第26話 夢と神隠し

第26話 夢と神隠し


「もう、嫌だ。今まで私は灯りを出したり遠くから敵を攻撃するだけで良くて命の危険なんてなかった」


 いつもとは180度態度が異なるあまりにも弱々しいその姿に一同は驚きを隠せない。


「今日...もしかしたら死んじゃうかもしれないって思ったら身体がこわばって動けなくなった...ユエルに殴られても...真実味がなかったのに暫くして身体の芯まで怖くなって手がガタガタ震えるの...もう!こんな所に居たくない!」


 膝上までの魔導服の下に毛布を掛け、膝を囲うように小さくなりガタガタと小刻みに震えていた。人と言うよりも小動物と形容した方がしっくりくる。いつものような偉ぶった様子は微塵も感じられない。


「こんな所でそれを言った所で...金、名声、地位を求めて冒険者になったんだ。こんな所で泣き言を言ったって...」


 強い口調で叱責する様にリーダーが責めるのだが、その気も直ぐに失せる。


「ごめんなさい。プルエアさんは強い女性だと思っていました。でも、本当は誰よりも繊細で女の子らしい人だったんですね。さっきは殴ったりしてごめんなさい」


 ぎゅっとプルエアを抱きしめ、自分の心の内をユエルがゆっくりと話す。互いの鼓動が伝わってくるほど強く抱きしめる。最初は何をされて居るのか分からないプルエアの大きな瞳から大粒の涙が流れた。


 堰き止められていた涙が川の流れのようにとどまる事を知らずにどんどんと流れて頬を伝う。凍った心を溶かすようにに涙が止まらない。


 顔が皺くちゃになり、力一杯ユエルを抱きしめる。お転婆な妹を、慈悲深い姉が宥めるという言葉が似合う。


 我慢していた嗚咽が出てきて力の限り泣きじゃくる。


「沢山泣いてスッキリして下さいね。それからのことはまた後で考えましょう?」


「うん...!うん!分かった」


 怒られた後の子供のように短い返事を繰り返す。嫌なこともこれからの不安が洗い出たのか鉛のような心が軽くなっていくのを感じる。


「落ち着きましたか?」


「うん。ありがとう。だいぶ落ち着いた」


 毛布を身体に掛けてユエルから受け渡されたスープに口を付ける。


 豚の腿肉に強烈な程の塩を振りそのままリンゴの木を燻して燻製にする。そのままではじゃりじゃりしており辛くて食べられない。ぶつ切りにして沸騰したお湯に入れるだけで即席のスープになる。


 決して貴族の冒険者が好んで食べるような物では無いのだが、すり減った心を満たす食事としてはこれ以上もってこいの簡素な食事はない。


「これから、お前はどうするんだ?」


 挑発的な質問をガジンが何の躊躇もなく聞く。


「分からない」


「別に分からなくてもいいじゃないですか。冒険者は文字通り自由です。このダンジョンから出たら冒険者を辞めるのも良いし、続けてもいい。産まれながらの貴族ですし下々の人を導くのも良いでしょう』


 教会出身者らしい教えを優しくプルエアに説く。ガジンのように責める口調ではないものの、捉え方によっては冒険者を辞めろという風にも聞こえなくもない。


「取り敢えずは、魔法使いとして経験を積みたい。それでその後の事を決める」


「お前が自分でそう決めたならそれを尊重しよう。大公になると言う果てしない夢。それを諦めるのもまた勇気だ」


「ありがとう、リーダー」


 漸く落ち着きを取り戻し、薄く笑みを浮かべる。


「さてと、今の状況を整理しようか。各々食事を楽しみながら聞いてくれ」


 四隅でスープと葡萄ジュースを飲みながらその話に耳を傾ける。


「今回はダンジョン踏破者からダンジョンの所有権を上書きするためにこのダンジョンに挑んだ。情報では、最深部まで通路が一本化されており、魔物も通路を隔てて閉じ込めてあり楽に攻略できるとの情報だ。しかし、今回イレギュラーなことが起こった」


