド! やっぱりカラー的にもあなたがリーダーですネ!」

「く、れれれれれ・・・・・・」

 他のメンバー達もレッドの功績を傍で称える。

「・・・・・・・・・・・・いやいや、みんな現実を直視しようよ。これ、とんでもない事になってるじゃん・・・・・・」

「「「・・・・・・・・・・・・やっぱり?」」」


「どっでぐれええええええええええええええええええっ!」


 イエローの発言を皮切りに、その場にいる全員が青ざめる。

 なぜならレッドのお尻の中心――つまりは肛門にブラックの鍼が深々と侵入しているからだ。勿論、現在進行形で出血もしている。

 レッドはうめき声を上げながら、軽く痙攣していた。


「イエロー、またいつもの様にレッドのお尻から鍼を抜いてあげてぇな。得意やろ?」

「これに関しては得意不得意なんて無いでしょ! それに、こんな肛門ド直球に深く刺さったのなんて初めてだから僕も上手く抜いてあげれるか不安だよ・・・・・・」

「当事者のブラックに任せてみてハ? 確かブラックって鍼灸師ですよネ? 本来、鍼の事ならイエローよりも専門ですし・・・・・・」

「いやいやいや・・・・・・。さすがに我も患者に対して肛門に鍼を刺した事ないし、下手に抜いたら抜いたで今後のレッドの排泄生活に影響が出る気がするのだ」

「でも、このままにしておく訳には・・・・・・。あっ! 変身が解けた」


 心身ともに強烈なダメージを受けたレッドは、特殊スーツから人間体に戻ってしまった。

 赤いメッシュを入れたツンツンヘアーに、虚ろな目。背中に白地で『笑』の文字がプリントされた赤いメンバージャケット。血がべっとりと付着した黒いスラックス。現在、十九歳で身長も体重も平均並みのこの男。

 ――赤利攻増(あかとしせまし)。バクショウジャーのレッド、その人である。


「に、憎い・・・・・・。この世の、全てが・・・・・・恨めしい・・・・・・」

「アカン! あまりの苦痛に呪詛を唱え出してもうてる!」

「度重なるヒップへの攻撃に、とうとう精神がイカれましたカ」

「俺が笑えない状態なのに・・・・・・他人が笑っているのが許せない・・・・・・。この世から笑顔なんて・・・・・・・・・・・・無くなればいい・・・・・・」

「自分が所属しているヒーローの名前を真っ向から否定する様な事、言わないでよ・・・・・・」

「橙里ちゃんに膝枕してもらいながら、頭とお尻を撫でてもらわないと・・・・・・俺は笑えない」

「ふむ、まだ余裕がありそうではあるな・・・・・・」

 うつ伏せで鍼の刺さったお尻を突き上げて悶えている攻増をよそに、残りのメンバーの四人が対応について話し合う。

「僕達では手の施しようがないのは明白。そこで・・・・・・」

 イエローの提案に、集まった三人が賛同して頷く。

「そうやな」

「ですネ」

「それが最善策であろう」

「じゃあ、決まりだね」


 今後の方針が決まり、四人は攻増を後にしてその場から立ち去っていく。


「ちょちょちょちょちょっ! 置いて行くの? 俺を? こんな状態で?」


 仲間が何の迷いもなく帰っていく姿に不安を感じ、痛みに耐えながら血が滴り落ちている尻を振って、自身の重症具合をアピールする攻増。

 そんな攻増に対し、四人は振り返ることなく歩を進め、イエローが口を開いた。


「さっき四人で話し合って、救急車を呼ぶって事で考えがまとまったから安心して待ってて」

「やっぱプロに任せるのが一番やしな」

「もう電話でここの場所とヒップに鍼を長く刺して待っている人がいると伝えているので、すぐに来てくれますヨ」

「ふざけんな! せめて付き添いとして加害者であるブラックは残れや! お前も変身を解除しろ!」

「レッドよ・・・・・・。我は自分の鍼の腕の未熟さに落胆している。だから我の情けない鍼の姿を、まざまざと見せ付けてくれるな」

「お前が悪いのは鍼の腕じゃなくて視力だろ! 鍼の姿より、それが刺さっている俺の姿を気にしろよ!」

「鍼に失敗した我の心情とかけて、レッドの尻と解く」

「「「その心は?」」」

「どちらも張り詰めている(鍼詰めている)であろう」

「「「上手い! 座布団一枚!」」」

「何で急に謎かけ? しかもこの状況で座布団が欲しいのは俺だし!」

 尻の激痛に耐えての攻増のツッコミも、夜の暗闇に消え去る四人の背中には届きはしなかった。その代わり、遠くの方から赤く点灯するランプとけたたましいサイレンの音を耳にし、攻増は胸を撫で下ろすと共に、自身の尻に突き刺さった鍼を見上げながらこの状況をどう説明したものかと頭を悩ませるのであった。


 そんなバクショウジャー五人を橋の上から見下ろす一つの影があった。

「チッ。流石に早い到着ね、救急車。今ならレッドを殺れそうだったのに・・・・・・。おまけに暗くて顔も見れやしない」

 月に照らされて美しく輝く金髪の上に黒いキャップを被り、グラビアモデル顔負けのプロポーションである体を紫色のボンテージで包んでいる女性。

 ガンッとヒールで地面を叩き、悔しそうに親指の爪を噛んでいる。

「おのれ、バクショウジャー・・・・・・。今に見てなさいよ。次こそは確実に葬って世界から笑いを無くしてあげる。こちらの計画は順調なんだから。・・・・・・あの方の復活も、もう目前なのよ」

 静かに――しかし、たっぷりと憎悪が込められた言葉を吐き捨て、女はその場を後にした。

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