あなたの地獄より
哀川
第1話
「妄想を現実にする方法をご存じですか?」
彼女──
妄想を現実にする方法なんて当然ご存じないのでその発言は僕の興味を引いた。
知らない、訊かせてくれよ。僕が答えると、彼女は上品に口元を手で隠して静かに笑って見せる。その仕草はクラスの男子を次々に籠絡していったほどの破壊力を持つ。
「妄想──というのは少し下品な言い方だったかもしれません。想像、願望……或いは夢、と表現していいですね」
言葉なんてどうでもよかったが、割って入る気にはなれなかった。それは彼女の声が耳に入る心地よさが理由かもしれない。
「結論から言って仕舞えば、それは死ぬこと。あなた、命を絶とうとしたことはある? なくてもいいけれど、危うかったことくらいあるのではなくて?」
半ば確信しているように問う。
僕という人間を見抜いての発言か、誰にでも言っているのか。前者であるならば、やはり、瑠璃宮無落は完璧な人間だ。
死ぬかもしれない、命の危機を感じたことはあった──そう答えると、彼女は心底嬉しそうに微笑んだ。
「その時は何を思いました?」
思い出してみる。
あの時──頭のネジがぶっ飛んだ殺人鬼に追い詰められた時、僕は死後のことを考えた。
死んだら彼女と再会できるのだろうか。やはり輪廻転生が基本なのだろうか。光に満ちた天国に行くのか、黒に満ちた地獄に堕とされるのか。意識のない状態が無限に続くという可能性も大きいだろう。
そんな無限の思考を繰り返した。
「そう、人は死に対して無限の可能性を夢見ています。一つの未知に対して無限という解答をぶつけられるならば、それは『夢が叶う』と言っていいのではないでしょうか」
予言や占いが数を打てば当たるようなものか? 僕が言うと、瑠璃宮さんは肩を竦めた。
「ええ、おっしゃる通り。言ってしまえば屁理屈ですよ。しかし笑い飛ばせるような考え方でもないでしょう。死について考えない人などいないのですから」
分からなくもない話だ。けれど、それを僕に話す意図は分からない。ただの雑談のつもりだろうか。
「すぐそばにあって、それでいて未知なる恐怖。そこには切り離せないほどの好奇心がある。だから誰しもが《死後》について思考する……明日には忘れ、そしてまた考え出す。私はその集合の例外になりたい。規範から外れた存在になりたい」
彼女は微笑む。
僕は無表情だった。愛想笑い程度はできたかもしれない。そうしなかったということは、彼女の話を真剣に聞いていたということになるだろう。
つまり、
「ねえ、
それは、
「私と一緒に、死んでくださる?」
ほとんど答えになっていたのだ。
だから僕はここで無言を選んだ。結果として彼女が頬を朱色に染めたのだからその意図は伝わったに違いない。
とにかく。
これが僕──夢乃夜ひとえが人生二度目にされた告白だった。
事の終わりとも始まりとも取れる展開に少しだけ高揚している僕がいた。
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