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小鳩かもめ

プロローグ

 天は少年に二物を与えた。

 一つはボールを早く投げられる才能。

 一つはボールを遠くに飛ばせる才能。

 彼の名将もこの二つは天から授かる才能だと言った。


 当然、少年には注目が集まった。

 天才という陳腐な言葉で表したくはないが、天才という言葉以外が出てこない。

 中学一年生で全国優勝を果たしたチームのエースで四番という才能に大人たちは賛辞を惜しまなかった。

 少年も期待されることを意気に感じ、チームの勝利を誰よりも喜んだ。

 それがいけなかった。

 中学二年生の全国大会決勝。少年の肘は無理が祟ったのか悲鳴を上げた。幸い、野球を辞めなければいけないほどの重症にはならなかったが、今まで通り投げることも打つこともできなくはなった。チームは圧勝で全国大会を制したが、大人たちが喜ぶことはなかった。

 少年は怪我をした後も野球を続けたが今までの輝きがなくなったと、大人たちは口々に批判をし始める。

 それでも少年は尊敬できる指導者、絆を作れた仲間たちと野球ができるだけで満足だった。

 しかし、大人たちはそれを許してくれなかった。

 監督には少年を壊したというレッテルが貼られ、仲間たちにも少年の力になれなかった無能という烙印が押された。

 少年はその批判をなんとかしようと、自分はまだまだできるところを見せようとした。

 その結果、中学生最後の全国大会も優勝を果たしたが、チームの面々に笑顔はなかった。もちろん、少年たちは喜びを爆発させたかったがその感情を見せることを大人たちは良しとしなかった。結局、少年の輝きは戻らなかったという評価だけが残った。

 それは三連覇を果たしたチームに投げかけられる言葉ではない。

「すまんかった」

 大勢の大人の前で監督は少年に頭を下げた。少年はそんな姿を見たくはなかったが、周りがそれを許してくれなかった。

 その結果をとって、監督は職を辞した。

 少年の気持ちはその瞬間、折れた。

 もう野球はしない。

 監督が辞表を出した翌日、少年はチームメートを前に宣言した。

 仲間たちは少年を引き留めたい気持ちにかられるが、なにも言えなかった。今の彼になにか言ってもより意固地になってしまうだろうと知っていた。

 少年は監督に進路のことはなにも伝えなかった。

 言えば引き留められるのは目に見えている。けれど、自分が野球を続ける限り、監督は心無い大人から責められることも分かっていた。

 早熟の天才は人知れず表舞台から消えていくはずだった。

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