第102話 報復

第102話 報復


「指先に火を灯す魔法....作用したね」


 ニーナが優しい声で呟く。魔力が無くなったと言っていたデンケンの身体にまだ魔法が使える量の魔法があり、休まなくても良いことが発覚した。



 あまり大きな火でないのにも関わらずバツが悪いのかデンケンの額からはダラダラと汗が滴っていた。



 少し放っておけば部屋の中に小さな水たまりができてしまうのではないかと思えるほどの勢いだった。


「いやでも、これで完全に無くなったかもしれないしなぁ....」


「魔力を火じゃなくて、一歩手前の熱に変換すれば少ない力でできるよね? 」


「うん....。髪の毛を乾かすぐらいならそれで充分....」


どうにか雑用を回避しようとしてみるも、ジルとニーナに論破されてしまう。


「ってか、この火いつまで燃えてるんだ?」


「首を縦に振るまで。別に休んでいても良いけど、休んだら逆に死ぬよ? 良いの?」



 淡々とジルがそう呟く。


「冗談じゃない! 手伝うから今すぐやめて!!」


「もう少しなら、別に問題ないのに....」


 名残惜しそうにニーナが掲げていた手を下ろし、肩を落とす。


「じゃあ、先ずは部屋を温める。空気を攪拌するから燃焼で部屋の温度を上げて」


「はいはい、分かりました」



 キノが言った通りのことを渋々と実行する。


 手のひらを開き不規則に魔力を放出し、それを火の属性に変換する。熱が放たれるが、火が付くほどではない。


「デンケンは簡単で良いね。こっちは少し複雑だよ」


 ジルの掌に白い文字が浮かびあがる。体内で形取ったら魔力を浮かび上がらせてそれ自体を風になるように変換する。


 肌に触れると優しく解れる温風が部屋の中に吹く。


「暖かい....!」


「ほっこりする」


「お風呂みたい」


 優しい言葉が自然と溢れ出す。


「髪の毛が濡れてると....風邪ひいちゃうし、小さい子も湯冷めしやすい....もう少しだから、みんな...頑張ろ?」


『『『はい!』』』


 ニーナのおっとりとしたゆっくりな声に元気よく子供達が返事を返す。


「あーあ、もう少しで休めそうだったのに余計なことしてくれやがって....。ここに来た時なんて全く使えなかったのにな....」


「火の魔力の扱いを教えてくれた先生が良かったから....。それに、迷ってる時は無理にでも背中を押せって教わった....」


「背中じゃなくてケツだけどな!! 痛い!痛い!」


「ニーナがケツなんて下品な言葉使うわけないでしょ!? あんたは口が下品すぎる!!」


 惚けるデンケンの頬を魔力を出していない右指で思い切りつねり、ジルが引っ張っていた。


「ねぇ?私は?」



 回復術師の髪の毛を乾かすのを手伝っていたヒトミが元気よく遠くから興味津々に聞く。


「勿論....私の先生だよ....? ヒトミは繊細さの先生....」


「....そう」


 そっぽを向き、再び手を動かす。あまり喜んでいないように見えるが、顔がダルンダルンに緩み、ニカニカにやけていた。


 ニーナの首からは小指の第一関節ほどのジンジャークッキーのような土でできたゴーレムが部屋中に散らばり、数少ない櫛を必要な人に受け渡していた。


 それが生まれるペースも早くなっており、耳まで赤くして嬉しさが文字通り周りに広がっていた。


 その溶け出した気持ちが部屋の雰囲気を暖める。


「ここは大丈夫そうだから、姉ちゃん達は風呂に入ってきなよ? 温め直してきたから....」


「ありがとう、リヒター」


 無表情ながらも、僅かに笑みが宿る。部屋をわざわざ抜け出し温め直しに行ってくれたリヒターの頭をキノが優しくクシャクシャと撫でる。


「撫でてる暇あるなら早く入ってきなよ? 頭を撫でる手が冷てぇ」


「そうするつもりだから....。エナも一緒に来る?」


「え!!? 一緒に!?」


 全く考えもしなかった想定外の言葉に取り乱す。


「何慌ててるの? エナも冷たいから風邪ひく。昔は一緒だったじゃん。それに今は女同士だし....」


「え!! ああ! そうだよね!! 風邪引くよね!」


 キノの手がエナの頬に触れ、顔を近づける。中性的な顔立ちで、美形でありながら美女の要素も併せ持つキノの表情にドキドキしながらも平静を保とうとする。


「変なエナ。いくよ?」


「いってらっしゃい」


 キノがエナを引っ張って行き、それをリヒターが見守る。廊下の通路を曲がり姿が見えなくなる。


 部屋の中を覗き込み、全員が忙しそうに動いているのを確認すると、廊下でキノに撫でられた頭を自分でもう一度自分で撫でる。


「ヘヘッ」


「リヒター!! 何やってんの? 早くこっちを手伝っって!!」


「あ、ああ! 今行く」


 今のを見られたのかと、身体を大きくビクンと震わせ、平静を装って急いで部屋の奥へと入る。



 部屋の中で忙しそうにしている上中からは廊下は見えない。しかし、もしかしたらという思いがあった。



 回復術師の大きな子供と、孤児院の小さな子供たち。それに加えて少しだけ大人びた子供でも大人でもない子達の生活が始まっていく。



 その生活は今後どうなるのか分からない。苦しいものや大変なものになるかもしれない。



 だが、それを乗り越えられるだけの強さがここにはあると見ただけで分かる。それをひっそりと噛み締めたのはキノであった。

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