第7話 ゾンビ、死体を発見する

 工学部の人達と会った後、非常用扉の外に出て、俺はほっとため息をついた。


(ふぅ。なにはともあれ、ヘルメットをはずさないですんでよかった)


 ゾンビだとバレたら、どうなることやら。

 俺の経験上、パニックになった人達に襲われる可能性が高い。

 そうじゃなくても、人間扱いされず、追い立てられるだろう。

 非感染者を助けるのも楽じゃない。

 中林先生なら「だったら、たすけなくていい」って即言うだろうけど。


(ま、バリケードを作って車を持ってくるだけだから、ちゃちゃっと助けとこう)


 たとえ誰にも感謝されなくたって、あの人たちの避難を助けるのは、俺のためになる。

 非感染者を放置しておくと、救助に警察や国防軍が来るかもしれない。

 警察や国防軍は容赦なくゾンビを銃殺するから、俺が安心して大学図書館を使うために、邪魔な非感染者にはとっとと避難してもらわないと。


 俺は階段で一階に降りて、エレベーターから入り口までのバリケードづくりを始めた。

 俺が作れるのは、せいぜい机を重ねて縛りつけるだけの簡易的なものだ。

 でも、要はゾンビが押しかけてきた時に避難する人達がゾンビに触れずに済めばいいだけだから、これで十分なはずだ。


 途中で見つけたゾンビ達は外まで移動させた。

 研究室に籠っている教授っぽいゾンビは、動く気がなさそうだったので、車輪のついたオフィスチェアに座らせて押していった。

 俺が屋外に出すと、「太陽がまぶしい」とでも言うように、「うー」と唸って手で顔を隠していたけど。俺は「たまには日光に当たった方が体にいいですよ。ゾンビでも、たぶん」と言いながら、オフィスチェアを外の広場に放置してきた。


 教授ゾンビを外に出してM棟に戻ったところで、俺は思い出した。

 中林先生に連絡をいれておこう。

 中林先生も西浦先生の心配を……しているとは思えないけど。

 中林先生はすぐに出た。一応、俺からの連絡を待っていたようだ。


「先生、西浦先生達と会えました。みんな無事です。俺は信用されてないから、24時間後にまた来ることになりました。でも、駐車場に車があるそうなので、避難はスムーズに行きそうです」


 中林先生はあきれたように言った。


「24時間後? 追い返されておいて、まだ助ける気なのか? そいつらをたすける義理はない。そんな奴ら、放っておけ」


 予想通りの反応だった。


「大丈夫です。いなくなってもらった方がゾンビにとって安全なキャンパスになるので、助けときます。それに、大学の中には銃を持った非感染者はいないから、楽勝です。ゾンビはみんなのんびり暮らしていて、ほのぼのしてますよ」


 俺がそうのんびり報告すると、中林先生は言った。


「ゾンビが無事なのは何よりだ。だが、油断をするな。非感染者の人間はゾンビと違ってろくでもないからな。工学部にいる奴らだって、何をするかわからんぞ」


「はいはい。気をつけまーす」


 俺は適当に返事をしておいた。

 中林先生はいつも通り、やたらと人間不信だ。


 俺は1階の部屋からテーブルとイスを移動して、バリケードを作っていった。

 でも、高校の教室と違って移動可能な机が少ないから、あちこちの部屋から机を集めてこないといけない。


(やっぱりゾンビを全員外に出す方が早いかな。オフィスチェアに座らせれば、簡単に運びだせるし)


 そう考えながら、俺は次の部屋に入った。

 部屋の奥の窓があいていて、風が吹きこんでいた。

 このままじゃ、窓からゾンビが入ってきてしまう。

 俺は窓を閉めるために、近づいていった。


 窓の外にごつごつした大きな木の幹が見えた。

 たぶん桜の樹だろう。かなり大きな古い木だ。

 今はもう花はとっくに散った後だけど。

 きっと桜の季節にはきれいな花を咲かせるんだろうな。


 そう思ったところで、俺は気が付いた。

 老木の手前、校舎側に、誰かが倒れていた。

 俺は窓から顔を出し、よく見た。

 倒れている人はぴくりとも動かない。

 

(ゾンビが寝転がっているのか?)


 だけど、首と手足が奇妙な形に曲がり、折れた腕から血が流れている。 

 それに、肌の色が普通に肌色だ。

 ゾンビなら、気色の悪い青や紫の斑紋、通称ゾンビマークが皮膚に浮かんでいる。

 つまり、ゾンビではない。


 ただの死体だ。

 死にたての。


 すぐに俺は冷静に考えはじめた。


 ゾンビは人を殺さない。

 ゾンビは生かして感染させる。

 人が死んでいるということは、非感染者が殺したということ。


 俺は周囲を観察して、誰もいないのを確認してから窓枠をのりこえて外に出た。

 死体の様子を確認するために。


 被害者は、俺の知らない男性だ。さっき会った人達の中にはいなかった。たぶん20代半ば。

 あきらかに首が折れていた。

 でも、その他に致命傷になりそうな大きな外傷はなさそうだ。


 死体の下から、木の枝がはみ出ていた。死体の上や周囲にも木の枝や葉っぱが散らばっている。

 おそらく、桜の木の枝だろう。


「う~♪」


 機嫌のよさそうな唸り声が聞こえた。

 俺は、はっとして声の聞こえた方向を見た。

 老木の向こう側の木陰に、丸刈りの頭があった。誰かが木を枕に寝転がっている。肩から上しかみえないけど、頭や顔の皮膚に死斑そっくりな赤、青、紫の斑紋がはっきりと浮かんでいた。

 見まちがえようなく、ゾンビだ。

 木陰のゾンビは、心地よさげに寝っ転がっていた。


 俺はそこで首をかしげた。


(ゾンビがこっちに移動していない?)


 生きている非感染者がこの距離で倒れていれば、あのゾンビはこっちに寄ってきたはずだ。


(即死したから、ゾンビが寄ってこなかったのか……? いや、でも……)


 その時、頭上から声が聞こえた。

 

「おーい! 立花さんは……」


 建物の上の方の窓から、西浦先生が顔を出していた。


「残念ながら、この人は死んでます!」


 俺がそう答えると、西浦先生は悲しそうな表情で顔をひっこめた。


(立花……さっき怒鳴られていた人か)


 俺は、窓と死体と桜の木の位置を確認した。

 窓の直下には桜の木の先端がある。死体の位置も、ほぼそのすぐ下だ。

 そして、よく見ると、死体の上の桜の木の枝には折れている部分があった。

 立花さんは転落した時に、途中で桜の木にぶつかって、それで枝が折れたんだろう。


(そうか。なら、やっぱり……)


 これ以上ここにいても仕方がないので、俺は建物の中に戻った。

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