第15話「鉄壁の変態」

 廃墟と化したビルの屋上、紫色に輝く鎧騎士が立っていた。

 日本最強のチームに所属し、今では世界中にPNを知られている有名人の彼女は〈完全防御〉ブルワーク。


 隣に立っているのは神官の格好をした少女、赤髪赤眼の〈癒しの舞姫〉ソフィアだった。

 レアな隠密効果のあるローブを纏って、有名人である二人は極力目立たないようにしている。


 少し離れた所には、2年前からダンジョン攻略に挑む日本屈指の猛者達が同じように新人達を見下ろしていた。


 彼女達の目的は才能のある者達を見出し、自身のチームにスカウトする事。

 だが毎年参入する者達の中で、基準を満たす者が出たケースはブルワークが記憶している限りほとんどない。


 最近では阿鼻叫喚あびきょうかんする若者達を観察しながら、トップチーム達が交流する場と化している。

 そんな形骸化けいがいかしつつある新人スカウトの場だが、今年はいつもと様子が違う。


 最初はモンスターに囲まれる子供達に、ブルワーク達を含め全員が「今年もダメかー」と呟いていた。

 しかしドームから一人の白髪少女が現れると、劣勢だった新人達の状況は一変した。


 彼女は見たことがないガンソードで、囲まれていたチームの突破口を切り開いた。

 更には新人達が態勢を整える時間を一人で稼ぎ、戦いの形勢を見事に覆してみせたのだ。


(ああ、なんて美しい……って不味い、美少女を見るとついよだれが)


 しかも彼女は、低確率で出現するレイドモンスター〈ホーンオックス〉に一人で立ち向かった。

 初見殺しのスタン技を避けて、そこからたった三回の反撃でボスを倒した時は見物人達から大きな歓声が上がった。


 普段新人なんてそっちのけで会話をしていた者達は、大喜びで彼女に注目している。

 容姿は幼いけど、まるで天使のように特別で神聖なオーラを纏っている白の少女。


 圧倒的な性能を誇る武器と、それに振り回されない確かな技量。

 周囲を見て冷静に戦況を立て直した判断力は、見事としか言いようがない。


 役目を終えた少女は、その場から離脱する。

 いつも全滅するのに、今年はまさかの全員生存。

 思わぬ結末に、この場にいる上位プレイヤー達は熱い思いを叫んだ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


「すげぇ、完璧にスキルを使いこなしてたぞ!?」


「もしかして噂の白髪ロリっ子ガンブレイダー! しかもメッチャ強い!」


「スカウト班に連絡取って、あの子をうちのチームに勧誘しなきゃ!」


 まるでアイドルが現れたような、大きな熱気に包まれた盛り上がり方だった。

 彼等の熱狂する姿に、無理もないとブルワークは呟く。


 最強のタンクと言われている自分ですら、思わず見入ってしまう程の華があった。

 この〈ディバイン・ワールド〉においては強さが第一であり、第二に知識、第三にビジュアルが良ければ尚良しと言われている。


 強くて判断力もある美少女なんて、この世界で放っておく人間はいないだろう。

 最前線の攻略組じゃなくとも、例の配信で注目されている彼女を看板キャラクターとして欲しがる者は沢山いるはずだ。


「……アレがベータテストに選ばれた者の実力。武器の性能を除いても、今までの者達とは段違いだな」 


「流石は〈ユニークホルダー〉の一人。あの扱いにくい職業を、何らかの固有能力で使いこなしている〈純白のガンブレイダー〉です」


「多くの者達が心折れた職業を選ぶとは、何たる変態思考。あの熱意を是非とも正面から受け止めたい……っ!」


「ちょっと黙ってもらって良いですか?」


 ゴミを見るような目をするソフィアに、ブルワークは快感に震えながら思考を巡らせた。


(……あの子が使っていた産廃職〈ガンブレイダー〉の弾丸は生産効率の問題もあるけど、それ以外にも大きな欠点が一つある)


