第6話 第一の事件
宮沢は、フルフェイスヘルメットの怪しい男が姿を消すとすぐ、西浦先生にたずねた。
「本当にあの男を信用するんですか? 西浦先生」
すぐに手越先生もつぶやいた。
「とても、信じられん。ゾンビに襲われないだと?」
西浦先生は言った。
「僕は中林さんを信じていますから、中林さんが派遣してくれた彼のことも信じています」
手越先生は唸った。
「うーん。西浦さん。あなたには悪いが、私には信じられん」
そこで、カラが言った。
「そういえばさ、あやしい人と話してるから無視してたんだけど。なんか、さっき変な音してなかった?」
彩の心臓がドクンと動いた。
優花や宮沢は首をかしげた。
「変な音? さぁ」
カラ以外のみんなは来客に気を取られていて気が付かなかったようだ。
西浦先生がぽつりと言った。
「そういえば、立花君がいませんね」
手越先生が苦虫を噛み潰したような表情で言った。
「彼なら私に叱られて、どこかにいったよ」
ロボット操作のことで手越先生に怒鳴られてから、立花は帰ってきていないらしい。
あれだけ怒鳴られれば、当然かもしれない。
優花とカラはそう思い、何も言わなかった。
その後、木村がゾンビと接触した可能性のある遠隔操作ロボットTZ2の洗浄を開始し、みんなは散会した。
彩とカラは一緒に西浦研究室の院生室に戻った。
二人はパソコンの並ぶ部屋の中で何をするわけでもなく、時間をつぶしていた。
10分くらいたった後。
突然、悲鳴が聞こえた。
「悲鳴!?」
カラは部屋を飛び出し、悲鳴の響いてきた方へ向かって走りだした。彩もカラの後に続いた。
廊下にいた優花が彩とカラを呼んだ。
「こっち!」
そこは西浦研究室と手越研究室が共同でロボットの開発研究を行っている部屋だった。
自律型の人型ロボットTGS1が置いてある部屋だ。
TGS1は、運動に関するシステムを手越研究室が、高度な思考や状況判断を行うためのAIを西浦研究室が担当している。そのAIの開発は、宮沢とカラも手伝っていた。
ロボットの開発や実験を行うため、この部屋はドアを閉めればかなり防音性能が高い造りになっていた。でも、今はドアがあけ放たれている。
部屋の中央付近に宮沢がいた。
さっきの悲鳴は、宮沢の悲鳴だったようだ。
「ザワチン! どうしたの!?」
宮沢は腰を抜かしてへたりこんだまま、口をパクパクさせて、窓の外を指さした。
カラは窓へ駆け寄り、窓の外をのぞきこんだ。
緑の葉が生い茂る桜の木があった。
そして、桜の木のすぐ傍、地表に、ありえない角度で首が折れ曲がった死体があった。
立花隆平だったものだ。
「あれは、どう見ても、死んでるよね……」
そうつぶやいて、カラは顔を引っ込めた。
カラの横から窓の外を見た優花は、すぐに顔を引っ込め、見たものを振り払うように頭を振った。
カラは室内に視線を戻した。
室内にはロボットのパーツや開発のための機材が乱雑に置かれていた。壁際のテーブル脇のいつもの場所に2メートル近くあるロボットTGS1が直立不動で立っている。
反対側には、カラの発案で脱出用に作ってみた、人が入れるサイズの箱が置いてある。
特に変わった様子はない。
ただ、宮沢が座っている場所から少し離れた段ボールの影に、一枚の紙が落ちていた。
カラはその紙を拾った。
少し黄ばんだルーズリーフだ。
カラは首をかしげた。
「なんだろ。この紙?」
カラが拾った紙には、ボールペンでこう書かれていた。
「桜の樹の下にはゾンビが眠っている。死んでも受けた仕打ちは忘れない」
近付いてきた優花が、カラの後ろから覗き込んでそれを読み、つぶやくように言った。
「受けた仕打ちは忘れない……つまり、恨みがあるってことみたい。遺書? ひょっとして立花さんの遺書?」
「遺書を残して自殺したってこと? テゴッチのパワハラに耐えられなくなって?」
カラがそう言った時、入り口の方から手越先生の怒鳴り声が響いた。
「パワハラ? なにを言う! 立花君はどうした? さっきの悲鳴は?」
室内に数秒の沈黙が漂った後、優花が言った。
「手越先生。立花さんは亡くなりました。窓から飛び降りたようです。おそらく、これが彼の遺書です」
「なんだと……?」
手越先生はずかずかと近づき、遺書のような紙を覗き込んだ。
とたんに、さっと手越先生の顔から血の気が失せた。
「ま、まさか……これは……ありえない……」
手越先生はふらふらと後ろに後ずさった。
そして、そのまま蒼白な顔で手越先生は逃げるように去っていった。
西浦研究室の4人は呆然と手越先生を見送った。
優花がつぶやいた。
「手越先生。ここまで立花さんを追い詰めているとは思ってなかったのね」
「パワハラって、やってる本人は気が付かないっていうもんね。でも……」
カラは半分同意をしながら、首をかしげ、つぶやいた。
「ほんとに自殺かな? ここ、4階だけど、下は土じゃん? 飛び降りても大怪我するだけで死にきれずにゾンビに襲われそうなんだけど。動けない状態で群がるゾンビに襲われるって、けっこう最悪な最期だよね? あたしは、やだなー」
「そこまで考えずに、衝動的に身を投げたんじゃない?」
優花は自信なさげにそう言った。
カラは話し続けた。
「たしかに、精神的に追い詰められていたら、考える余裕なんてないよね。でもさ、他にも……。ほら、この遺書の紙、なんか色あせてて、古そう。これって、本当に立花さんの遺書なのかな?」
カラが手に持っている紙は黄ばんでいて、文字も色あせていた。見れば見るほど、今日書いたものとは思えない。
床にへたりこんでいた宮沢が激しく頭を左右に振り、震える声で言った。
「大鳥さん。自殺じゃないなんてありえないよ。だって、ここには、僕らしかいないんだよ? ここはゾンビに囲まれている。誰も入ってこられないんだ。幽霊でもない限り……。幽霊……ひょっとして、桜の木の呪い……?」
宮沢はますます激しく震えだした。
カラは宮沢の「桜の木の呪い」説は無視して、つぶやいた。
「そっか。自殺じゃないなら、殺人。そして、あたし達の中に殺人犯がいるってことになるんだね」
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