第16話「塔にお出かけ」
平日の朝にくらべて、休日は1時間くらい起床が遅くなる。
普段6時頃に起床するボクは、土曜の今日は7時頃に目を覚ました。
少しだけ、ボーっとする時間を設ける。
頭が冴えてきたら身だしなみを整え、黒のレギンスと少し大きめのロングパーカーを着て一階に下りた。
すると沙耶姉さんとばったり会ったので、軽い挨拶を交わして今日は二人で一緒に朝食の準備をすることになった。
いつも洋食なので、本日のテーマは和食。
みそ汁は便利で美味しいインスタント食品。冷蔵庫にはサバの切り身が丁度ある、それを焼くだけのお手軽な
沙耶姉さんがフライパンを熱している隣で、水を入れた電気ケトルにスイッチを入れる。
ただ待っているのはヒマなので、ついでに自分はサラダを一品作る事にした。
「星空、〈ディバイン・ワールド〉は楽しいか?」
「え……」
キャベツを洗っていたら、従姉から突然話し掛けられてびっくりする。
昨日は家事を終えたら自室に戻ったので、アレから沙耶姉さんとは会話をしていない。
自分とのコミュニケーションを、口下手な従姉は欲しているのだと直ぐに理解する。
どう返答するか少し考えた後、ボクは素直に今の
「メタちゃんもベータ版と変わらず一緒で、弾もいっぱい作れたしすごく充実してるよ」
「使い魔は無事だったか、それは良かった」
「すごく可愛いからさ、機会があったら沙耶姉さんにも会わせてあげたいな」
「ふむ、スケジュールを空ける必要があるな」
優しい微笑みを見せてくれる従姉に、作業をしながらボクも自然と笑顔になる。
この世界は変わってしまったけど、沙耶姉さんは自分の知っている真面目で優しい従姉だ。
キャベツを千切りにしながら、一番大切な部分が変わっていない事に感謝する。
それから二人で効率よく調理を終えると料理を運ぶ。
テーブルを挟み、向かい合う形で食事をした。
話題はもちろん〈ディバイン・ワールド〉の事。
昨日あった出来事を全て語ったら、彼女は神妙な面持ちでボクに尋ねた。
「ところで星空は、活動する上で目標とかはあるか」
「うーん、活動する目的か。攻略重視はベータ版でやったからね。取り敢えず〈ガンブレイダー〉を極める事を頑張りたいかな。基本は一人で自由にやって、龍華と優奈に誘われたら一緒にしようと思ってるよ」
「本気の攻略組じゃなくて、趣味を重視したエンジョイ勢の立ち回りか。うん、私もそれが良いと思う」
「沙耶姉さんは、どんなプレイングしてるの?」
「私は仕事があるからな、程々に最前線の攻略組に混じってプレイしてるんだ。チームの二人が愉快な人達で、それなりに楽しんでるよ」
程々で最前線の攻略組とは……。
学生の頃からゲーム部で
流石はプロのスカウトを蹴って就職した沙耶姉さん、相変わらず規格外のプレイスタイルだ。
……そういえば、朝から沙耶姉さんがやたらボクを見てくる。
胸は大きめの服で分からないようにしているから、見た目では分からないと思うのだが。
こうなったらいっその事バラすか。
いや、でも朝っぱらから実は女の子になりましたなんて行ったら、従姉は気を失うかもしれない。
うーん、うーんどうしよう。
結局ウダウダ悩んでいる内に食べ終わり、言うタイミングを逃してしまう。
仕方ない、今は友人達との約束が最優先だ。
準備を整えるとボクは、待ち合わせ場所に向かうために家を出発した。
中央区にはバスで向かう。
歩いて行けない距離ではないけど、片道で一時間以上は掛かるくらいには遠い。
約束していた場所にボク達は集まると、時間通りに来た中央区行きのバスに乗り込んだ。
今日は休日なので、平日よりも乗客が多い。
大人よりも若者が多く乗っているのは、中央区に殆どのお店が集中しているから。
この町に住む若者達の休日は、中央区に行くのが大体のテンプレだ。
──と言っても体力のないボクは、力尽きて周りに気を使わせてしまう。
だから休日は外ではなく、家に引きこもってゲームをする事が多かった。
かなりの時間をゲームにつぎ込んでいるので、動きに自信がある程度には廃人だ。
