第2話「ガンブレイダー」
「ただいまーって、言っても誰もいないよね」
ヤオヨロズ東区の住宅街にある、二階建ての一軒家。
物心がつく前に両親が行方不明になったボクは、父親の兄である伯父に引取られて、この家に住ませてもらっている。
プログラマーの伯父は海外赴任で不在、伯母も身の回りの世話でアメリカにいった。
この家の現主は高校教員で働いている二人の娘、
両親がいなくなった理由は不明。
まるで神隠しにあったと言わんばかりに、通帳も何もかも残した状態でいなくなったらしい。
だから両親との思い出はない。
悲しい気持ちより『なにがあったんだろう』と疑問の感想しか抱けない。
それに伯父達が実の両親や姉のように接してくれたので、孤独や不安を感じる事はなかった。
むしろ初等部の時に性別のズレを白状し、三人を困らせてしまったくらいだ。
「真剣に向き合って、
この事を知っているのは、
昔に比べたら、自分と同じ悩みを受け入れる態勢は整っているらしい。
しかし親しい人達以外には、未だ公言していない。
理由は当然、ボクが臆病だから。
相変わらず情けないと、小さなため息を吐く。
自室で制服を脱ぎ、レディースのカジュアルな服に着替える。
気持を落ち着かせた後は一階に下りて、本日の洗濯や掃除等を手早く済ませた。
ルンルン鼻歌交じりで最後に得意としている中辛カレーを作った後、一人でさっさと夕食を済ませる。
未だ帰ってこない社会人の従姉に、手紙を残し自室に戻った。
「ふぅ……よし、がんばるぞ!」
気合を入れて、ヘルメット型のVR器具を頭に装着。
強い自分でいることができる仮想世界に、逃避するように意識をダイブさせた。
作られた世界で活動するためには、フルスキャンで現実の姿を再現したアバターが必要不可欠。
プログラムで構築された世界に、白い鎧ドレスを纏った少女──プレイヤーネーム『シエル』はロードされる。
選択した場所は現在の最前線にして、第三層のダンジョン。
海と廃都市がテーマの広大な地、そこに点在する大きな古城の一つにボクは足を運んだ。
最下層から最上階まで踏破するのは、自分とパートナーならば1時間も掛からない。
道中の〈サハギン〉や〈スキュラ〉などの水属性モンスター達を切り捨て、最上階の広大な王の間に座す中ボスモンスター〈ヒュドラー〉との戦いに挑む。
第三層で二番目に強いといわれている、巨大な胴体に九つの首を持つ全長10メートルの大蛇。
使用する技は主にブレスと噛みつき、厄介なのは必殺の〈アクアバースト〉と九つの頭で放つド根性ヘッドバット。
大盾持ちですら耐えることのできない大質量の頭突きは、初見の時に数多のタンクを葬った要注意技。
普通のプレイヤーならば、上限の六人で挑まなければ勝機の見えない相手だろう。
だがこの世界屈指の火力を誇る〈ガンブレイダー〉なら、ソロでも削り切れるはず。
ボクは絶景スポットをパートナーと独り占めするために、本日チャレンジする事を決めたのだ。
所持している弾丸やHP回復ポーションを多用。
実に一時間近い激戦を繰り広げた結果、ボスのHPは残り二割以下となった。
佳境にはいった勝負を決めるために、ボクは
「どうせ今日で引き継ぎに選んだもの以外は消えるんだ、それなら出し惜しみは一切しない!」
手に握るは銃と剣を複合した、白銀の銃剣ガンソード。
回転式弾倉を展開、ストレージから取り出した希少な〈エレメント・アダマンタイト〉を加工した弾丸を5発込めていく。
1発50万エルで売る事ができる自作の弾丸、これは恐らく現状で最も高価な消耗品。
指が震えるような高額アイテムを、軽いトリガーを引いて全弾消費する。
く、苦労して集めた宝物を消費する精神的苦痛がヤバい……ッ!?
