ウソのニオイからの、ハナミズ
二人の間に漂い出した重い空気。きっかけは僕だ。うん、全て僕が悪い。
彼女の人狼化を防いだ後、「解放される」と勝手に思い込んでいたことが間違いだった。
そもそも解放? おいおい、これは半ば強引に進められたとはいえ、自分自身で決めたことだ。
きっと心のどこかで「やってやってる」みたいな気持ちでいたのだと思う。
ハナは身元不明の謎の家出少女、というわけじゃないし、何よりおじちゃんの援助もある。
夢見る少女でいたくてもいずれは蝶となり羽ばたいてゆくはずなんだ。
ともに家族として暮らし続けたい、という純粋な思いを「へぇ、そうか」と何故聞き流してやれなかったのか。
不純で勘違い甚だしく、みっともないのは僕の方だ。
自分が恥ずかしくなった。そして洗い物ももうすぐ終わるだろう。
僕は意を決して彼女へ話しかけた。
「なぁハナ、その髪染めたのか? 似合ってるよなぁ」
……結句これである。
ああ……こんなことしか言えないなんて。
「ううん、違うよぉ。じげぇ」
「へぇ~……ってマジっ?」
「うん、マジマジ」
「校則とか大丈夫なのか?」
「うん。大丈夫みたい」
「……ならいいけど」
終わり。……じゃないっ! やばい、やばいっ! 会話が続かねぇ!
「てかね、去年くらいかな? 急にこの色になったの」
「へ、へぇ~、そうなんだ」
良かった! 彼女の方から話を続けてくれたっ! …………ってうぉいっ! なんだよそれっ!
ギャングスターを目指す青年に起きた超常現象と同じじゃねぇかよっ!
「あぁ、あとね、この目の色もこんなに明るくなかったんだよねぇ」
「ほ、ほぉう」
言葉を選べ言葉を選べっ! と、頭で考えれば考える程に何も出てはこなかった。
「……この見た目のせいでイヤなことも結構されたなぁ」
「へっ?」
「調子にノッテル? みたいに思われたんじゃないかなぁ」
「…………」
さらに追い打ちをかけるように返答し難いワードも放り込まれた。
「やっぱさぁ、あたしって、へん……かな?」
「な、なぁに言ってんだよぉ~!」
クぅラ〇スぅ~、と思わず続けたくなる程に上ずった声が出たことに自分でも驚く。
それほどまでに僕は追い詰められているのだ。
「……そう?」
今にも泣きだしてしまいそうなハナ。……さっきまでのグルメ野郎はどこ行ったぁあああああっ!
とにもかくにも、上辺だけで取り繕っても墓穴を掘るだけで埒が明かないと思い、ここは一つ、本音の本音で語ろうと、再度意を決したのである。
「ヘンだ。」
「へっ?」
「とっても、ヘンだっ!」
「……ひ、ひどいよぉ……」
「でも……」
「そんなこと言わな……」
「とっても可愛いぃいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
「…………いぃ?」
「うん、お前のヘンというのは人と違っているということだが、それはいい意味でだっ! ハナは日本人離れした顔つきでさらにそこへブーストをかけるその髪と瞳っ! そこいらへんの芸能人だって敵いやしないほどに可愛いぞっ! 末恐ろしい逸材として、きっと日本を代表するモデルとかにもなっちゃうかもしれないっ! 背もそこそこ高いしなぁっ!」
「……えっ! ちょ、きゅ、急になにぃ? どうし……」
もうここまで来たら僕は止まらないっ!
