第3話「ゲームプレイの理由」

 テラスに出た先で待っていたのは、現実と見分けのつかない星空。

 ボロボロで頼りない手すりに寄り掛かり、ボクは地上を見下ろす。

 眼下に広がる暗い朽ちた建物の至るところでは、知り合いの〈錬金術師〉新作『七色の花火』を楽しむ同年齢で構成されたパーティーの姿が散見される。


 それはまるで地上に七色の花畑が咲いているような美しい光景。

 見惚れていると手すりに乗せている腕に、メタちゃんがピッタリ寄り添う。


 今日は最後まで一緒に過ごそうと約束を交わした彼も、輝く海の廃都市をジッと眺めていた。

 金属製のひんやりボディを堪能しながら、ボクは未だ胸の内に抱えている熱を吐き出した。


「あー、ボス戦を二人でやるの大変だった。アレで中ボスとか、大ボスはどれだけ強いんだろう」


「メタメタ~」


「え、パーティー組んでボクが後方から撃ちまくれば倒せる? あの高級品達を何度も使うとか、ボスよりも先にボクの心が砕け散るよ……」


 この夏休み期間中で何となく分かるようになった、可愛いパートナーの言葉に溜息交じりに返す。

 メタちゃんは『そっかー』と言わんばかりに、黒いまん丸の目を細めた。


 相変わらず人間と変わらない動きをする〈メタルスライム〉。

 これを世のAI開発者たちが見たら気絶するんじゃないかと思った。


 仮想世界にフルダイブを可能としたオーバーテクノロジーみたいなヘルメットを含め、この15年で人類の技術力の向上は常軌を逸していると、プログラマーの伯父が何度も口癖のように言っていたのを思い出す。