弾丸を媒体にして自身に
空になった回転式弾倉に、涙目で先程と同じ弾丸を追加で5発装填。
贅沢な弾丸を連続で消費し、続いてアバターに大きな変化が生じる。
全身に纏う輝きが頭上に光輪を生成、更には背中にニ枚の天翼を展開した。
「〈セラフ・グランドブレット〉ツェーン・ブースト!」
総額500万エルのブルジョア弾丸で得たのは、恐らくこの世界で比類なき最強の力。
上位の素材で作った弾丸を使用する事で、普段使用できない最上位スキルが解禁された。
手にしたガンソードが上下にスライド展開しセフィロトの陣を展開、目の前の多頭大蛇を消し飛ばすための準備が始まる。
当然こんなヤバいスキルの発動を待つほど、ボスは無能でも案山子でもない。
スキルを使用する前に倒さんと、九つの大蛇が大口をあけて水色のエフェクトと共に圧縮した九つの水の砲撃〈アクア・ナインブラスト〉を一斉放射する。
視界を埋め尽くすほどの砲撃。まともに受けたら防御力のないこの脆弱なアバターが、一撃で消し飛んでしまうのは間違いない。
絶体絶命のピンチ、そこにメタちゃんが飛び跳ねながら前に出てきた。
「メタちゃん、お願い防いで!」
「メッター!」
サッカーボールサイズの彼は、求めに応じて巨大な障壁となる。
固有防御スキル〈メタルガード〉、しかも逆Vの字でボクを包むように壁となったメタちゃんは敵の水撃を正面から受け止めた。
並の騎士では水砲を受けきれず、盾ごと吹っ飛ばされる回避推奨の大技。
だが彼はVの字の先端で水流を切り裂き、左右に受け流すことで最後まで見事防ぎ切ってみせる。
第三層の限界レベル60でカンストした高ステータス。
この世界では一匹しかいない〈メタルスライム〉の防御値は伊達ではない。
最弱の代名詞と言われるモンスターに、最強の攻撃を防がれて〈スキュラ〉が目を大きく見張った。
「ありがとう、メタちゃん!」
敵は大技を使用した影響で、数秒間の硬直状態になる。
絶好のチャンスにボクは前に出て、敵を照準するとガンソードのトリガーに指を掛けた。
「偉大な土の元素を司る天使よ、世界創世の力を用いて我が前に立ちはだかる災厄を討ち払え」
──〈アイン・ソフ・アースバースト〉。
力を込めてトリガーを引き切る。するとガンソードの先端に展開されたセフィロトの陣が大きく輝いた。
陣の中心に生成された超高密度の魔力を込めた土属性の弾丸、それを敵に向かって射出。
セフィロトの陣によって弾速は、ゼロの状態から一気に音速すら超えていった。
「──って、反動ヤバいぃぃぃ!?」
衝撃波によってフロアが大きく震動する。
想像以上の反動でひっくり返りそうになるのを、いつの間にか背後に回っていたメタちゃんが支えてくれた。
必殺の一撃は視認すらできない速度で〈ヒュドラー〉の胴体に着弾。
石の中に圧縮された魔力が爆弾となって炸裂し、直視できない程の轟音と巨大な閃光がフロアを埋め尽くす。
正に小型の太陽が発生したような眩しさだった。
余りにも眩しすぎて、直視なんてできない。
数十秒経過した後、光は徐々に弱まり後には何も残っていなかった。
消滅エフェクトすら消し飛ばす天の一撃。
今まで鉄とか鋼しか使ってこなかったが、まさか希少金属を使うと此処まで強力なスキルが使えるようになるとは。
昔のゲームではお金を袋に集めてぶん投げると、その金額分のダメージが入る究極兵器があった。
気分としては、そのお金砲みたいな感じ。
500万エルの輝きだと思えば納得できる。
余りにも強すぎる威力に、ボクはメタちゃんとしばらく呆然としてしまった。
「す、すごいね。これがヒヒイロカネを使った〈セラフ・ブレット〉の力なんだ……」
「め、めたヤバヒ……」
「ふう、それにしても何とかクリアできたね。早速テラスに出てみよう」
「メタ!」
予定通り勝利したボクは、メタちゃんと廃都市を一望できるテラスに向かった。
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