第28話「ボス攻略の準備」

「──というわけで、ボス討伐を手伝ってほしいんだ」


 翌日のお昼時間。

 食堂の隅っこを陣取ったボクは、優奈と龍華に今度の土曜で行う特殊なボス戦の話をした。


 最初は二人とも驚いていたけど、最後まで話をする頃にはいつもの調子に戻った。


「バグに侵されたボス戦とか面白そうじゃない、よろこんで私も参戦するわ!」


「ベータ版ではいなかった特殊個体とか腕がなるぜ。しかも沙耶さん達トップクラスと組むんだろ、これにワクワクしないゲーマーはいないだろ!」


 快く引き受けてくれて、少しだけホッとする。

 二人とも初等部の時から一緒にゲームをする仲で、そのプレイヤースキルは自分と同等。

 息の合った連携で戦う彼女達は、ベータ版の時に周りからこう呼ばれていた。


 ──〈双天の能天使ツイン・エクスシーア〉と。


 第三層のメイン武器を持つ二人は、心強いなんてもんじゃない。

 現在高校一年生の中で、間違いなく最強の戦力だ。


「ありがとう。ボクは昨日〈セラフ・ブレット〉をレベル2に強化した時にレベル17になったんだけど、二人のレベルは今どんな感じ?」


「二人とも18よ。DPはカンスト済で、今日か明日にレベルもカンストする予定かしら」


「レベルよりも防具が心もとないな。今のところ節約のために店売りを使っているけど、ボスとやりあうなら第一層で入手できる最上品にしたい。じゃないと一回のミスで即死しそうだ」


