5.この小娘、気に食わん


『飯を寄越せ』

「来るなら夜に来てよ!今は無理だってば」


 いつものように私は老婆の家に訪ねるが昨日の小娘が言っていたように家に老婆はいなかった。

 老婆は私が来れば尽かさず飯をくれたというのにこの小娘は学校に行くのかかなり慌てている。


『昨夜はここの庭で寝ていた。それにこれが私の習慣だ。今すぐ変えるつもりはない』

「これだから懐かれるのは嫌だったのに!」


 心外な。私はこんな小娘に甘えるつもりはないぞ。私には野良のプライドがある。人間が言う懐いているというのは猫にとっては愛想を振りまいているだけに過ぎないのに何を勘違いしているのだろう。まぁこちらの方が好都合だが。


『私はお前に懐いた覚えはないぞ』

「あー、仕方ないわね。カリカリ?なら残ってるのがあるからあげる。でも今はそんなにないからまた夕方ね」


 そう言って小娘はいつもの皿に少量のカリカリを寄越した。本当にこれしかないらしい。

 仕方なく少ないカリカリを食べている間、彼女は昨日と同じように薬を口にしては苦い顔をしていた。


『小娘。お前も病気か?』

「別にあんたに関係ないでしょ。じゃあ学校に行ってくるから、ここの縁側閉めるね。勝手に家に入るんじゃないわよ」


 失礼な。なんて言葉は小娘に届くことはなく、その言葉を最後に窓を閉められた。しばらくすると玄関の方から足音がする。この娘は時間管理が下手くそなのだろうか?


「猫には分からないことばかりだな」


 私には関係ないことだし興味もないが。

 さて、今日もあの草むらでのんびりしよう。


 トラが飼い猫になってから、トラがいた場所で縄張り争いが始まりつつあった。自分はこれ以上縄張りを広げるつもりはないが、何となく興味が湧いたのでトラの縄張りを見てみるが、特段相打ちになるような喧嘩になっていないらしい。

 もうこの周辺の猫もそこそこ老いてきているからなのだろうか。全く、この辺の猫も消極的になったものだな。いや、それを言うなら私もそうか。


「そう言えば姐さんはトラ兄さんとどういったご関係だったんですか?昔こそ喧嘩をよくしてたらしいじゃないですかぁ」


 数年前飼い猫になったメスが私の近くにやってきた。

 彼女は野良だった時はかなりたくましい性格だったが、飼い主ができてからは毛並みもかなり整えられている。

 それに飼い猫になっても放し飼いが常のようなので、彼女とはたまに話すことがあるが相変わらずのじゃじゃ馬ぶりだ。


「お前らが考えているほどの仲ではないぞ」

「えー気になるぅ。そう言えば。聞いてます?姐さんのいつもいる空き地、持ち主が売り払うんですって。またうるさくなるのは厄介ですねぇ」

「あの老婆が持っていた土地だしもう寿命らしい。仕方ないな」

「私も飼い主から家から出るなって言われてるんですよ。さびしくなりますねぇ。姐さんはこれからどうするんですか?」

「どうもしない。また別の死に場所を探すだけだ」


 今更古いですよぉと言われたがそれは私の勝手である。私は猫らしく死ぬだけだ。



「ほら、今日の分」

『結局カリカリだけか』


 思わずため息が出る。チュールが出るならカリカリでもいいと思っていたから要望したのに、結局通じなかったらしい。


「チュール?あれ猫にとって食べ過ぎはよくないらしいよ。おやつならいいけど、どうせ他の人から貰ってるんでしょ?」

『将来の健康なんかどうでもいいわ!今食べたいから食べるのが生き物の本能だろう!』

「知るか!私だって考えて餌をあげてるんだから。さっさと食べなさい」


 仕方ないなと私はカリカリを食べた。本当にあの老婆は帰ってこないらしい。


『そう言えば、あの空き地なくなるらしいな』

「よく知ってるね。おばあちゃんが死ぬ前に売り払うことにしたんだ」

『小娘がそうしたのか?』


 子供が生める歳なのに人間から見ればまだ尻の青い子供のはずだ。子供にはできることに制限があると聞くが、もしかして意外としっかりしているのか?


「おばあちゃん、家族が私しかいなんだよ。私の両親は事故で死んだから」

『ほう。ならあの老婆が死ねばお前は一人で生きるのか』


 野良猫ではよくある話だが、人間は子供に対して過保護な生き物だ。そうなるとしばらくは難儀するんだろう。知らないが。


「そうだよ。高校を卒業したら就職する。でも大丈夫。それについてはあんたに感謝しないとかもね」

『私は何もしてないぞ。お前に狩りの仕方も教えたことはなければ、喧嘩の仕方も教えたこともない』

「人間と猫は違うでしょ。あ、庭にあった寝床新しくしておいたよ。箱、かなりボロボロだったし」


 私はぎょっとした。昨日は面倒くさそうだった癖にどういう風の吹き回しなのだ。

 睨みつけると今度は小娘がぎょっとした。


「どうしたの、もしかしてあの箱お気に入りだった?」

『……小娘。お前は私のことが嫌いじゃないのか?』

「別に嫌いじゃないよ。可愛げはないけど」

『一言多い』


 可愛げがないのはお前の方ではないか。そう思いながら入った寝床は前のよりすきま風が多かったが、毛布はとてもふかふかだった。別に小娘のことが気に入ったわけではない。

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