(〈ディバイン・ワールド〉のベータテストは、現実とゲームが逆転しそうになって、伯父さんに程々にしなさいって注意されたなぁ……)
外の景色を眺めながら、そんな楽しかった夏休みの日々を振り返る。
暖かい気温にボーッとしてると、隣の席を獲得した優奈が敗北した龍華といつもの小競り合いを始める。
相変わらず仲の良い二人だ。
指摘したらライバルだと否定されるけど、本当に嫌いだったら口なんて利かない。
勝ち誇る優奈を注意して、こめかみをピキピキさせる龍華を
三人で降りたら、長大な塔は目と鼻の先にあった。
ゲーム内で見た、汚れなき真っ白な外壁で覆われた全長百メートルの建築物。
仮想世界にあったものを、こうして間近で見上げる事になるなんて思いもしなかった。
気軽に入っていく一般の人達の後に続いて、ボク達は慎重に足を踏み入れる。
内部は先日プレイした時に見たのと同じ、中央に円形のカウンターが設置されている。
向こう側には黒を基調としたシスター服の女性達が立って、訪れる人々の対応をしていた。
だけど服を身に着けているのは、金髪碧眼の美女達ではなく黒髪で20代くらいの日本人だった。
昨日の授業で市が運営してるって習ったけど本当に町の職員がやってるんだ。
オマケにシスターの格好をしている女性達は、沙耶姉さんの知り合いで何度か会ったことがある。
こちらに気づき手を振られたので、軽く振り返しながらボクは二人に言った。
「中はゲームと同じ作りだね」
「そうね、ここからダンジョンに転移できそうな気がしちゃうわ」
「こうして実際にあるのを見ると、リアルと仮想世界の違いって全くないんだな」
確かに龍華が言う通り、塔に違和感はまったく覚えない。
中にいると、ゲームの中にいるような気がしてしまう。
三人でしばらく塔の中を観察していたら、龍華はスマートフォンを取り出した。
「オレは換金に行ってくるぞ。なんて言ったって、ここでの収入はどんな金額でも非課税らしいからな!」
「そういえば、いくら貯めたの?」
「5万くらい頑張って貯めた!」
「が、頑張ったね……」
冷静に考えて学校から帰宅した後に、ゲーム内で5万を稼ぐのはかなり大変なはず。
自分の知識から推測するに、恐らく彼女は全く寝ていないのではないか。
隣りに並んでよく観察してみると、化粧で誤魔化しているが目の下に微かにクマが出来ている事に気付く。
無茶をしたな、と少しばかり呆れてしまった。
「おはようございます、御用はなんですか?」
「換金をお願いします」
「かしこまりました。ではこちらの個人情報の照会を行いますので、お手数ですがこちらのタブレット端末に記入をお願いします」
渡された端末に必要情報を記入し、手持ちのスマートフォンに専用のアプリを入れて、面倒そうな手続きをして完了した。
昨日授業で習った〈ディバイン・ワールド〉のお金は、こちらの金額に変換する際に半額になるらしい。上限は月ごとに10万円まで、オマケに非課税だと女教師は言っていた。
5万エルを半額の2万5千円に換金した龍華は、スマートフォンに表示された数字に感動する。
「おお、すごい。この金が全店で使えるとか、控えめに言って最高だぞ!」
「お喜びいただけて幸いです。この塔と換金システムは〈世界の意思〉が、人類のダンジョン攻略を助けるためにもたらしてくれましたから」
昨日の授業によると人々から集めたエルで、塔は月に一回イベントを開くらしい。実にムダのないシステムだ。
「ボク達にはメリットしかないけど、〈世界の意思〉が求めるダンジョン攻略って、いったいなんだろう……」
つい疑問が口から出るとシスターは、笑顔を崩さずにボクの方を見た。
「世界が私達に求める十層のダンジョン攻略、その果てに何があるのかは未だ分かっていません。……その謎を解き明かすためにも、私達は挑み続けなければいけないと思っています」
十層のダンジョン、それを踏破した先にあるのは一体何なのか。
ハッキリ分かっているのは、ダンジョン攻略をするもしないも自由だという事。
シスターに礼を言うと、ボク達は塔を後にした。
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