「本当に、すごい時代になったよね」


 ──全ての始まりは、現代社会の教科書にも掲載されている。


 15年前の自分が丁度生まれた年にあった、一つの大発表。

 それはハードとなるVRヘッドセットに、オフラインのアクションファンタジーゲームの発売告知。


 仮想世界の完全フルダイブを可能とした本体と、それに対応したゲームソフトは世界中の人々に衝撃を与えた。

 なんせ当時のVR技術は世界的大企業ですら視覚と聴覚の研究段階で、とても実用段階までこぎつけるレベルではなかったから。


 加えてハードとセットで3万円という破格の価格は、5万のラインが当たり前となっていた他のゲーム会社と比較して有り得ない金額だ。

 故に人々は誇大広告なのではないかと疑い、発売当初に店頭で並んだ客数は全くいなかった。


 しかし購入した者達が、


『──リアルと区別のつかないクオリティだ!』


『──本当に異世界に行ったような体験ができるぞ!』


 と大絶賛のレビューをSNSに書き込み、メディアが大々的に取り上げた事で状況は一転した。

 未だ体験した事の無い仮想世界を求め、様子見をしていた人々は店に走り棚に並んでいたVRヘッドセットは飛ぶように売れた。


 それから一年も経たずに大きな画面を見てプレイする旧時代は終わり、娯楽は仮想世界を舞台とした新時代が到来する事となった。

 VRヘッドセットは、今となってはどの家庭にも一人一台はある程に普及している。


 でもゲーマーは、娯楽に関して妥協しない。


 飽くなき心を持つゲーマー達が次に求めたのは、オフラインではなく他者とリアルタイムで喜びと感動を分かち合う事のできる


 オンラインに関しては開発費だけでなく、サーバーの維持費もバカにならない。

 余程資金に余裕のある会社でも踏み込むのは難しいと、テレビの番組で取り上げられていたのを覚えている。


 そんな状況下でVRヘッドセットを開発した会社が発表した、世界初のフルダイブ型VRMMO〈ディバイン・ワールド〉。


 世界観は科学と魔法を極めた人類がダンジョンの存在を知り、これに挑み滅んだ数万年後の話。

 生き残った人類に託されたのは、十層の広大な廃都市ダンジョンを攻略して世界の真実に至る事。

 個別ではなく誰か一人が到達する事で発生する、エンディングが用意されたオンラインファンタジーゲーム。


 ベータテストの抽選は15~16歳を対象に行われた。


 何故年齢を制限したのか理由は語られなかったが、それでも世界中の少年少女達からの応募が殺到し、もはや天文学的な倍率の中で自分と親友二人は奇跡的に選ばれた。

 一ヶ月前にベータテスト用のソフトが届いた時は、言葉ではけして言い表すことのできない感動に震えたものだ。


 当時の心境を思い出しながら景色に見入っていると、花火を楽しんだプレイヤー達は仲間達と踊りだす。

 その姿に触発された自分は、じっとしていられなくなり。


「ふふ、ボク達もいつものやろうか」


「メタイェイ~」


「じゃあ始めるよ、感謝の弾丸1万発拭き!」


 そう言って取り出したのは〈ガンブレイダー〉専用の数万発にも及ぶ大量の弾丸。

 テーブルと椅子を取り出し、城の頂上から見渡せる夜景を前にパートナーと着席する。


 準備を終えたら機嫌よく鼻歌を歌いながら、弾丸を一つ一つ丁寧に布で拭き始めた。


 メタちゃんも目がキリッとなり、綺麗に仕上げる姿は正に極めし弾丸職人って感じ。

 ぶっちゃけた話、この行為自体には何の意味もない。


 ただ気持ちを落ち着ける際には、こうするとスッキリするから。

 作業に集中しながら、放課後に告白してきた女学生の事を思い出す。


(断った時、すごくショックを受けてたの申し訳ないな。でもボクは色々と訳アリだし……)


 拭きながらお姫様のようなアバターを見下ろす。

 ネカマなんて昔から存在しているから特別珍しいモノではない。

 だけど自分が性別を変えている理由は、趣味とか面白そうだからとか、そういうものとは少し違った。


 ──小さい頃からボクは、現実の身体が男性である事に大きな違和感を抱えている。


 身体と心にズレを感じたのは、物心がついた頃からだった。

 ズボンではなくスカートを履きたいと思ったり、男女別になるときに男子のグループに入るのに違和感を覚えたり、挙げたらキリがない程に自分は昔から一貫して男性である意識を持てないでいた。


 現実で髪がセミロングヘアなのは女装をするため。

 女性よりの体格、顔立ちをしているボクはスカートを履くだけで完全に男には見えなくなる。

 鏡に映るお嬢様みたいな姿は、本当に綺麗で溜息が出てしまうほど。


(女の子になりたい、そんな願いがゲームの中で叶うなんて思わなかったな……)


 なんせこれまでリリースされたフルダイブ対応ゲームは、全てフルスキャンしたアバターを自由にカスタマイズできない仕様だった。

 例えば身長とか体格とか性別とか、そういった元の身体と違うのは現実に戻った際に大きな影響が出るからとの措置らしい。


 実際にテストで作った動物になれるフルダイブ型ゲームで、戻ってきたテストプレイヤーが一時的に二足歩行できなくなった話は有名だ。

 他にも元の身体と少し違うアバターでテストしたら、そのプレイヤーが数日間幻覚に悩まされるようになったとか。


 だから今回性別だけ変更できると聞いた時は我が耳を疑ったし、是が非でも体験したいと強く思った。

 本当に当選するとは、思わなかったけどね。


 ゲームを手に入れたボクは念願の女性アバターを獲得した。

 そして今まで感じていた、身体と心のズレは全てきれいさっぱり解消された。

 この世界にハマり気が付けば、強いプレイヤーの一人に挙げられるようになっていたのは驚きだったが。


「メタちゃんのおかげで、こうやって産廃職業の問題をクリアできたからね」


「メタ?」


 そうして付けられた二つ名は〈無限の弾丸インフィニティ・ブレット〉。


 立派な名に苦笑しながら、大切なパートナーと刻限まで弾丸を拭き続ける。


 この時間が永遠に続いたら良いのに、そんな思いを抱きながらボク達は作業に没頭した。

 

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