3.昔はライバルとも言われていたが

 また猫がやってきたらしい。

 私の目が覚めると目つきの悪い長毛猫が私の目の前に座っていた。今日は私の元に訪れる猫が多いな。


「よう、三毛。相変わらずだな」

「貴様こそ、その面は相変わらずだな」


 ご挨拶程度に顔を舐められるので私も舐め返す。

 どうやら玉無しになっても女たらしなのは相変わらずらしい。いい加減自分の歳を考えるべきだろうに。


「玉がなくなってもこの顔は変わらねえよ」


 自虐している。玉を取られたのはもう五年も前だったと思っていたのだがまだ引きづっているのか。


「それで私になんの用だ?」

「人間に勧誘されてな。飼い猫になることにした」


 あのトラが人間に飼われようとするなんて珍しいこともあるなと関心する。

 まぁこの猫も私と同じくらい生きている。飼い猫になれば雨風しのげる場所で毎日食事がとれるのだ。長く生きたいと思うならそうなのだろう。


「だから挨拶にきた。今生の別れっていうやつだ。だが、あの人間は他にも元野良を匿っているから一匹二匹増えようが問題ないだろう。むしろ歓迎すると思う。だから……」


 あーだいたいこいつが言いたいことは分かった。相変わらずぶっきらぼうなオスである。そんな奴がよくもまあたくさんのメスをたぶらかしたものだ。いや、それが他のメスにとって魅力的なのだろうか?昔から顔見知りだからなのか、未だにこいつの魅力がよく分からん。

 だが彼への返事は前から決まっていた。


「私が人間の下で生きるのを嫌っているのは知っているだろう?」

「念の為の確認だ。俺たちもいい歳だ。俺は十分子供をこさえたし、暴れまくった。お前が居なければ俺はこの辺りでは主になっていたが、それはもういいさ」

「主の座はもうお前に譲っただろう?」


 そうだ。自分はもうずっと集会には来ていない。昔こそは取り仕切っていたが、猫も玉無しが増えたり、人間に捨てられる猫も減ったから自分が取り仕切る必要がないと思ったのだ。

 むしろトラの方がその辺の素質がある。だがトラは舌打ちをして不満そうな顔をした。


「それでも他の猫はお前ばかり慕ってやがる」

「私を邪険にしておきながら、一緒に同じ家で暮らしたいと?」

「……それもまた一興だろう。これからは縄張り争いもなくなり、雨風から逃れる場所を探す必要もないんだ。隠居生活にはもってこいだろう」


 私がこの地域に来てからたくさんいた猫も今では減ってしまい、この地域の最年長は私たちになってしまった。

 この猫とも一時期は共に暮らしたことがあるが、私は単独行動を選んだ。ボス猫と呼ばれる立場であるにも関わらず長いこと集会にも行っていない。

 きっとボス猫と人間から呼ばれるのは自分が甲斐甲斐しく他の猫を可愛がっていたからだろう。トラの言う通り今も尚他の猫が私を慕ってくれるのは昔の恩義があるからだ。


「断る。私の死に場所はもう決めてる。長生きするつもりもない」


 その言葉にトラは仕方ないという顔をした。諦めてくれたらしい。そしてトラは私の背中を舐め始める。

 私のような猫を毛繕いするオス猫なんてトラくらいだ。だから私は彼の行動を甘んじて受けていた。これで私を毛繕いしてくれる猫は誰もいなくなるのか。


「……では、達者でな」

「お互いにな」


 また一匹、野良猫が減った。生きるためなら当然の選択だろう。私も特にあの人間の老婆には子猫の時から世話になっているが、あの老婆の元で生活するつもりはなかった。

 あの老婆は私を迎え入れてくれたが離れることも許してくれた。首輪を付けることもしないから私はそれにずっと甘んじている。

 きっと私が訪れなくなったら悲しむのだろう。人間は死を恐れる生き物だ。別に私たちが死を恐れないというわけではないが、人間のように墓を作ったりすることはない。私のような猫は死ねば土に還る。それだけだ。

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