第2話 転生

やけ酒をした後、目が覚めると知らないところに居た。

そして、声をかけてきた美しい女性。


淡い緑がかった美しい瞳と髪。

純白の衣から垣間見える細く長い脚。

そして大きな胸。


見惚れるなと言う方が無理だ。


「女神様……?」


あまりの美しさに思わず言葉が漏れた。

直感でそう思った。

そして、不思議と間違っているとは思わなかった。


女性はゆっくりと頷き、話し始めた。


「初めまして。私はエマーテル。あなたの言う『女神様』という存在で間違いありません」


見た目だけでなく声も美しい。

なぜだか疲れが抜けていくような、心が温かくなるような不思議な声だ。


そんなことを考えているとエマーテルと名乗る女神は言葉を続けた。


「今私が管理している世界を救うために、あなたの力を貸してほしいのです」


エマーテルによれば、地球には魔素と呼ばれるエネルギーが未使用のままで満ちているそうだ。

エマーテルが管理している『テルセニア』という地球ではない別の世界にへ転生させることで、地球の魔素をテルセニアに送ることができるという。


「ん?転生?私は死んだんですか?」


「はい。慣れないお酒を飲み過ぎて……。急性アルコール中毒となり、そのまま……」


悔しさと驚きが混ざり合い、感情が大爆発を起こす。

いったい精神を安定させるのに何分かかっただのだろうか。


「すみません。取り乱してしまいました。もう大丈夫です」


自分には失うものはないという事を思い出し、復讐心よりも、これからの幸せを考えようと切り替えることができた。


「な、なぜ私なんですか……?」


もっと優れた人間が居たはずだ。

そう思い女神に尋ねた。


「それは健康で忍耐力が異常に高かったからです」


「なるほど……。って、そこ?」


美しい顔立ちで美しい声。

それに惑わされて一瞬納得しかけてしまった。


たしかに、風邪を引いた記憶がないほどに健康体だ。

アレルギーも何もない。


忍耐力と言えば、過酷な生い立ちと超絶ブラック企業と、劣悪な家族関係で鍛え上げられたので、自信はあると言えばある。

しかし、まさかこんな形で報われるとは思っても見なかった。


「ほ、本当に私は生まれ変われるのですか……?」


女神は静かに、品のある笑みを浮かべながら『はい』と優しい声で答えた。


その瞬間、今度は歓喜で感情が大爆発した。


「よぉっしゃぁぁぁぁ!神様!ありがとうございまぁぁす!神様が居れば全力で殴りたいとか思っててすみませんでしたぁー!」


感謝と謝罪の言葉を口にして、跪きながらエマーテルの手を握る。


するとエマーテルは困惑したような、少し合われる無用な表情で『この世界の神はずさんなのでご苦労されたでしょうね』と口にした。


エマーテルによれば、様々な世界が存在し、各世界に『神様』という立場の者がおり、管理者の様な役割を担っているそうだ。


中でもまことが住んでいた次元を管理している者は、ずさん極まりない者だったそうだ。


「管理を怠ったせいで恐竜を絶滅させてしまったり……。ほんともう手が付けられなくて……」


クソ神様にもほどがある。

そいつが救済措置を一切しないため、幸福よりも不幸が多く、争いも多いのだという。


「私の管理するテルセニアが幸せばかりというわけではありませんし、発展途上ではありますが、あなたにとっては過ごしやすい世界かと思います」


聞けば、まことが学生時代にドハマりしたオンラインゲームの仕様に極めて近く、剣と魔法のファンタジー溢れる世界だという。


涙を流しながら、心からガッツボーズをした。


「ご、ご同意いただけたようでなによりです」


まことの言葉にならない返事は、エマーテルに深く伝わった。


「で、では転生に際して、特典として加護を3つ選んでいただけます」


エマーテルがそう言うと、オンラインゲームでよく見たメニュー画面のようなものが目の前に表示された。


怪力。魔力増大。英知。


そこには数多くの魅力的な項目が並んでいる。

ゲームで新しいキャラクターを作る時に、始めから得られる特殊効果として考えれば、どれも捨て難い。


メニュー画面に表示されている項目に指で触れれば、効果や詳細が表示された。


瞬時にオタク知識をフル回転させ、数多ある加護の中から3つを選択した。


【強運】

物事が良い方向に進みやすくなる。幸運値上昇。


【健康】

あらゆる状態異常を無効化する。


【早熟】

レベルアップやスキル取得に必要な経験値が20分の1になり、上昇率は10倍になる。


「この3つでお願いします」


オンラインゲームの知識だけではなく、今までの人生を振り返り重要だと思う順番に選択した。

エマーテルは、肯定も否定もせずに優しい笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。


「テルセニアで負う使命などはありません。ありのまま、自由に生きてください」


エルフ族やドワーフ族など様々な種族が存在する世界。

そこで人族として転生し、自由に生きて良い。

赤子からやり直すのは勘弁してほしいと伝えると、15歳程度の青年として体を用意してくれることになった。


「知識や加護で僕が世界に悪い影響を与えるかもしれませんよ?」


まことがそう言うとエマーテルは『私はあなたを信じています』とだけ口にした。


そう言われてしまっては悪いことはできない。

『信じている』と言われることなど今までなかった。

なんと心を満たす言葉なんだと感動した。


元々悪さをする気はないが、エマーテルを裏切ることはしないと心に誓った。


「あと、一つだけ我儘を言わせてください。可能であれば人里離れた自然溢れる所で静かに暮らしたいのですが……」


妻と結婚し、子供が生まれる前に家を買った。

本当は少し田舎に買いたかったが、妻に押し切られ、都会に家を買ったのが心残りだったのだ。


「可能です。基本的な装備も用意しておきますのでご安心を」


エマーテルが手をかざすと、優しく温かい光がまことを包む。


転生が始まる。


「神という立場から、不平等をするわけにはいきません。ですのでこれは私の独り言です。前世でご苦労された分、次は幸福溢れるものとなりますように……」


かすかに聞こえた言葉に涙を流し、小さく『ありがとうございます』とつぶやいた。


そんな温もりのある言葉を聞く日が来るとは思わなかった。

このまま激務の職場と、冷めきった家庭との往復で人生が終わると思っていた。


もう縛られない。

後悔を残さない。

二度目の人生を謳歌する。

異世界で最高に自由気ままなスローライフを送ってやる。


そう誓った。

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