タチマチと寝室

無事? ハンバーガーデビューを果たしたハナ。

 美味しそうに頬張る彼女にこっちも幸せな気分になった。

 暫くして、ふと何かを思い出したかのようにハナは僕に語りかけてきた。


「あ、そだそだ、ねぇたぁりん」

「ん? どうした?」

「あんね、おじちゃんに渡せってね、言われたものがあるの」


 一旦手に持つハンバーガーを中身がこぼれないよう再包装した後、きちんとテーブルにそれを置き、手と口を拭き、席を立つハナ。

……って、当たり前のことなのだが、スマホ片手に食事を摂るような昨今のムーブ。そんな食べ物に対する敬意を欠いた行動をとるのは何も子供だけではない、大人だって多いのだ。

そんな奴らに比べると、やっぱうちのハナは何ていい子なのっ!

 きっとおじちゃんおばちゃんも、そういう気持ちでいたのかなぁ、と思った。


 そしてハナはアタッシュケースのほかに背負ってきた、これまた大きなリュックサックの中からガサゴソと分厚い封筒を取り出し僕へ渡してきた。


「はい、これ」


 物を渡すとき両手で渡す。こういうとこ! ……でもなぁ、そのくせして人の名前は呼びすてにするとか、まぁ、そういうとこはフレンドリーっちゃフレンドリーなんだがなぁ……


「たぁりん?」

「ああ、すまん。って、随分と分厚いなこれ。中身なんだ?」

「しらなぁい。…………うぅ、うぅ」

「ん?」

「……うぅ、うぅううううううう」

「あ、あぁっ! うんうん、どうぞどうぞ、気にせずに食事を再開してください」

「やったぁああああっ! いただきまぁす」


 ……こういうとこは自然に身についているのかぁ。

 却って僕も彼女に注意されないように大人としての行動に気を付けねばなぁと、彼女の一連の行動関心しながらふと封筒の中身を覗くと……


「……なんだこっ……こっ!」


 僕は分厚い封筒の中身を確認して心臓が飛び出るかと思った。

 ……お察しの通り、その中身は福沢先生の大行列であった。


「……ん? どしたのぉ? 気分悪いの?」

「あ、あああ。いや、何でもない。ハナは食事続けてて構わないから。好きなだけ食べなさい」

「うんっ! たぁりんはやっぱ優しいなぁ」


 僕は封筒とスマホを手に取り、居間から洗面所へと移動した。

 もちろん、この封筒の主へと話をするためにだ。


「おぉおおう! ただしかっ! どうした、ハナが何か粗相でもしたか? そこいらへんはちゃんと躾けてきたつも……」

「おじちゃんっ!」

「ん?」

 

 声を抑えながらも強い語気で語りかけた。


「封筒っ! これなに?」

「ああ、援助だ援助。あいつはよく食うし、それと、どうせ引っ越しとかも必要になってくると思ってな。狭い部屋じゃあ、年頃の娘との二人暮らしは相当気を遣うだろ? あと、さなえから聞いたんだが、お前の家は家具が殆どないっていうじゃないか。いい機会だ、それらもこの際買い揃えろ」

「………」

「ん? ただし? なんだ、三百万じゃ足りなかったか。東京は金がかかると聞いたが、それほどまでとはなぁ」

「いやいやいやいや、そうじゃなくって、すっごい有難いけど、ほんっとにこんなに良いの?」

「ああ、足りなくなったらいつでも言ってくれ。無論、お前の生活が第一だが、ハナには苦労を掛けたくない。贅沢をさせるつもりはないが、不自由な思いはこれ以上させたくないんだ」

「……おじちゃん」


 結句、僕は彼女のヒロイン属性マックスな毒気にやられていたのだ。

 両親を事故でなくし、叔父に引き取られ、兄妹もなく、そして一番楽しい高校生活も途中で変更せざるを得ない、そんな残酷な運命。

 どれほど泣いただろうか。どれほど辛かっただろうか。

 僕は彼女の内面までしっかり見て、色々と気づいてやれていないことに気が付き、自身の不甲斐なさを恥じた。

 

「まぁ、俺も親父殿には相当尽くしてもらったんでな。その恩返しのような意味もある。やってもらったことは何倍にでもして返す、これは真上の家訓みたいなものだ」

「おじちゃん、有難うっ! ハナの為にしっかり使わせてもらうよ!」


 今回手渡しになったことは僕の銀行口座を知らなかったため、とのことだが、電話で確認してからで良かったじゃないか……と思った。

おじちゃんもハナも、変なとこ抜けてないか?