 それはシンボルを描く際に、少しでも描きミスをしたら弾丸の品質が最低値になるペナルティの存在。

 作製する者達は、それはもう緊張して指が震えるらしい。

 大抵は10発の内2発くらい失敗すると、変わった知人から聞いた事があった。


 使っていてストレスを感じる職業など、好んで使うのは余程の変わり者か真正のドMくらいだ。

 つまりあんな綺麗な見た目をして、彼女の中身は自分と同じで変人の可能性がある。


「リーダーから提供してもらった記録情報によると新バージョンのベータテストで彼女は、たった一ヶ月で友人と三人で第二層を攻略したそうです」


「〈世界の意思〉と本人達しか知らん機密情報だと思うんだが、リーダーはどこから得たんだ。まさか知人なのか?」


「さぁ、秘密って言うばかりで教えてはくれませんでしたから」


「相変わらず謎が多い人だ。そういうミステリアスでクールな部分が、とても魅力的でアタシの性癖に刺さるんだが……」


「あのー、本当に黙ってくれませんか?」


 ソフィアの苦言を無視して、ブルワークは九死に一生を得た新人達の姿を眺める。

 大喜びする様子は、高校生という事もあり実に微笑ましい。

 この生き抜くことができた経験は、確実にこの先の冒険において彼等の力となるだろう。


「救いの天使が現れたようなもんだな」


「ふふ、あれは確実に彼女のファンになってますね」


「それに関しては、我々も同じだぞ」


 興奮のあまりお祭り騒ぎをしている同業者達を見て、ブルワークは苦笑した。

 プレイヤーの活動を妨げないように、国の法律で勧誘には制限が設けられている。


 それを考慮したとしても、かなりの数が彼女を求めて動くのは間違いない。

 今日このエリアを見るように言ったリーダーは、どうアプローチするつもりなのか。


 けして私欲ではなくチームの一員として勧誘方法を考えてると、そこで目の前にメッセージが表示された。

 送り主はリーダーからで、内容に目を通したブルワーク達は眉間にしわを寄せた。


【各リーダー達と協議した結果〈ガンブレイダー〉シエルの勧誘等は禁止する】


「……なんだって?」


「あー、やっぱりこういう展開になりましたか」


 ここにいないリーダー達は映像から、あの新人の取り合いで争いが勃発しそうだと判断したのだろう。

 本人の活動にも大変迷惑なので、こういう場合に勧誘は禁止されて保護観察対象者となる。


 トラブルを防ぐためには仕方がない事だが、こうなると此方から接触するのは全面的に禁止される。

 つまり向こうから話しかけてこない限り、見ている事しかできないのだ。


「美少女をでる事ができないなんて、あんまりだぁ!」


「ちょ、ちょっとブルワークさん!? 大声なんて出したらローブの効果が……」


 不満の雄叫びを上げた事によって、周囲の視線が何事なのかと一斉にこちらに向く。

 ローブは音声まで遮断する効果はなく、大声を上げて注目されると効果がなくなる。

 つまり隠れていた二人は、完全に周りから見えるようになった。


「「「あ、変態タンクと舞姫ちゃんだ」」」


「バレちゃったじゃないですか、ブルワークさんのバカ変態タンク!」


「すまん! つい内なる衝動をおさえきれなくて、それと──変態タンクありがとうございます!」


「ちょっと、罵られて喜ぶのは止めて下さい!」


 そんな言い合いをしている間に、彼等はあっという間にブルワーク達を包囲した。

 全員各々の武器を取り出すと大きく振りかぶり、


「「「勝負しろ変態タンクッ!」」」


「ああん? 上等だ、このストレスを貴様らにぶつけてやる」


 闇夜に殺意の目が、怪しくエメラルドの輝きを放つ。


 その数分後〈完全防御〉に挑んできた猛者達は全員倒されて、生配信を見たプレイヤー達は大いに賑わう事となった。

 

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