「罠が仕掛けられいた。絶対、踏破者が仕掛けたんだ。俺たちを殺すためにな」


 苦虫を噛み潰したようにガジンが口を酸っぱくする。


「何の為にだ?踏破者は所有者が上書きする事によって冒険者としての信頼を得ることもできる。罠を仕掛けるメリットがないからな」


「でも、そしたら何の為に?それに私の『探査』の魔法が見つけられなかったのは何でなの?」


「その答えはこれだ」


 手にはガラガラと骨の破片が握られて居る。さっき壊したクロスボウだ。


「何ですかそれ?魔物の骨?しかも、眼球がついてる?」


「流石はプリースト。生物に詳しいな」


「復元してみましょう」


 バックパック型のマジックバックから白い宝石のついた茶色い錫杖と古ぼけた聖典らしき本を取り出す。


「ああ。頼む」


 杖を振りかざし、聖典の一部を唱える。部屋を照らすのと同じ光が杖から溢れ出し見る見るうちに原型を取り戻す。


「凄い。私とは大違いな精密な魔力コントロール」


「聖典を使って行う光の魔力で行う治療魔法はそのものが持つ回復力を高める強化に依存していますのでこれぐらいは朝飯前です。プルエアさんも綺麗な魔力の使い方ですので簡単な治癒魔法を直ぐに使えますよ」


 聖典の一部を読んでくださいと言わんばかりに破って渡す。


「これが原型だ。一見、クロスボウで罠に近いが目がありどちらかといえば魔物に近いが魔力が弱い。だからセンサーを抜けたのではないかと思っている」


「この先、こんな魔物がまだ潜んでるって言うのか?流石に鎧を強化して修復してももたないぞ?」


 ゲルドの言葉にガジンが不満を溢す。


「強化して修復?」


 その言葉にユエルが興味を惹かれる。


「俺たち、戦士の職業はアタッカーからタンクまで幅広く分かれて居るが、使う魔法は基本魔法の『強化』から派生した職業魔法で何かを代償に何かを強くする魔法だ。例えば、穴が空いた鎧でもこんな風に他の部分の耐久性を代償に穴を塞ぐ事もできる」


「なるほど。中々興味深いですね。じゃあ、ひしゃげた鍋の蓋なんかも?」


「勿論治せる」


 ゲルドが蓋を手に取ると右手に魔力を込め、見る見るうちに形を直して行った。


「戦闘の際は鎧の耐久性を代償に防御力を一時的に上げ、獲物の耐久性を代償に攻撃力を一時的に上げたりする。それが俺たちの戦闘スタイルだ!」


 鎧の修復を終えたガジンが胸を叩き誇る。


「でも、それだとこの先...」


「それは大丈夫。『残穢』魔法で使い魔と視覚を共有して最深部まで魔物やその痕跡はないか今見てるけど、この後は何もいないみたい」


 プルエアは右手で右目を覆い、視覚を共有している。


「使い魔の使役って、高レベル魔術じゃないですか!?できるんですか?」


「え!?うん。あんまり複雑なやつはできないけど、簡単な構造のやつならね。これのおかげで、私自身の探索能力が低いのかもしれないけど....」


 さっきとは異なる羨望の眼差しを向けられ多少困惑する。しかし、決してそれに胡座をかくことはなく自虐を言い放ち、自分の心を戒める。


「まぁ、新種の魔物を見つけたと言う事だ。幸い、探査と探知の両方を発動すれば穴はない。これから先はいつもと同じダンジョンだと思って進む。付いてこい」


 その自信たっぷりの一言に三人が惹かれる様についていく。


 誰か一人が消えるとはまだ誰も夢にも思わない。


 四人が去った部屋、急に黒い外套を着た一人が姿を表す。


「新種の魔物とか言って馬鹿なんじゃない?」


 魔物の骨で作ったクロスボウの破片を拾い上げ、中の自分の魔力で編んだ糸を引っ張り出し、体に吸収する。

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