「そういえば龍華は、盾と剣を引き継ぎに選んだんだよね。……ボクも買ったばかりだけど、ケンタウロスに挑むなら流石に更新しないと不味いかなぁ」


「私も引き継ぎに選んだのは杖と指輪だから、ケンタウロスの攻撃に一回は耐えられる強力な防具が必要だわ……」


 何の因果か三人揃って、同じ防具の問題に突き当たるとは。

 敵からドロップする高性能の装備はないので、必然と上の装備を求めるのならオーダーメイドになる。


 ということは素材と資金は必用、迅速に行動をしなければ間に合わないかも知れない。

 5日間で揃えるのなら自分が集めている〈エレメンタル・メタル〉と同様に、ギルドでは入手できない情報を頼りにする必要があるだろう。


「またドワーフ店主さんを頼るしかないかな」


「お、裏クエストか。確かにそれなら良い素材か装備の情報を得られそうだな」


「ということはノースエリアに集まれば良いのね」


「うん、全員今日はノースエリアの道具店に集合でお願い」







 下校した後に家事を済ませ、ボクは〈ディバイン・ワールド〉にログインする。


「不味い不味い、シチュー作ってたら30分も遅れちゃったよ!」


「メター?」


「鉄片でシチュー作ってほしいって? 残念だけど鉄を調理するスキルは無いんじゃないかな……」


「めたぁぁぁ……」


 残念そうな顔をするメタちゃんを抱えて、宿屋を飛び出すと道具屋に急ぐ。

 最短ルートで店に到着すると、そこには既に熟練のオーラを纏う騎士リッカと神官ユウが立っていた。


 リッカは龍華のPN。

 赤いマントを羽織った西洋鎧のフル装備。

 左手にはユニーク装備〈アイギスの盾〉を身に着けて腰には第三層の素材で作った白銀の剣を下げている。


 その姿は正しく王道の騎士。

 今は非戦闘状態なので頭部の鎧は解除して、ワイルドイケメンな顔を晒していた。


 隣にいるお姫様みたいな神官の金髪少女、ユウは優奈のPNだった。

 右手にはヘビをモチーフにしたユニーク装備〈アスクレピオスの杖〉が握られ、第三層で入手できる素材から作られた水色を基調とした巫女衣装を身に纏っている。


 遠目から見ると、どう考えても姫とそれを守る騎士にしか見えない。

 道を歩くプレイヤー達も、目立つ二人の組み合わせに綺麗な二度見をして通り去っていく。


 盛大に遅刻をしてしまったボクは、目の前で足を止めて頭を九十度の角度に下げた。


「お、遅れてごめんなさい!」


「んー、家事やってたんだろ気にすんな」


「週に二回しか家事を手伝わない私と違って、シエルは毎日してるんだから気にしないで」


「オレなんて一回もやった事ないからな!」


「ドヤ顔でいう事じゃないわよ、リッカ……」


 親指を立てて誇らしげな顔をするリッカに、ユウは呆れ顔で軽く小突いた。

 昔から家事の類が大の苦手な彼女、キッチンに立つとダークマターを作る事から母親には出禁にされていると聞いた事があった。


「で、今日の夕飯なに作ったんだ」


「シチューだよ、お肉とかお野菜とかいっぱい入れた具沢山。それにフランスパンを焼くだけにして、後はしっとり仕上げたローストビーフとサラダも作ってきたんだ」


「今日のゲームプレイが終ったら泊まりに行って良いか?」


「ちょっと、リッカが行くなら私も行くわよ!」


「残念だけどシース姉さんの分しか作らなかったから、終わったころには残ってないんじゃないかな……」


「「そんなぁ……」」


 揃って肩を落とす親友達に、ボクはパーティー申請を出しながらやれやれと力なく笑った。

 それから気を取り直して、道具屋の年季の入った扉を開いて先に中に入る。


 相変わらず品数豊富な店内のレジには、いつものように店主のドワーフが新聞のような紙の束を開いて睨めっこをしていた。

 実に話しかけ辛い雰囲気だが、ボクはいつものように〈セラフのペン〉を5本取り彼女に近づく。


「ドワーフ店主さん、これ下さい」


「……んあ? お嬢ちゃんもう使い潰したのか、こんな短期間で何十本も購入する〈ガンブレイダー〉は聞いた事ねぇぞ」


「それに関しては企業機密です。それよりも購入ついでに聞きたい事があるんですけど良いですか」


「今度はなんだ、金属の情報ならアレで全部だぞ。あとは俺の友人が持ち込んだロクなもんしかない」


「それでも全然構いません、全部教えてください」


 後ろで事の成り行きを見守っている二人を見て、ドワーフ店主は何か察したのだろう。

 ちょっと待ってくれ、と呟きながら紙の束を置き古い手帳を開いた。


 パーティーリーダーのボクの前に、いくつか情報が開示される。

 どれも言っていた通り彼女の知人が持ち込んできた情報で、なにやらガーディアンに関する調査記録みたいなものが多かった。


「うーん、ドワーフ店主さんの友人さんは、このダンジョンに出現するガーディアンについて調べていたんですか?」


「ああ、そうだ。結局〈ガンブレイダー〉から〈錬金術師〉になったアイツは、ある日都市が滅んだ原因はボスだけじゃないとか言い出して、ずっと奴等の事を調べていたんだ。それで3年前にファーストエリアの調査をすると安全エリアを出たっきり帰ってこなくなった」


「それってつまり……」


「ふん、気にするな。この街に住む奴等は安全エリアの外に出る時、必ず生きて帰れるとは思っていない。特にあのバカは危険なファーストエリアに行ったんだ、自業自得ってやつさ」


「ドワーフ店主さん……」


「おっと、しんみりさせちまったな。せっかくの冒険に水を差して悪かった。お詫びと言っては何だが、オマエさんにアイツが最後にいなくなる前に置いていったコレをやるよ」


 そう言って彼女がくれたのは、見た事がない銀色の宝玉。

 更にファーストエリアの隠しダンジョンの場所が記載された、ベータ版では存在しないクエストが発生する。


 クエスト名は──『秘匿されし地下』だった。


 

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