はじめての……

僕は朝食の支度をしても食べるまでに時間がかかると思ったので、ハナを近所のファーストフード店へと連れて行ったのだが……


「はぁ~なにこれぇ……全部美味しそうぅうう、全部食べたいぃいい」


彼女は店内に設置されているパネルを見るや否や、目をトロンとさせ恍惚とした表情を浮かべた。


「……ちょ、大丈夫か?」

「ねぇねぇねぇっ! どんだけ買っていいのぉ? どれもこれも初めてでワクワクするぅ!」


 目をキラキラさせて勢いよく近寄るハナ。

 案外背が高いことよりも、それ以上にはしゃぐ彼女に驚いた。

 まるで犬だな……ああ、狼人間だったわ。


「……お前、食ったことねぇのか?」

「ないないないっ! おばちゃんが作ったものしか食べたことない」

「……」

「……おじちゃんは農家さんもやってるし、何食べても美味しかったなぁ」


 ……ギャルっぽくてジェーケーなのに、ファーストフードを食ったことがない、だと……。

彼女の育ちの良さを匂わせる、そんな何かが垣間見えた気がした。


「はわわわわっ……」

「……おい、少し落ち着け。恥ずかしいぞ」

「う、うぅううう……でもね、でもね」

「何でも好きなの食っていいから、早く選びなさい」

「……や、やっぱ決めるの無理っしょ! たぁりん、お願いっ!」

「……はいはい、適当に頼むぞ。嫌いなもんとかないよな?」

「好き嫌いはないから大丈夫っ!」

「で、何個食うんだ?」

「……う、うぅう、うううう」

「わかったよ、とりあえず多めに買うから、好きなだけ食べなさい。残ったら昼飯にすりゃぁいいし」

「わぁああああいっ! たぁりんありがとぉおおおおっ!」


 見た目はそこいらの有名人にだって劣らないというのに、この純朴さはなんなのだろうか。

 いい意味で、思いきり大切に育ててもらったのだなぁ、と、そう感じた。


「そんじゃあ頼んでくるから、あすこの空いてる席に座って待ってて」

「うんっ、わかったぁ!」


 ……出逢ってまだ一時間も経っていないというのに、この聞き分けの良さと人懐っこい感じ、嫌いじゃないっ! というよりかは、懐かしい? 馴染む? 

 何だか不思議な心持でもって、僕はレジへと向かった。


「すいませぇん」

「はいっ、いらっしゃいませぇ! ご注文はいかがいたしましょうか?」

「えっとぉ……あ、そうか」


考えてもみればモーニングメニューのみである。ゆえに品ぞろえは薄い。

だがしかし、彼女のファーストフードデビューを鑑みれば、この刺激の少なさは却って好都合だ。


 僕は三種類のハンバーガーを二つずつ注文した。

そして、ふとハナの方に目をやると、そこに彼女の姿はなかった。

まぁ幼児でもあるまいし、いくらなんでも、と、心配することは無く、トイレか外の空気でも吸いに行ったのだろうと思ったのだが……きゃっきゃっと聞き覚えのある黄色い声がした。