 僕はおじちゃんに口頭で銀行口座とメールアドレスを教えて電話を切った。


 憐憫するぐらいなら助けてやれ。行動で示せ。彼女の幸せのために、父にも兄にもなれ。

 強く自身に言い聞かせ、居間へと戻った。


「たぁりん、遅かったじゃぁんっ! ご馳走様でしたぁ!」

「……ああ、おじちゃんと話していて……って、もう全部食ったの?」

「うんっ!」


 ……テーブルには僕の食べかけのハンバーガー以外なくなっており、綺麗にゴミも片付けられていた。

 ジェーケーの食欲凄まじいな。


「たぁりんありがとねぇ、ほんっと美味しかった!」

「……お、おう」


 僕は呆気にとられながら自身の食べかけを平らげ、マジで追加の援助が必要になるかも、と思った。


 そして少し気になることをハナへ質問した。


「いやぁ、満腹満腹ぅ」

「ハナ、ちょっといいかい。そのままで構わないから聞いてくれ」

「ん? なぁに?」

「見たことも会ったこともない僕の所に来るの、イヤじゃなかったか?」

「へっ? 覚えてないの?」

「ん? 何のことだ?」

「ううん、いいのいいの。ってか、おじちゃんからたぁりんのこと聞いて、この人だったら大丈夫だなぁって思ったから、全然イヤじゃなかったよっ!」

「うん、ならばよしだ」

「うんうんっ!」


 変な検索はやめよう。そう思った。

 さっきの話ではないが、きっと彼女が一番不安で一番辛いのだから。


「あとな、急な話だが、引っ越しをしようと思う」

「ええええええぇっ! マジ? それエグイって」

「え、えぐくはないと思うが……」

「だってあたし、来たばっかだよ? こっから通える学校の手続きも終わってるんだよ?」

「ああ、安心しろ。凄まじいタニマチのおかげでここから近い場所でも、お前が通う学校の近くでも問題なく越せるから、どこか遠くに行くわけじゃない」

「たにまちぃ?」

「うん、まぁ気にするな。あと、この部屋じゃ狭いだろ。もっと広いところに越して、お前の部屋も確保してやらないとな」

「えぇえええ……」

「なにか不満でもあるのか?」

「こんぐらいの広さでいいよぉ」


 ダメなんだって! ここは恋人スペースなのっ!


「だってぇ、これから寒くなるしさ。夜はたぁりんと一緒に寝たいしさぁ」

「ぶぅうううううううううううううっ! な、何言ってんだお前っ!」

「あはははっ! ウケるっ! なんでいきなりお茶噴出したの?」


 彼女に悪気はない。でも、でもだ、今後彼女に彼氏が出来たり、恋をして好きな男が出来たりしたら、清廉潔白で純情な交際をして貰いたい。そのためにも……

 と思ったところで、僕が何を教えられるはずもなく、というか、そもそも学校の保健体育とかで習わなかったのか?

 世の父親には同情する。こういったとき、本当に男は無力だ。


「はぁ……。とにかく、僕たちは一緒に寝ない。そして、ちゃんとハナの部屋を確保する。わかったか?」

「う~ん、でもなんで一緒に寝ないのぉ? 怖いし淋しいじゃぁん、夜」


 発想が小学生。


「お前、家ではどうしてたんだ? 自分の部屋あったんだろ?(すっげぇ金持ちだろうから)」

「あったけどぉ、寝る時はおじちゃんとおばちゃんの真ん中で寝てた」


 はぁ……あんのバカ親めぇ……。


「……たぁりんがイヤだっていうなら我慢するけど」

「…………」


 上目遣いが可愛いすぎっ!

 ……あぁ、今の時代、この純真さが却って心配だなぁ。

 彼女のこれは天性のものであり、まさに天衣無縫。


「…………」

「おい」

「ん?」

「まぁ、考えておくから、寝る場所とか」

「ほんとぉ! いぇええええいっ!」


 ウィンクした顔の前でピースサインをつくる彼女は、今どきのジェーケーそのものであった。

 ……でも、ほんとに大丈夫なのかそれ? 一緒に寝るのはなぁ……。

 悩んでいても仕方がない。

それこそ人狼化の一件もあることだし、寝室は同じにした方が良いのかもしれないっ! などと……やはり僕にはそんなご都合主義でこの件を片付けられるはずもなかった。


「ねぇねぇ、二人で寝るならさ、やっぱダブルベッドっていうのがよくない?」

「よくないっ!」

「へっ、マジでぇ?」

「……マジでだ」

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