「うん、お前は、ハナは最っ高に可愛いっ! そのアッシュみたいなアンバーみたいなゆるふわボブもっ!」
「て、てんぱーだしぃ!」
「つぶらで大きなパッチリした瞳もっ!」
「う、うぅう~……」
「少し高めの背も、発育の良い身体もっ!」
「えっちぃーっ!」
「飯を美味そうに食う表情もっ! 呆れるほどに食い意地のはった所もっ! 底なしの食欲もっ!」
「もぉどうしたのよぉ! ってヒドイこといってるぅううっ!」
「子供好きでジャンクフード食べたことなくて、いちいち育ちの良さを感じさせる仕草も純朴なリアクションも、僕が隣にいないと眠れないとか電気は真っ暗にしちゃダメなところとか、何もかもっ!」
「……も、もぅ」
「ハナわぁあああああああ」
「や……や、め……」
「かぁああああ、わぁああああ、ぃ…………」
「やめてぇえええええええええええええええええええっ!」
キーーーーんっ! と耳をつんざくような咆哮に、ハッと我へと変えった。
「もうわかった。わかったからぁ……。もぅ、やめてよぉ」
やっべぇっ! と思ったが、顔を朱に染め、うずくまる彼女。(あれ……既視感?)どうやらさっきまでの重苦しい空気と表情はなくなったように感じられた。
「お、おう」
ホッとしたのも束の間、きなり立ち上がり、どんどんっ! と大きな地響きを立てながらその場から立ち去ろうとした。
「おい、どこいくんだ?」
「お手洗いっ! ってか、レディーにそういうこと聞かないのっ! 昨日も言った!」
あれ、やっぱ既視感。……で、これは怒られたのか?
「ああ、すみません」
と、取りあえず謝る。
うん、女性と何かあった時には「とりあえず謝る」これが大事だ。
そしてハナは、そのままトイレに入った。
「いっけん、らく、ちゃくぅ?」
何だかモヤモヤするが、とにかく元気そうになったし、まぁこれでいいか。と思った。
洗い物を終えた僕は居間へ戻り、意味もなく妄りにサブスクのチャンネルをいじくっていた。
「……たぁりん、これ観た」
「うわぁあああああああああああああっ!」
「ぎゃああああああああああああああっ!」
何の気配もなく、いつの間にか座っていたハナに驚き、その僕の絶叫で彼女も絶叫した。
「心臓止まるかと思ったぜおい……」
「はぁ、はぁ、こっちもだよぉ」
と、お互いに顔を見合わせて大声で笑った。
「なぁ、ハナ」
「ん?」
「正直言うとな、お前は女子高生だ。結構気を遣う。そりゃそうだ。立派な女性だからな」
「ま、またぁ? ……もぉアレすっごい顔熱くなるし……」
「いやいや、ああ、ううん、さっき言ったことは本当だが、それ以上にお前は面倒くさい」
「はぁああああああああああ? なにそれっ! 失礼じゃなぁああいっ?」
「考えてもみろよぉ、十以上歳が離れてるんだぞ?」
「関係ないしそんなのっ」
「あるんだ。僕にはお前が考えていることがサッパリわからん」
「わかれっ!」
「うん、心掛ける。だから、お互いに変な気を遣うのはやめよう」
パァっと彼女の表情が明るくひらけた気がした。
「昨日の夜も言った通りだ。ハナは僕が面倒をみる。それに、お前はちょっと変わっているかもしれないが、それは見た目だけで、中身は普通の女子高生だ」
「……は、はいぃ」
「だから、何も気にせずに僕の家にいろ!」
「…………」
「あ、あれ?」
またしてもうつむく彼女に肝を冷やしたが、次の瞬間……
「わぁあああああああああああああああんっ! ありがとぉおおおおおおっ!」
思いきり泣きながら抱きつかれた。
「たぁりぃいいいいいいいんっ! ありがとぉおおおおおおおおおっ!」
「はぁ……ガキはガキらしく、青春を楽しめって。そんで、哀しみ何てどこかに投げ捨てちまえよ。いらねぇって、そんなもん」
彼女は僕の胸で泣きじゃくった。僕は少し寝癖のついている彼女の頭を撫でた。
きっと、ハナは一人で抱えていた何かがあったのだろう。
また一歩、互いに歩み寄れた気がした、そんな日曜日の朝だった。
「だぁあああっ! きったねぇなぁお前、鼻水つけんなよぉ~」
「きたなくないしぃっ!」
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