僕は声のする方へと目をやった。するとそこには、小学校低学年らしき女の子と楽しそうに話をしているハナがいた。

普通、ジェーケーに限らず誰であれ、待たされているのならば、スマホでもいじりながらボケっとしているものだろう。だのに、これである。

とどのつまりでだ。何と言うか、ほんと彼女のヒロイン属性はマックスなのである。

思わず笑みがこぼれた。


そして僕は会計を済ませ、注文の品を受け取り、彼女のもとへと向かった。


「ハナぁ、お待たせ」

「あっ、たぁりん。……じゃあね、ゆみちゃん、お姉ちゃん行くね、ばいばぁ~い」

「ばいばぁ~い」


 席を立ち、いつまでも笑顔で手を振り合っている少女とハナ。

 微笑ましい。


「いまの、どうしたんだ?」

「なにが?」

「いやぁ、さっきの子」

「ああ、お母さんがね、弟連れておトイレに行ってるみたいでさ、一人じゃ危ないし、淋しいかなぁと思って」

「へぇ、子供、好きなんだな」

「へっ? 嫌いな人、おる?」

「…………」


 不思議そうな顔で下から覗き込む彼女。

本当にこの子は純真無垢なのだなぁ、と再認識したと同時に、保護者としてしっかり面倒をみなくては。と、改めて帯を締め直す気持ちになった。




ファーストフード店から間借りしている部屋までは徒歩三分といったところで、まさに近所である。

のんびりと二人で帰宅中だ。

よほど嬉しいのか、終始笑みを浮かべるハナ。


「笑顔ちゃん」

「ん?」

「ずっと笑ってるな、ハナ」

「うんっ! だって嬉しいんだもんっ!」

「なら良かった」

「えへへぇ」


 そして到着。

 オートロックなし、エレベーターなしの鉄筋三階建て、の三階だ。


「ほら、入りなさい」

「はぁい、たっだいまぁ!」


 からの……


「よいしょ」


 ちゃんと靴揃える! こういうとこなんだよなぁ。


「はい、ただいま」

「おっかえりなさぁあああいっ!」


 振り返り、莞爾と笑う彼女にはにかむ僕。それを悟られまいと靴を揃えながら背を向けた。


「ああ、たぁりん洗面台つかわせてぇ。手洗いうがいしたい」

「……ああ、どうぞどうぞ」


 最初は可愛いだけの、今どきのジェーケーだと思ったが、確実なポイントは押さえてある、いわゆる大和撫子であることに薄々気づき始めた。

 

 人は見かけによらず、とはいうものの、その九割は見た目で決まってしまう。

 だからこそ彼女に対しては、もっと柔軟な気持ちで向き合おうと思った。




 嬉々として座る彼女。

 僕はお茶をいれてテーブルにハンバーガーを並べた。


「はぁ……はぁ……ど、どれあたしの? たぁりんのは、どれ?」


 その時のハナは、お預け、をしている犬のようだった。


「どれでも好きなの食べなさい」

「やったぁあああああああっ! いっただきまぁす!」


 ……ちゃんと手ぇ合わせんだよなぁ。ギャルのくせに。


「いただきます。んじゃあ、僕は、これ食べようか……」

「んんんんんんんんんんんんんんんんんんんっ!」

「…………」

「お、おぃひぃ~……なにこれぇ……」

「良かったね」

「うんっ! たぁりんありがとぉ!」

「どういたしまして。飯は逃げねぇからゆっくり食べなよ?」


 ハンバーガーを美味しそうに食べる選手権があれば、きっとハナは女子高生の部門でトップになるに違いない。世界レベルでだ。

 先述した見た目の話もそうだが、食べ方、というのも結構大事なもので、何も気取れという訳ではないのだが、気兼ねなく行儀よく、とするのはそれなりに難しいものである。

 それを彼女は初対面の僕を感服させるような食いっぷりをしながらも嫌味なく、粗相なく自然体でこなしているというのだから恐れ入る。

 なかなか食べ物をガッツいている姿で人を幸せにできる人間は少ない。……あ、てかこいつ、人狼だったんだ。


「次、こっち食べていい?」

「うん、食べな」

「……あ、たぁりんの分、大丈夫?」

「うん、気にするな。僕はこれ一つあればいいから」


 思えば、彼女が僕の部屋に入ってきた時に見せたあの図々しさは、きっと子供が初めての何かで舞い上がってしまう類のソレだったのだろう。

 要するに、旅先の旅館の部屋に通されるや否や、急に駆けずり回ってみたり、飲みたくもない熱いお茶飲んでみたり、観たくもない地方のテレビ番組をとりあえず観てみたり、という、いわゆるアレだ。(……って、どんだけ小学生なんだよっ!)

 彼女の細かな所作を見ればそう見受けるのが妥当だ。何も問題ない。

 あとは……あぁ、そうかぁ、夜かぁ。急に気が重くなってきた。


 一難去ってはまた一難。

 出逢ったばかりの僕たちは、まだ何も始まってもいない。


「あぁああああ……こっちもおいひぃ~」

「……よかったね」


 ただ、ハナはハンガーガーデビューを果たしたのだった。

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